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PHASE 28 「賢者と騎士」
「ナイジェルがアルダリスシステムのマスター?」
ギドの言葉が狭い小屋の中に響く。それに答えるように、リナはこくりと頷いて見せた。
「彼がこのアルダリスシステムの中心。この世界を統べる者。アルダリスシステムのマスターです」
リナは力強い口調でそう答えた。
「確信はあるのか?」
ギドが確認するようにそう問いただすと、リナは首を横に振って答えた。
「確信はありません。ですが、彼がマスターであることは十中八九間違いないでしょう。これは、ブレインとしての・・・勘です」
「勘・・・か。あんたには不釣り合いな言葉だな」
ギドがそう答えると、リナは困ったように顔を伏せた。
「不安・・・でしょうか。わたしの感情システムを刺激する何かが、彼にはあるのです」
「・・・いいだろう。信じよう。あんたの『勘』てやつを」
ギドがそう答えると、リナは顔を上げ微笑んで見せた。しかし、すぐに顔を曇らせ、腑に落ちないような表情でギドを見つめた。
「ただ・・・」
「ただ?なんだ?」
「あなたたちが彼と戦っているあの時、わたしにはアルダリスマスターとは別のものも感じました。遠くからで良くは分かりませんでしたが・・・彼の意志・・・怒りに満ちた暗い闇・・・」
「怒り・・・?」
サキは瞼に焼き付いているナイジェルの顔を浮かべながらそう呟いた。自分の兄の顔を持つ男。そこには残酷なまでの冷酷さがあった。兄の來斗とは似ても似つかない、冷たい眼差し。サキは、振り払うように首を振り、脳裏に浮かんだナイジェルの姿を打ち消した。
「ちょっと待て。マスターは感情システムを持たないんじゃなかったのか?」
ギドがリナの言葉を遮るようにそう言った。
「ええ、そうです。マスターは本来、感情システムを持ちません。しかし、わたしには彼が内に秘めた怒りに満ちているように見えました・・・」
「それはつまり、マスターにも感情システムがあると・・・?」
ルウの言葉に、リナは神妙な面持ちで言葉を続けた。
「もうしそうだとしたら、それは大きな意味を持ちます」
「あんたの言葉を借りて言えば、マスターは自分で考え学び、成長する能力を得たって訳だな。あんたらブレインの力を借りなくても、自ら学び成長していく・・・今のアルダリスシステムは利己的な意志の塊な訳だ」
ギドは確認するようにリナを見つめると、続けて言った。
「マスターにとってあんたたちは不要なものになった。むしろ邪魔になったってことだ。だから、その『ファイ』っていうブレインもナイジェルに襲われた」
「え?じゃあ、リナもナイジェルに襲われる危険があるってこと?」
サキが不安そうにそう口を開いた。
「どっちみち、奴は無差別にありとあらゆるものを破壊しようとしているんだ。襲われる危険があるのは、みんな同じだ」
ギドが不機嫌そうな表情でそう答えると、サキは口を閉ざすように顔を伏せた。
「しかし、感情システムを獲得したことと、マスターがナイジェルとしてオフライン・ゲームに現れたことと何か関係があるんでしょうか?ナイジェルはそもそも僕たちと同じプレーヤーだったはずです」
ルウが話を元に戻すように、リナにそう尋ねた。
「マスターがプレーヤーに擬人化することは可能でしょう。しかし、腑に落ちない点もあります」
しばらくして顔を上げると、リナはそう告げた。
「腑に落ちない点?何ですか?」
ルウが興味深そうに顔を覗かせて言った。
「わたしたちブレインは自由にプレーヤーのデータベースからあらゆる情報を得ることができます。誰がどこにいるか。どのようなスキルを持っているか。これは、マスターにはない、我々ブレインにだけ与えられた能力です。そういう意味では、マスターはプレーヤーに関してはごく僅かな情報しか得られないのです」
「なるほど。奴にはこちらの居場所を知る手だてはないと言うことか。それは不幸中の幸いだな」
リナはギドの言葉に頷くようにして一呼吸入れると、再び神妙な口調で言葉を続けた。
「確かにマスターがどうやってナイジェルというプレーヤーの情報を得たかも疑問です。しかし、姿を似せるだけならどうにでもなるでしょう。中身がナイジェルというプレーヤーそのものとは限らないわけですから。でも問題はそんなことではないのです・・・そもそも、アルダリスシステムのプレーヤーデータベースに、ナイジェルという名のデータは存在しないのですから」
「存在しない?」
「つまり、ナイジェルはプレーヤーではないということです」
「どういうことなんだ?ナイジェルはプレーヤーではない・・・?アルダリス・ネットでプレーヤー狩りをしていたナイジェルも、プレーヤーではないってことか?」
「はい、そういうことになります。そもそも彼のデータが存在しないのですから」
「プレーヤーではない・・・とすると、元々アルダリスシステムにプログラムされたNPC(ノンプレーヤーキャラクター)か・・・」
「確かに、そう言う意味ではわたしたちブレインと同じような存在なのかも知れません。彼は意図的に用意されたNPCなのかもしれない。わたしたちブレインさえも知らない、アルダリスシステムの中で特別な存在・・・」
しかしリナは、改めて首を振って皆に応えた。
「わたしはアルダリス・ネットの頃から、ずっとこのアルダリスシステムを見てきました。確かに、アルダリス・ネットの中でナイジェルという存在があったことは事実です。しかし、わたしたちブレインでさえも、その存在を確かに確認できたわけではありません。それに、少なくともアルダリス・ネットに出現していたナイジェルは、マスターと関係はなかったように思います」
「ナイジェルとマスターは元々は別の存在だった」
「だとしたら考えられる答えは一つだ。ナイジェルは、意図的に組み込まれたウイルスプログラムってことだな」
ギドがルウの言葉に続けるように言った。
「ええ。わたしにも認識できないとなると、NPCではなくウイルスである可能性は高いです」
「マスターがナイジェルのウイルスプログラムを利用した?そういうことでしょうか?」
ルウが話をまとめるようにそう告げると、リナは何故か首を振って見せた。
「マスター自体に、ウイルスを利用するような新たな知的プログラムを埋め込むのは、かなり難しいでしょう。むしろ逆のような気がします。ナイジェルのウイルスプログラムが、マスターに感染したのだとしたら・・・」
「だとしたら、ナイジェルというウイルスは元々アルダリスシステムを支配するために存在してたってことだ」
ギドは納得するように頷いた。
「誰が・・・何のために?」
リナはそう小声で尋ねるサキの顔に目を向け、何故か悲しそうな眼差しで首を振って見せた。サキはその瞳に吸い込まれそうになりながらも、もしかしたらリナは何かを知っているのかも知れないという思いに駆られていた。ナイジェルについて、兄の顔を持つあの男について、自分には言えない何かを知ってるのかも知れない。
「そんなことは、本人に聞けばいい」
しかし首を振るリナを気にもせず、ギドはぶっきらぼうにそう答えながら立ち上がった。
「どうするつもりですか?」
立ち上がったギドを見つめながら、リナはゆっくりとした口調でそう尋ねた。
「あいつには借りがある。二度もな。それを返すついでに聞いてみるさ」
「駄目よ!」
今にも小屋を出て行こうとするギドを見て、咄嗟にサキも立ち上がりそう叫んだ。
「絶対に駄目よ!」
サキはもう一度叫んだが、ギドは気にする様子もなく、決断を迫るような眼差しでリナの顔を窺っていた。
「ナイジェルが何をしようとしてるか分からないけど、そんなのどうでもいいじゃない。わたしたちの目的は、一時も早くこの地下施設から脱出することでしょう?」
サキはギドの前に立ちふさがり、諭すようにそう叫んだ。
「オフライン・ゲームをクリアさえすれば良いんでしょう?」
説得するようにサキが言うと、ルウが立ち上がりサキの方に手を掛けて諭すように口を開いた。
「事実上、オフライン・ゲームを支配しているのはナイジェルです。確かに彼の目的が何なのかは分かりませんが、みすみすプレーヤーを見逃すようなことがあるとは思えません」
ギドはサキに目を向けると、ルウと入れ替わるようにサキの肩に手を乗せて頷いて見せた。
「ナイジェルが、オフライン・ゲームのラスボスってことだ」
「でも・・・」
「今のわたしたちでは、ナイジェルに向かっていっても無駄死にするだけです。あなたにも分かっているはずです」
会話を打ち切るように、静かな口調でリナが言った。
「だから何だと言うんだ?もしまた負けたとしたら、それまでのことだ」
ギドはゆっくりとリナに視線を戻すと、落ち着いた口調でそう答えた。
「お前たちは来なくていい。俺一人で片を付ける」
ギドはそう告げると、再び小屋の出口へと体を向けた。
「それは困ります」
サキやルウが言葉を発するより早く、ギドの行動を遮るように、有無を言わせぬと言った口調のリナの声が小屋の中に木霊した。ルウとサキは、リナに似合わぬその口調に驚いたように、思わず彼女に目を向けた。しかし、ギドはじっと扉に目を向けているだけだった。
「それは困るのです。あなたに死なれては・・・わたしが困るのです」
再び物静かな口調に戻ったリナは、ギドの背中を見つめながらそう呟いた。
「わたしはあなたに自分の命を預けました。あなたの命はわたしの命でもあります。つまり・・・あなたが死ねばわたしも死ぬということです」
ギドは振り返り、そう告げるリナの顔を見つめた。
「ど、どういうこと?」
サキが困惑顔でそう呟くと、リナはそれに答えるようにサキに顔を向け口を開いた。
「わたしたちブレインはある人と命を共有することで、この世界に存在しています。命というものを持たないわたしたちは、そうやって命という概念を享受するのです。『インペリアルナイト』。わたしたちは、命を共有した人をそう呼んでいます」
「インペリアルナイト・・・?」
「はい。この世界に人として存在するために、どうしても必要だったのです。迷惑なのは百も承知ですが、でもわたしは、数多くのプレーヤーの中からあなたを選びました」
「何故俺なんだ?」
ギドが神妙な面持ちでそう尋ねた。
「わたしがあなたを選んだのは、単純にこの世界に人として存在する必要があったからだけではありません。一緒に・・・この局面を打開する勇気と力を持つ仲間が必要だったからです」
「なら、その選択は間違いだな。俺は誰かのために何かをしようとは思わない。俺は俺の選んだ道を行くだけだ」
「それでもあなたは、わたしのインペリアルナイトです」
リナは迷いない瞳でギドを見つめた。
「わたしは、決して間違っていたとは思いません」
力強い口調でリナがそう告げると、ギドは堪らずリナから顔を背けた。
「おれは騎士(ナイト)じゃない。賢者(フィロソファー)だ」
しばらくの沈黙を挟み、リナに背を向けたままギドはぶっきらぼうにそう答えた。
「でも何か良い具体策があるんですか?ナイジェルに対抗するための」
ルウはギドを見つめるリナにそう尋ねた。
「ひとつだけ、ナイジェルと対等に戦える方法があります」
ギドは思わず振り返り、リナの顔を見つめた。
「なんだ?それは」
小屋の中に、しばらくひっそりとした沈黙が流れた。
「ナイジェルの持つ『閃黒の剣』を奪うのです」
そう告げるリナの澄んだ声が、小屋の中にゆっくりと響いていた。
サキはリナと並んで歩きながら、幼いその眼差しの下に見え隠れする大人びた雰囲気はどこから来るのだろうかと、不思議な思いでリナの横顔を眺めていた。
リナがナイジェルの持つ『閃黒の剣』を強奪するという突拍子もない案を提示したときは、誰もが我が耳を疑った。しかし、リナの眼差しは至極真剣であり、また妙な自信なようなものも垣間見えた。
「わたしに良い案があります」
リナはそう言い、ギドたちに彼女の言う「良い案」を話した。
ギドとルウ、そしてサキは既にナイジェルに顔を知られている。しかし、自分だけはまだナイジェルに顔を見られていない。ブレインであることさえ知られなければ、うまくナイジェルから『閃黒の剣』を奪えるかも知れないという、これもまた突拍子もない提案だった。
「わたしたちはブレインとしての能力を封印することもできます。むしろほとんどの時間は、ブレインとしての能力は封印したままです。能力を封印している間は、たとえアルダリスマスターと言えど、わたしがブレインであることを察する術はないはずです」
心配そうに眺めるサキを諭すように、リナはそう言った。
「しかし、どうやってナイジェルから『閃黒の剣』を奪うんだ?」
ギドの尤もな問いに、リナはその方法について皆に詳しく説明した。
それにはまず、リナ自身がナイジェルに触れることが出来る範囲まで近づく必要がある。ナイジェルに手を触れることさえ出来れば、ブレインの能力を解放し一時的にせよナイジェルの行動を制御することが出来るかも知れない、リナはそう語った。
「どの程度の時間、ナイジェルの行動を制御できるかはわかりません。しかし、ブレインであるわたしが直接彼に触れることが出来れば、彼の中枢システムを一時的に停止させることは可能だと思います。そもそも、それがわたしたちブレインの役割なのですから」
リナはそう言うと、ギドの顔を見つめた。
「しかし、その場合、わたし自身の行動も制御されてしまいます。ですから、あなたにナイジェルから『閃黒の剣』を奪う役目を負って欲しいのです」
ギドが頷くのを確認してから、リナは静かな口調で諭すように話を続けた。
「ですが、ナイジェルとの接近はわたしが一人で行います。あなたと行動を共にするのは危険があります。ナイジェルは、きっとあなたの気配に気がつくはずですから」
リナはギドの表情を窺うように目を向けた。ギドは不満そうな顔を見せながらも、仕方なくリナに頷いて見せた。
「ナイジェルとの接触がうまくいき、もし彼に触れることが出来たなら、その瞬間ナイジェルの中枢システムに侵入すると同時に、ギド、あなたをわたしの元に召還します。そして、ナイジェルから『閃黒の剣』を奪って欲しいのです」
「奪ってどうする?」
「あなたが身につけるのです。『閃黒の剣』は元々自らの意志を持つ黒竜が姿を変えたものです。黒竜は自ら認めた物にしかその力を発揮しません。ナイジェルから『閃黒の剣』を奪うには、『閃黒の剣』そのものをあなたの物として彼から奪う必要があります」
リナは間髪を入れずに答えた。
「そもそもマスターには他を圧倒するような力がある訳ではありません。『閃黒の剣』を手にすることにより、手に入れた力だと思われます。『閃黒の剣』さえ奪うことができれば、ナイジェルの強さを半減させることができるはずです」
リナはそう告げると黙ったままギドを見つめ、返答を待った。
「わかった。その話に乗ろうじゃないか」
ギドはしばらく考えた後、決意したようにそう答えた。
「ただし、身の危険を感じたら、すぐに俺を召還するんだ。奴に刃が立たなくても、お前を逃がすぐらいの役には立つ」
ギドはそう言って、リナに同意を求めた。
「わたしも一つ約束して欲しいことがあります。仮に『閃黒の剣』を無事奪うことが出来た場合でも・・・その場からすぐに退避してください。ナイジェルを倒そうなどと、考えないでください。いいですか?」
そう告げるリナに、ギドは腑に落ちない顔を向けた。
「なぜだ?」
「わたしたちの目的はマスターの暴走を食い止めることであり、マスターを破壊することではありません。彼がアルダリスのマスターである以上、彼を守る必要もあるのです」
ギドはしばらく考え込むように顔を伏せていたが、顔を上げるとリナに頷いて見せた。
「わかった」
「では行きましょう。リーンへ」
ギドが頷いたのを確認すると、リナをそう言いながら立ち上がった。
サキは、心の中では本当はリーンになど行きたくないと思っていた。自分たちは一度、リーンに向かい散々な目に遭っている。今度こそ本当に死んでしまうかも知れない。そんな思いもあった。
しかし、サキがリーンに行きたくない理由は、本当のところ別にあった。これ以上、ナイジェルと関わり合いたくなかったのだ。確かに兄の顔を持つナイジェルに、興味がないと言えば嘘になる。なぜナイジェルが兄とうり二つなのか、考えれば考えるほどわからなくなる。しかし、だからこそ、これ以上何かを知ることを恐れている自分がいる。そこには、未来だけでなく過去さえも打ち砕いてしまうような、残酷な真実が待っているのかも知れない。サキにはそう思えたのだ。
前だけを見据えるリナの横顔を眺めながら、重い足をサキは必死に前へと運んでいた。
「サキさん、大丈夫ですか?少し休みましょうか?」
そんな様子に気がついていたのか、リナがそう声を掛けてきた。
「ううん。全然大丈夫」
サキはわざと明るい口調でそう答えた。
「サキには色々と苦労を掛けましたからね。疲れていて当然です。僕らはサキに命を救われたんですから。ねえ、ギド」
先を歩いていたルウが速度を緩めてサキの隣に並ぶと、ルウは先を行くギドにそう声を掛けた。
「本当に大丈夫。リーンまでもう少しだし」
サキがそう答えると、前を歩いていたギドは徐に立ち止まり、三人が来るのを待った。
「ルウとサキは、ここで待つんだ。これから先は、俺とリナだけで向かう」
三人が近くに来ると、ギドはそう二人に言った。
「え?」
「これ以上不用意にリーンに近づきすぎるのは危険だ。またモーヴが待ちかまえてるかもしれないしな」
「僕は行きますよ。ギドとリナだけを、危険な目に遭わせるわけにはいきません」
ルウは反論するようにそうギドに告げると、隣に立っていたリナが首を振った。
「ギドさんの言うとおりです。ここから先は、ギドさんと二人で行きます。二人はここで待機していてください」
「駄目よ、そんなの!みんな一緒にいなくちゃ!」
「駄目だ。俺たちは戦いに行く訳じゃない。行動するには、俺とリナだけの方が動きやすい。二人はここに残るんだ」
ギドはいつになく優しい口調でそう二人に声を掛けた。
「サキ、お前は充分やった。ここから先は、俺に任せろ」
「ギド・・・」
「ルウはサキを守ってやってくれ。ここだって安全な訳じゃない。頼む」
ギドはルウに視線を移すと、いつになく神妙な口調でそう告げた。
「そういうことなら・・・わかりました。ただし、無茶はしないでください、ギド。あなたは、時に己の信念に忠実になりすぎる・・・」
「わかってるよ、ルウ」
その言葉にルウは頷くと、リナに視線を向けた。
「気をつけて」
その言葉に、リナは笑顔で頷いて見せた。
「絶対にちゃんと帰ってきてよ」
「大丈夫だ、サキ。俺は約束は守る男だ」
ギドはサキの肩に手を掛け、そう答えた。サキは泣きそうになるのを堪えながら、ギドの顔を見つめていた。
「よし行くぞ、リナ」
「はい」
ギドの言葉を合図に、二人は再び歩き出した。ルウとサキは、その二人を見送るようにその場で二人の背中を眺めていた。
「あんなギド・・・おかしいよ」
サキの頬には、すでに堪えきれなくなった涙がつたっていた。
「いいんですか?本当に」
リナはしばらく歩いてから、一度後ろを振り返りルウとサキの姿が見えなくなったことを確認すると、ギドに視線を戻してそう声を掛けた。
「今回の計画はあんたが思ってるほど簡単じゃない。大きな賭だってことは俺にだってよくわかってる。もし失敗しても、ルウやサキが生きていてくれれば、何とかしてくれる」
ギドはそう言うと、緊張がほぐれたような顔をリナに向け、うっすらと笑顔を浮かべて言った。
「どうせなら、犠牲は少ない方が良い。どうせ俺たちは二人で一人だ。そうだろ?」
「大丈夫です。わたしが責任を持って、あなたをサキさんやルウさんの元に送り届けます」
ギドはその言葉を聞くと、再び視線を前に戻し、何も言わず黙ったまま歩き続けた。リナも、黙ったままギドの隣を歩き続けた。
しばらく歩くと、リーンの闘技場の建物が見えてきた。それは、以前に比べて更に廃れているように見えた。
リーンの街は、もう既にどこからが街なのかもわからないほど荒れ果てていた。森のあちらこちらに建物の残骸が転がり、それはギドたちを拒絶するように行く手を阻んでいた。
ギドは一瞬立ち止まりその瓦礫を見つめた後、その瓦礫を乗り越えようと瓦礫の一つに足をかけた。
「待ってください。ギドさんはここまでです。ここで待っていてください」
「そう簡単に見つかるほど俺も馬鹿じゃない。いざとなれば魔法で姿を消せばいい」
「駄目です。ギドさんはここで待っていてください。必ずここに。場所を移動すると、あなたを召還できなくなります」
ギドは仕方なく瓦礫に掛けた足を地面に戻すと、リナの方に向き直った。
「本当に大丈夫なのか?ひとりで」
「わたしの命はあなたの命でもあります。無駄にはできません」
リナはそう言って、瓦礫の山を登り始めた。
「何があってもここにいてください。お願いします」
リナは瓦礫の上で一度振り返ると、ギドにそう言った。ギドが大きく頷くのを確認すると、リナはそのまま瓦礫の反対側へと進んでいった。
リナが瓦礫から降りると、改めて廃墟と化したリーンの街を見渡した。人気もなく、風もなかった。まるで時間が止まったように、目の前の街は静かに佇んでいた。
リナは大きく深呼吸すると、ゆっくりと歩き出した。
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