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PHASE 30 「四人の君主」

 空は一日の終わりを告げるように、赤く染まっていた。サキは、何事もなかったかのように静かに佇む森の木々を見渡しながら、果てしなく続く森を歩いていた。

 いつの間に目が覚めたのか、フードの中で眠っていたフェレが姿を現し、肩の上で「キュウーン」と声を上げながらサキの顔を見ていた。サキはその頭を軽く撫でると、横を歩くルウに目を向けた。

「ねえ、ルウ。外の世界って、どうなってるのかしら・・・?」

「外の世界?」

 ルウは何の話なのか理解できない様子で、そう応えた。しかし、思い出したかのように意図を理解したルウは、サキに頷いて見せた。

「あの地震も都市部にはそんなに影響してないかも知れないですから、いつも通りの生活をみんなしてるんじゃないでしょうか」

 ルウは答えた。

「遠い昔のことのよう・・・」

 サキは空を見上げたままそう呟いた。

「買い物したり、カフェでのんびりしたり、テレビ見たり・・・そんな生活があったなんて、なんか信じられない」

「そうですね。今じゃ森の中を彷徨う放浪者ですからね。まったく別の時代にタイムトリップしたような感じがします。僕は嫌いじゃないですけど」

「いつか、ここから出られる日が来るのかな?」

「出られますよ。好きなだけ、買い物したり、カフェでのんびりしたり、テレビ見たりできますよ」

「でも・・・ここを出たとして、ルウくんは普通の生活に戻れると思う?」

 サキの言葉に、ルウはしばらく黙って考え込んでいた。

「たしかに、僕らは普通の生活とは懸け離れた世界を経験しすぎたかもしれませんね・・・。人が争い、死んでいくのを、たくさん見てきましたから・・・」

 ルウの言うとおりだった。途中、何度か他のプレーヤーと出会うことがあったが、隠れるように怯えながら暮らす人達もいれば、そのような者たちを、弄ぶように襲う者たちもいた。強者が弱者を支配し、賊徒と化したプレーヤーたちが、狂ったように人を襲う。

 サキたちには、それら弱者の人達を助ける術もなかった。正直なところ、自分たちの身を守るだけでも精一杯だったのだ。人を傷つけたくはなかったし、だからといって何もしなければ自分たちの命も危ない。そのような状況で、サキたちは逃げるという選択しかできなかった。

 サキはふと3歩先の地面に目を向けた。かつては、自分たちを導いてくれるギドの姿がそこにはあった。しかし、今はいない。

 人は何を失ってしまったのだろう。

 買い物をしたり、カフェでのんびりしたり、テレビ見たり、そんな日常が誰にもあったはずなのに、殆どの人はそんな日常なんて忘れてしまっている。まるで、この世界以外何も存在しないかのように、この現実に埋もれていってしまっている。

 確かに、アルダリスシステムによって自分たちは日常ではあり得なかった力を手に入れた。それが、人々を狂わしているのだろうか。力に溺れる者もあれば、生き抜くために他人の犠牲をいとわない者もいる。恐怖に耐えきれず、自暴自棄になる人もいる。

 むしろ、自分の方がこの世界では珍しい存在なのかも知れない。

 だとしたら、自分だけこうして我を保っていられるのは何故だろう。

「人は何かを失った・・・それは何なんだろう?」

 サキは隣を歩くルウにそう問いかけた。

「失ったもの・・・ですか・・・」

 愛する人、大切な人、思いやりの心・・・人が失ったものは、そんな一片的なものではないように思う。

「敢えて言うなら・・・希望、でしょうか」

「希望?」

「はい。でも、単純に希望を失っているという意味ではありません。僕には、人々が何かを希望する心自体を失っているように思えます」

「希望が欠落した世界・・・」

「人は希望という価値観そのものを失ったとき、人としての理性も失う。うまく言えませんが、そんな気がします」

「わたしは、希望を失ったりしない」

 サキは立ち止まり、自らに言い聞かせるようにそう言った。

「はい。僕たちは、希望を失っていません。希望を失ったら終わりです」

 サキは、ルウはきっとギドとリナのことを言っているのだろうと思った。彼らが生きていると信じること、それが自分たちにとっての希望だ。

「でも、わたしたちはどうして平気なんだろう?普段の私だったら、きっととっくに気が狂ってると思うわ」

「もしかしたら、リナのおかげかも知れませんね。ブレインであるリナと一緒にいたことで、僕らはアルダリスシステムから守られていたのかも知れない」

「うん」とサキは納得するように頷いた。

「それこそが、ギドとリナがまだ生きているという証です」

 サキは笑顔で頷いて見せた。

 崩れていくリーンの塔。その光景がサキの脳裏に再び映し出されていた。

 ギドとリナがリーンに向かったあと、サキとルウは不安にかられながらも、遠くに見えるリーンの街を見守り彼らの帰りを待っていた。

 その時、突然鳴り響いた轟音に驚き、サキとルウは身構えるようにリーンの街に目を向けた。

 遙か遠くに見えるリーンの塔から煙が立ち上がり、塔の先端部分が崩れ落ちていくのが見えた。それと同時に塔が大きく傾き、ゆっくりと倒れ込んでいった。

 サキとルウはすぐにリーンの街へ向かった。塔に辿り着いたときには、先ほどの轟音が嘘のように静まりかえっていた。塔は土台だけを残して崩れ落ち、すでにそこにあったものが何なのかさえも分からないような状態になっていた。

 塔に辿り着くとすぐに、サキは無我夢中で積み重なった塔の残骸を払いのけ、ギドとリナの姿を探した。しかし、数メートルにも積み重なった瓦礫の山を人の手でそう簡単に掘り起こせるはずもなく、サキは瓦礫の隙間から必死にギドとリナの名前を呼び続けるしかできなかった。

「サキ・・・もう止めましょう」

 ルウは瓦礫を払いのける手を止めると、うなだれた表情でサキに声を掛けた。

 サキもその言葉を受けて手を止めると、目蓋に溜まった涙を必死にこらえながら、無言でルウを見つめた。

「ギドもリナも、ここにはいません」

 サキの表情が崩れ、抑えきれなくなった涙が、溢れるようにサキの頬をつたって流れた。

「大丈夫です。ギドとリナはきっと生きています」

「本当に?」

 サキは泣きじゃくりながら、まるで子供のようにルウに言った。

「本当です。僕は嘘が嫌いですから」

 ルウがそう答えると、深く頷きサキは頷いて涙を拭い立ち上がった。

 なぜか、ルウの言葉には説得力がある。慰めなのかも知れないが、サキは不思議とルウの言葉を信じてみようという気になっていた。

「でも・・・わたしたち、これからどうすればいいの?」

「僕たちの向かうべき場所はもう決まっています」

 ルウはそう告げると、しゃがみ込んだサキの手を取り笑顔で頷いて見せた。

 あの時、ルウの笑顔にどれだけ救われただろう。

 ルウには、人の心を穏やかにする不思議な力がある。サキにはそう思えた。

 ルウは必要以上に多くを語ることはない。しかし、考えてみると、いつでも場をまとめているのはルウだったように思う。彼の意見は的確で、しかしトゲがなく、誰もが納得してしまうような特別な雰囲気を持っていた。

「ルウくんがいてくれて、本当に良かったと思う」

 サキは再び歩き出すとルウにそう告げた。

「わたし一人じゃ、どうして良いかわからなかったもん」

「そんなことありませんよ。ギドや僕を助けてくれたのは、他の誰でもないサキじゃないですか」

 サキは照れくさそうにはにかんだ笑顔を向けた。

「僕はサキが思うほど立派な人間ではありません。本当はとても臆病で一人じゃ何もできない人間です。一人でいるのが好きだし、誰かと関わり合うことも億劫だった。現実という世界が、僕にはとても希薄なものに思えていました。現実ってそういうものだと、それで良いんだと思ってました」

 サキは少し驚いた顔で、隣に立つルウの顔を見つめた。ルウが、自分自身のことを話すことなど、今までなかったからだ。

「1年間ほど大学にも行ってみましたが、つまらないという理由だけでやめてしまいました。アルバイトもしてみたけど、やはり張り合いが持てずやめてしまいました。現実の中で、自分があまりに無力で、あまりにちっぽけな存在であることに、とても嫌気がさしていました。アルダリス・ネットを始めたのも、そんな現実から逃げるためだったかもしれません」

 サキが無言のままルウの話を聞いていると、「・・・つまらないですよね?こんな話」とルウはバツが悪そうに尋ねてきた。

「ううん、全然そんなことない。ルウくんが話してくれて、ちょっと嬉しい」

 サキは笑顔でそう答えると、続きを催促するようにルウを見つめた。

 ルウは少し照れくさそうに微笑みながら頷くと再び話し出した。その仕草が普段のルウらしくなくて、サキには微笑ましく見えた。

「最初は、オンラインゲーム自体に偏見を持ってました。現実以上の希薄な世界が、そこには存在してる。そう思っていました。現実から逃避してきた人間が寄せ集まって、おままごとみたいなことをしてるだけだと、そう思っていました。正直、アルダリス・ネットを始めてから、その思いはよりいっそう強くなりました」

「一生懸命に場を仕切るプレーヤーを見ると、そんな奴ほどきっと現実は引きこもりの内気な青年なんだろうなと思いました。まるで本当にアルダリスの世界の住人のように会話するプレーヤーを見ると、その人がとても哀れに思えました。彼らは現実の世界ではできなかったことを、アルダリスの世界に求めていた。それが、僕にはとても哀れに思えたんです」

 サキは黙ったままルウの話を聞いていた。サキも、オンラインゲームに興味があるわけではなくアルダリス・ネットを始めたこともあり、最初に始めたときはルウと同じように、ゲーム内の雰囲気に馴染めなかった記憶がある。

「僕は彼らを眺めて、現実よりさらに希薄な世界がここにはあるのだと、ある意味安心感を得ようとしていたのだと思います。だから、僕は常に傍観者であることに徹していました。彼らと僕とは違うのだと、無理矢理そう思おうとしていたんです。そうやって、自分を慰めようとしていました」

「でも、ある日、僕はプレーヤーたちから非難を浴びている人を偶然見つけた。話を遠巻きに聞いただけでも、その人はオンラインゲームに慣れていないだけで、それが元で他のプレーヤーたちに誤解されているということはわかった。でも、僕はそれも傍観し続けた。希薄な世界の争いは、所詮希薄なものに過ぎない。そう思っていた。でも、偶然そこにはそう思わないプレーヤーがいた。彼は、猛然とその人を擁護し、今思えば当たり前のことを言った」

「彼女は、心のない機械じゃない。そこには血の通った人間がいるんだ。画面の向こうには、現実がある。この世界も現実の一つであることを、ちゃんと考えろ。このバカどもめ!」

 サキは思い出すようにそう言った。ルウは、笑顔でそれに頷いて見せた。

「ギドとの出会いは衝撃的でしたね。彼は、見事に希薄な世界を打ち破った。いや、違うな・・・アルダリス・ネットは希薄な世界なんかじゃなかった。僕が、そう思いこんでいただけだ。現実と虚構、そんなものの境は、はじめからなかった。世界を希薄なものにしていたのは、僕自身だった。世界が希薄だったんじゃない。僕自身が、希薄だったんだと気がついたんだ」

「結局、ギドは油に火を注いだだけだったけどね。最期の「このバカどもめ」が余計だったのよ。ギドって、いつも一言余計なのよね。でもあの時、わたしとギドを非難し始めたプレーヤーたちを鎮めてくれたのは、ルウくんだった」

「僕は普通にサキと会話しただけです。サキも頑張りましたよ。慣れないタイピングで大変だったと思いますけど」

「わたし、涙が出ちゃったわよ。ほんとに。こんな優しい人達もいるんだって。ギドは、ちょっとぶっきらぼう過ぎたけどね」

 ルウは苦笑しながらサキに微笑んで見せた。

「僕はそれまで、世界は希薄で価値などないと思っていました。でも、価値あるものにするかどうかは自分次第なのだということに気がつきました。それを教えてくれたのは、サキとギドです」

「なんかルウくんに改めてそんなこと言われると、照れちゃうな」

 サキは嬉しそうにそう答えた。

「ギドはきっとリナを守ってくれます。彼は約束したことは絶対に守りますよ」

 ルウは空を見上げながら、そこにギドの姿を探すかのように見回してそう呟いた。

「そうね」

 サキも同じように空を見上げ答えた。

「でも、ギドはどうしてリナにあんなに固執するんだろう?」

 サキは視線をルウに戻すと、思い出したようにそう尋ねた。

「サキにはそう見えますか?」

「わたしもリナは好きよ。最初はちょっと焼き餅焼いたりもしたけど・・・。でも、そういうのじゃないの。ギドは何かを必死に守ろうとしている。その延長線上には、リナがいるの。ギドの目的は、ここから脱出することでもなければ、ナイジェルに勝つことでもない。きっと、彼女を守ることがギドの唯一の目的になってる。そう思えるの」

 サキはそう言い終えると、肩の上を行ったり来たりしているフェレの頭をなでながら、再び空を見つめた。

「でも、それはわたしも同じ。リナの中には、わたしにとってもとても大切なものが秘められているように感じるの。だから、リナはわたしたちの手で守ってあげなくちゃ」

「そうですね」

 ルウはサキの前に立ちはだかるように振り返ると、彼女を真剣な眼差しで見つめた。

「僕は今まで、自分には失うものなんてないって思ってました。でも、それは間違っていました」

 サキは少し驚いた顔で、目の前に立つルウの顔を見つめた。

「僕はサキを守りますよ」

 ルウはそう告げると、しばらくじっとサキの目を見つめていた。ルウの意外な言葉に、サキは一瞬言葉に詰まり、そう告げる彼の穏やかな顔を見つめることしかできなかった。

 すると、ルウはサキに目を向け悪戯っぽく微笑んで見せた。

「サキもギドも、僕が守ります。僕の大切な仲間ですから」

「もう!ルウくんたら!」

 サキは顔を赤らめながら、バツが悪そうにルウの肩を叩きそっぽを向いた。

「あ!」

 視線を移した先に見覚えのある風景があることに気がつき、サキは思わず声を上げた。それと同時にサキは走り出し、瓦礫が散らばった閑散とした光景を改めて見回した。

 サキは、足元に視線を落とすと、そこに落ちている「シェア」という文字の破片を拾い上げた。

「ここが・・・」

「うん」

 サキは文字の破片を手にしたまま、崩れたアーチ型の門とその奥に続く瓦礫の山に、目を向けた。

 

「本当にここがブルシェア?」

 疑いの目で辺りを見回す有紀に、シュリは頷いて見せた。

「間違いありません。ここがブルシェアです」

 シュリはアーチ型の門を見上げながら、そう答えた。

「これはまた酷いな。ここに街があったのかもわからないな、これじゃあ」

 リンドウはそう呟きながら、瓦礫の山の中に足を踏み入れた。

 翔はリンドウに続いて瓦礫の山を登った。瓦礫の山を登りきると、ゆっくりと辺りを見回した。

 そこには、永遠と続く瓦礫の道ができていた。いくつか建物らしき姿を残しているものもあったが、ほとんどが瓦礫の荒野と化していた。その信じられない光景を、翔はじっと見つめていた。

「どうしてこんなことに・・・」

 いつの間にかミイが隣に立ち、瓦礫の山を見渡しながらそう呟いた。

「そんなことより、誰がこの街を破壊したかが問題よ」

「ナイジェル・・・しかいないだろうな。こんな芸当ができるのは」

 有紀の言葉にリンドウはそう答えると、瓦礫の山の中を進んでいった。

「シュリ、ここに何があるんだい?俺たちは、何をすれば・・・」

 翔は振り返り、瓦礫の下に佇むシュリにそう尋ねた。

 シュリも皆に習うように瓦礫の山を登り始め、翔たちの立つ場所まで辿り着くと、何かを探すように辺りを見回した。

「たぶん、他のブレインたちも、このブルシェアを目指しているはずです。まずは、彼らを探すことが先決でしょう」

「この瓦礫の街に・・・いるかしら」

「随分足止めくっちまったからな。来てるとしたら、他のブレインはもうとっくに辿り着いてるはずだ」

 先を進むリンドウが、振り返り大声でそう返してきた。

「他のブレイン・・・シュリ、君は他の顔は知っているのかい?」

 翔がシュリにそう尋ねると、シュリは首を振って応えた。

「顔を知っているわけではありません。でも、会えばブレインであるかどうかはわかると思います」

「他に手掛かりは?」

「一人のブレインの名前は、リナです」

 シュリはそう答えた。

「じゃあ、とにかくそのリナって名前の人物を探せば良いんだな」

 リンドウは踵を返すと、再び瓦礫の山を奥へと進み始めた。他の者もそれを追うように、瓦礫の山を進んでいった。

 街の中心部に近づくと、瓦礫の山も多少減り、瓦礫を避けながら地面を歩くことができるようになっていた。ほとんど崩れかかっていたが、いくつかの建物もその姿を残していた。

「人の気配もまったくないわね」

 有紀はため息をつき、瓦礫に腰をおろしながら言った。

「ブレインは3人いるんだろう?もう一人のブレインの名前はわからないのか?」

「わかりません・・・。彼は不思議なところがあって・・・捉えづらいというか・・・」

「ふーん。ブレインにも相性ってあるのね」

 有紀は妙に納得したように答えた。

 翔は立ち止まって休憩しているリンドウたちを遠目に、瓦礫の中を見回しながら進んでいた。ミイも翔の後をゆっくりと歩いていた。

「この街にいた人達はどうしたんだろう?」

 翔は重々しい口調で後ろを歩くミイにそう尋ねた。ミイはその重々しい雰囲気を察し、翔に歩み寄るとそっと彼の手を握った。

「待ちくたびれちゃったよ」

 突然、どこからともなく少年の声が聞こえた。驚いた翔とミイは、とっさにその声の主を探した。

「ねえ、シュリはどこ?」

 どこから現れたのか、翔のすぐ目の前に銀髪の少年が立っていた。

「君は?」

「僕はファイ。ブレインだよ。ねえ、シュリはどこ?」

「あなたがブレイン・・・?」

 ミイは年端もいかない端正な少年の顔を見つめながら呟いた。

「あ、ああ、シュリはあっちにいるよ。ずっとここで待ってたのかい?」

「ふーん、あなたがシュリのインペリアルナイトだね」

 翔の問いには答えず、ファイは翔をまじまじと眺めながらそう呟いた。

「インペリアルナイト?」

「そう。シュリから何にも聞いてないんだね」

 翔にはファイの言っている意味がわからず、困惑しながらも笑顔を見せた。

「僕らも君を探してここに来たんだ。一緒にシュリのところに行こう」

 翔はそう言うと、ファイに手を差し伸べた。しかしファイは、その手をじっと見つめたまま、動こうとしなかった。

「僕は行かないよ」

 ファイは冷たい口調でそう答えた。

「ど、どうして?」

 予期していなかったファイの答えに、ミイは困惑したようにそう尋ねた。

「確認したかっただけなんだ、あなたがどんな人か」

「俺を?どうしてだい?」

「きっと、いずれ戦わなくちゃいけなくなるからだよ」

 ファイはそう告げると、ふわりと宙に舞い上がった。翔は呆気に取られたまま、宙に浮いていくファイを見つめていた。

「カケルさん!」

 聞き覚えのある声が、翔の名を呼び止めた。翔が振り返ると、瓦礫の中をルウとサキが走ってくるのが見えた。

「ルウさん!サキさん!」

 その姿を確認すると、ミイは今にも泣き出しそうな顔で彼らの名を叫んだ。

「二人とも無事だったのね・・・良かった。でも、ギドさんは?」

 ミイの問いに、二人は思わず黙ってしまった。しかし、サキは宙に浮く少年の姿に気がつくと、思わず声を上げた。

「ファイ!生きてたのね。無事で良かった!」

 サキはファイを見上げながらそう叫んだ。

「ああ、あのときのお姉さんだね。ついでだから良いこと教えてあげるよ。ギド・・・だっけ?あの人、無事に生きてるよ。リナも生きてる。その人、光暈の剣を手に入れたみたいだね。リナはアルダリスにさらわれちゃったみたいだから、そのあとを追っていったんじゃないかな」

 ファイはそう告げると、翔たちを見渡した。

「本当に?ギドたちは生きてるのね?」

 サキは歓喜の表情を浮かべ、ファイを見上げた。

「赤の騎士、白の騎士、碧の騎士・・・そして黒の騎士、四人の君主が、これで揃ったことになるね。いよいよ始まるわけだ」

「始まる?何が?」

 ファイの敵対的な雰囲気を察してか、翔の表情はすでに硬くなっていた。翔は、ファイを鋭い眼差しで見つめながら、そう尋ねた。

「・・・それは、僕にもわからないかな」

 ファイはうっすらと微笑を浮かべると、身体を反転させ翔たちを横目で見下ろしながら、空高く舞い上がっていった。

 翔たちは消えていくファイの姿を呆然といつまでも眺めていた。

「どういうことでしょう・・・?」

 ルウが沈黙を破るようにようやくそう呟いた。

 その声が合図のように皆肩から力を抜くと、無事を喜ぶようにお互いを見合った。しかし、誰の顔にも笑顔はなかった。

「始まるんだ。何かが。でも、それが何であろうと、俺たちはもう後戻りはできない」

 翔は静かな青空を見上げ、自らに言い聞かせるようにそう呟いた。

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