鼓動が胸に響く。
私はそっと路地の暗がりに身をひそめるように隠れると、呼吸を整えるように胸を撫で下ろす。深く息を吐き、そしてもう一度静かに空気を吸い上げる。鼓動は止まない。それどころか意識すればするほど、鼓動は高鳴っていく。
全ては覚悟してやった事じゃないか、と何度も自分に言い聞かせる。そう言い聞かせようとする度、彼女の恐怖に満ちた顔が脳裏に浮かんでくる。
あれからまだ数時間もたっていない。そして彼女はその無惨な姿を、明日にでも人の目にさらすことになるだろう。
それは自分を裏切った彼女に対する当然の報いだったのだ。彼女の死は、犯した罪を償うために必要だったのだ。
なのになぜ私はこれ程までに恐れるのだろう。
一体何に恐れることがあるというのだろう。
人目を避けるように、わたしはその暗い路地を身を屈めるようにして進んでいった。
人気のないその路地は、先が見えないほど長く続いていた。覆い被さるような軒先から垣間見える空の光も、私の足下まで届いてこなかった。私は静かに、足を音を立てるのもはばかるように、ゆっくりと路地を進んだ。
風だけが静かに流れ、話し声はおろか、人の気配すらまったく感じられない路地だった。
窓辺に干されたシャツ、所々が破れた障子、そんな中に、銭湯の印が付いたのれんが静かに風になびいて揺れていた。
私はふと立ち止まり、揺れる銭湯の印と、のれんに書かれた「蜻蛉博物館」という文字をじっと見つめていた。

「どうぞ入っていってくださいな」

突然声が聞こえ、のれんの間から痩せ細った老人が顔を覗かせた。

「・・・はい」

私は、言われるが儘に、気づくとそののれんをくぐっていた。

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