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PHASE 27 「彷徨う心」

 マサハルの目の前には、まるで町中を覆い尽くすように砂埃が巻き上がっていく様が広がっていた。マサハルは、碧竜に跨ったまま空中からその様子を窺っていた。

 砂埃が薄れ始めると、うっすらと街の姿が現れる。唯一残っていた居住区の一角も、見るも無惨な廃墟と化していた。マサハルは半ば信じられない思いで、その光景を見下ろしていた。

 しかし、目の前の光景がまさか偽りなわけはない。マサハルはすぐに冷静な眼差しで、上空を旋回しながら崩れ果てた街を観察した。被害はかなり広範囲に及んでいるように見えた。これだけ建物に被害出ていると言うことは、シュールの街に残っていた者たちの多くも、その犠牲になっているだろうことは一目瞭然だった。

 これほど短時間に街を破壊できる力を持ったプレーヤーがいるはずがない。いるとしても、自分以外にはたった一人しかいないだろう。

「ついに来たか・・・」

 街を見下ろしながら、マサハルはそう呟いた。

 街の中心部で、大きな爆発と共に再び砂埃が舞い上がるのが見えた。街に残っていたプレーヤーたちが、慌てふためきながら我先にと逃げだしてく姿が見えていた。

 マサハルはそれを確認すると碧竜の手綱をぐっと握りしめた。碧竜はそれに応えるように、大きな翼を両脇に広げ、砂埃に向かって降下し始めた。

 碧竜は地面に近づくと、その大きな翼を羽ばたかせゆっくりと降り立った。碧竜の翼が巻き起こした風が、舞い上がる砂埃をさらに上空へと巻き上げ、マサハルの目の前にはすぐに空気の澄んだ街並みが広がった。碧竜は身を縮めるようにして首をもたげると、そのまま姿を剣へと変化させ、瞬く間にマサハルの手に収まった。マサハルは剣を腰の鞘に収めると、改めて辺りを見回した。

 崩れた建物の陰で、逃げ遅れた者たちが呆然とした様子でマサハルを眺めていた。マサハルは、彼らを一瞥すると再び街並みに目を向けた。

「いったい何が起きた」

 マサハルは街並みに目を向けながら、彼らにそう声を掛けた。

「突然爆発が起きて、建物が次々に・・・あんたがやったんじゃないのか?」

 男たちは震える声でそう答えた。

「俺は非のない者を傷つけたりはしない、非のある者に容赦がないだけだ」

 マサハルはそう答えると、男たちに再び目を向けた。男たちは怯えきった眼差しをマサハルに向けていた。

 人は従順であればそれでいい。少なくとも凶暴なよりはずっといい。彼らを見て、マサハルはそう思った。何も出来ず、ただ震えていることしかできない大人が自分の目の前にいる。おそらくそうしたのは、マサハル自身だろう。彼らに恐怖を植え付け、彼らの自衛心を奪ったのは、他ならぬ自分だ。マサハルはそう分かっていた。しかし、それが間違っていたとは思っていなかった。彼らが自分の身を守れないのなら、自分が守ってやればいいだけのことだ。

「お前たち、黒い鎧を着た男を見なかったか?」

 マサハルは再びそう尋ねた。しかし男たちは無言で首を振るだけだった。

「はやく逃げろ。死にたくなければ、できるだけ遠くに逃げるんだ」

 マサハルは彼らから視線を外すと、そう告げて歩き出した。男たちはたどたどしく頷きながら立ち上がると、震える足でその場から去っていった。

 街並みは酷く静まりかえっていた。街にいた者たちも、ほとんどが逃げたか崩れた建物の下敷きになってしまったのだろう。そこには、廃墟となったシュールの街が広がっているだけだった。

「ナイジェル!いるなら姿を見せたらどうだ?」

 マサハルの声が静まりかえった街に響いた。その声は、崩れた建物の間を反響するように広がり、そのまま吸い込まれるように消えていった。

 人の気配はない。目の前には、廃墟と化した無人の街並みが並んでいるだけだった。その様子は、つい先ほどまで人が住んでいたと思えないほど酷く荒れ果てていた。これが、まがいなりにも自分が守ろうとしていた街の結末だ。マサハルはそんな光景に虚無感を感じながらも、一方で深い怒りが込み上げてくるのを感じていた。

「ナイジェル・・・?」

 突然聞こえたその声に反応するように、マサハルは驚いた顔つきで辺りを見回した。それは、ナイジェルでも、ましてや他のプレーヤーのものではなかった。明らかに子供の声だったのだ。

「あ・・・ああ、そういや前に会った人もそんな名前を言ってたっけ」

 そう呟く声が聞こえると、瓦礫の山の中からざくりと足を踏む音が聞こえた。よく見ると、瓦礫の上に立っている少年の姿が見えた。数日前にサクラが森の中で見つけたあの少年だった。灰色に薄汚れた服に、色白の肌、そして滑らかにゆらぐ灰色の髪のせいで、瓦礫の中に同化して気がつかなかったのだ。

 マサハルと目が合うと、少年は瓦礫の山の上からマサハルに向かってゆっくりと歩いてきていた。

「君か・・・こんな所で何をしてる。ここは危険だから今すぐに逃げたほうがいい」

 マサハルがそう告げると、少年はくすっと笑みを浮かべたままマサハルに歩み寄ってきた。

「どうして?」

「見れば分かるだろう」

 マサハルは少年の問いに冷ややかにそう答えた。

「ああ、これね。大丈夫。もう終わったから」

 少年は足元の瓦礫を足先で蹴りながら、そう呟いた。

「見たのか?ナイジェルを」

「違うよ。あいつはここには来てないよ」

「ナイジェルを知ってるのか?」

「知ってるよ、良く」

 マサハルは観察するように少年を見据えた。確かにただならぬ雰囲気を持つ少年であることは確かだった。しかし、こんな少年がプレーヤーとして一人でこのオフライン・ゲームに参加しているとは到底思えなかった。それに、サクラはこの少年が空を飛んでやってきたと言っていたのを思い出した。

「じゃあ誰がやったのか見てたのか?ナイジェルじゃないなら、誰がやったと言うんだ?」

 少年は再びくすっと笑みを浮かべた。

「僕だよ」

 少年は手を振りかぶるような素振りを見せ、突然マサハルに向かってその手を振り下ろした。少年の手のひらからはすさまじい閃光が走り、弧を描いたような光の筋がマサハルに向かって襲いかかってきた。マサハルは、瓦礫の上を転がり落ちるように間一髪で閃光を避けると、立ち膝をついたまま少年を睨み付けた。

「思った通りだ。お兄さん、強いね」

「ただのプレーヤーな訳じゃなさそうだな。君は何者なんだ?」

 マサハルの問いに、少年は頭を掻きながら面倒くさそうな顔を見せた。

「ファイ。僕の名前はファイ。名前なんて知ったって意味ないだろうけどね」

「なぜ街を破壊した?」

「違うよ。先に相手の方がやってきたんだ。だから、ちょこっと抵抗しただけさ」

「ちょこっと抵抗しただけで街を破壊したのか。関係ない人も巻き添えにして」

「いいじゃない。関係ないんだから。関係ないものは、僕はいらないもの。それに、僕が探してるのは、それでも生きていられる人達だけだもの。関係ないものを排除できて、しかも自分が必要な人も探し出すことができる。一石二鳥じゃない」

 少年は退屈そうに瓦礫の上に腰掛け、頬杖を付きながらマサハルにそう答えた。

「他人に迷惑を掛けちゃいけない。お母さんから、そう教わらなかったのか?」

「お母さん・・・知らない」

「じゃあ、俺が教えてやる」

 マサハルはそう告げると同時に、剣を抜きファイに向けて剣を振り下ろした。ファイは笑みを浮かべてマサハルの目をじっと見つめていた。

 

 シュールの街外れに辿り着いたサクラとマル太の目の前には、廃墟と化したシュールの街が広がっていた。二人はその光景を信じられない思いで眺めていると、また街の中央で大きな砂埃が巻き上がるのが見えた。

「いったい何が・・・」

 サクラは遠くで巻き上がる砂埃を見上げながらそう呟いた。

「きっとナイジェルが来たんだ」

「ナイジェル?」

 マル太の答えにサクラはそう聞き返した。

「あんなことがあって、僕は街を離れてしばらく色々回っていたんだ。ほとんどの街はこんな風に廃墟と化してた。そこでナイジェルってプレーヤーが各地で殺戮を繰り返してるって話を聞いた。僕はみんなにこのことを知らせなきゃと思って、この街に帰ってきた。でも、その時にはもうこの街にはマサハルくんとサクラさんしかいなかったけど・・・」

 マル太はサクラの先に立ち瓦礫に埋もれた街を見つめながらそう答えた。サクラは、そのマル太の後ろ姿をじっと見つめていた。すると、マル太の背中の影がサクラの中でフラッシュバックし、埋もれていた記憶を呼び覚ますようにあの時の光景が脳裏に映し出されていた。

「マル太くん、あなたあの時・・・」

 サクラは記憶を蘇らすようにそう呟いた。思い出したくはない記憶。サクラは本能的にあの時の記憶を消し去っていた。実際何があったのか、今までサクラ自身にも思い出すことが出来ずにいた。記憶のすべてが大きな影に守られるように、思い出そうとしても影の先の光景が見えなかったのだ。

「思い出したわ・・・わたしは記憶をなくした訳じゃなかった。見えなかったのね。あれは、あなたの背中だった・・・」

 サクラはマル太の背中を見つめながら、そう呟いた。

 記憶に残るあの影は、あまりにもおぞましい記憶から自らを守るために作り出した心の壁なのだと、サクラはずっとそう思っていた。その先にあるものを敢えて思い出そうとしなかったし、思い出したいとも思わなかった。サクラは、その影に守られていたおかげで、今日まで気丈に生きてこれたのだ。

 あの時、サクラは確かにあの男に襲われそうになった。暴力を振るわれ、服を剥ぎ取られていくうちに、頭の中は真っ白になっていった。しかし、突然サクラを大きな影が覆い尽くした。その先の光景は見えなかった。ただ、もう終わったのだと、朧気にその背中を見ていた記憶が蘇ってきた。

 あれは自らが作り出した心の壁などではなく、マル太の背中だったのだ。あの時、サクラが襲われそうになる寸前にマル太が現れ、自分を助けてくれたのだ。

「あなたが私を助けてくれた・・・あの時、わたしは何もされていなかった・・・」

「マサハルくんから聞いたよ。サクラさんが苦しんでいること。でも、どうして良いか分からなかった。僕は、遠くから見守ることぐらいしかできないから・・・」

「違うわ。あなたはずっと心の中で、私をずっと守ってくれていた。そんな大切なことを、わたし忘れていて・・・」

 サクラは涙ぐみながらマル太に歩み寄り、その背中に手を添えた。マル太は驚いた様子で顔を赤らめながらも、振り返ることができずそのまま立ちすくんでいた。

「ありがとう・・・マル太くん」

「そ、そんなことより、早く行かないと。マサハルくんが心配だ」

 マル太は照れくさそうにそう言うと、振り向きもせずゆっくりと歩き出した。サクラは、目に涙を溜めながらも、その背中を微笑みながら見つめ、マル太のあとを追うようにゆっくりと歩き出した。

 教会のある街の中心部当たりで、再び大きな爆発音が聞こえ、砂埃が巻き上がっていくのが見えた。

「相手がナイジェルだとしたら・・・さすがのマサハルくんも手におえるかどうか」

 マル太は真剣な顔つきで再びそう告げ、歩く足を速めた。それに合わせるように、サクラも足を速めた。

 サクラは何故か言いようのない胸騒ぎに苛まれていた。しかし、マル太の言うようにマサハルの危険を感じるという感覚とは違った。むしろ逆だった。マサハルがとてつもない間違いを犯そうとしている。そう感じた。サクラは逸る気持ちを抑えながら、マル太と並んで駆け足で街の中心部へと向かった。

 サクラたちは街の中心に当たる教会前のひろばに辿り着くと、マサハルの姿を探して瓦礫に埋もれたひろばに足を踏み入れた。瓦礫はひろばを埋め尽くすように広がり、見渡しても瓦礫の山で遮られすべてを見渡すことは出来なかった。仕方なくサクラは瓦礫の山を登り、そこから辺り一面を見渡してみた。

 すると突然、瓦礫の山から砂埃が上がり、剣を構えるマサハルが姿を現した。それと同時に、どこからか放たれた光の矢がマサハルを捕らえた。マサハルはその光を剣で受け止めたものの、その衝撃で吹き飛ばされるように瓦礫の中へと再び埋もれてしまった。

「マサハルくん!」

 サクラは叫ぶと、彼が埋もれた場所へと駆け足で向かおうとした。しかし、突然閃光が走ったかと思うと、目の前の瓦礫が爆発するように吹き飛び、サクラは思わず足を止めた。

「邪魔しないでよ。今いいところなんだから」

 その声は、サクラの頭上から聞こえてきた。驚いて上を見上げると、あの少年が宙に浮いた状態でサクラを見下ろしていた。

「あなた・・・こんなところで何をしてるの?」

「見て分からないの?勝負してるんだよ、あの人と」

 そう言って指を差した先には、瓦礫の中から這い出てくるマサハルの姿あった。

「サクラ!ここにいては危険だ!今すぐ逃げるんだ!」

 マサハルはそう叫びながら、上空にいるファイに向けて剣を振り抜いた。剣からはすさまじい勢いで風が巻き起こり、まるでかまいたちのようにファイに襲いかかった。しかし、ファイは素早く空中を移動し、その攻撃を難なくかわしてしまった。

「ふーん。もしかして、大事な人なんだね」

 ファイはサクラに走り寄ろうとするマサハルに向けて再び閃光を放つと、その隙に空中からサクラの前へと降り立った。サクラの前に立ったファイは、片手を上げその手のひらをサクラに向けた。

「ねえ。人って大事なものを失うと強くなるんだよね。怒りって言うんだっけ、それとも復讐?この人殺したら、あなたももっと強くなるんじゃない?」

 ファイは顔だけをマサハルの方に向けそう言った。

「なっ・・・?!」

 マサハルは驚愕の眼差しでじっとファイを見つめていた。ファイは不敵な笑みを浮かべると、再びサクラに方に向き直った。

「お姉さんにはなんの恨みもないけどさ。でも僕にとって何の価値もないし」

 サクラは一瞬たじろぎそうになったが、それを堪えてファイに自分から歩み寄った。

「あなたは自分に価値のないものはすべて消すの?そうやってすべてを破壊するの?」

 サクラはファイに歩み寄り、彼のかざす手の前に立ち、諭すようにそう言った。

「邪魔ならね。別にどっちでも良いんだけどさ」

「どうして?あなたにとって価値のないものでも、誰か他の人にとっては価値のあるものかも知れないじゃない」

「だから?」

「だから・・・もしあなたが大事にしているものを誰かに壊されたりしたらどう思う?嫌でしょう?」

「僕には大事なものなんてないよ。それに他人にとって大事なものとか、僕には関係ないもの」

 ファイは突然開いていた手のひらをぐっと握りしめた。サクラは驚いて、思わず一歩退いてしまった。その様子を見て、ファイは笑みを浮かべてサクラの顔を見た。

「敢えて言うなら、お姉さんが死ぬことに価値があるんだよ。だって、怒りは人を強くするもの」

 ファイの手のひらが再びパッと開かれた。それと同時に、サクラの目の前で目を開けていられないほどの眩しい光が放たれた。サクラは観念したように身を屈めた。こんな風に自分が死ぬなんて思っていなかった。サクラは心の中でそう呟いていた。これからだと言うのに、何も出来ず自分は死んでしまう。しかも、自分がこの身に変えても守ると心に誓った少年の手で、自分は殺されようとしている。

 しかしその瞬間、サクラの目の前に素早く動く影が見えた。マル太だった。マル太はファイの手のひらから放たれる直前に、力一杯彼の手を打ち付けた。ファイの手はその衝撃で下を向き、手のひらから放たれた光は地面に突き刺さるようにして爆発した。

 サクラとマル太は、その衝撃でその場から吹き飛ばされた。それと同時にいつの間に近づいたのか、ファイのすぐ側にはマサハルが立ち、ファイに向けて剣を振り下ろしていた。しかし、ファイは先ほどと同じように剣をかわすように空中に飛び上がった。しかし、空中で突然ファイの身体が止まると、マサハルは飛び上がりファイを叩き落とすように両手で打ち付けた。ファイは勢いよく地面に落下し、瓦礫の山に突き刺さった。

 サクラは咄嗟に身を起こしてその光景を見つめていた。よく見ると、ファイが埋もれている場所を中心にして、結界のような光が出現していた。

 マサハルはファイが埋もれた場所に立ち、見下ろすようにして立っていた。

「これで逃げ場はなくなったぞ。もう飛んでも逃げられないぞ。さあ、どうする?」

 マサハルは剣を地面に向けて突き立てながらそう言った。すると瓦礫の中からゆっくりとファイが姿を現した。

「なるほど、これを狙ってたんだね・・・でも逃げられないのはあなたも一緒だ」

 ファイはそう言うと、すかさず後ろへ飛び退き手を振りかざしマサハルに向けて光の矢を放った。しかし、マサハルはそれを剣の一降りで消し去り、そのままゆっくりとファイに歩み寄った。

「無駄だ」

「じゃあ、これはどう?」

 ファイはそう呟くと、両手を広げ振り抜いた。すると、マサハルを取り巻くように無数の光の矢が出現し、彼に襲いかかった。光の矢がマサハルの身体を捕らえるようにして爆発した。しかし、次の瞬間ファイは後ろから力一杯叩きつけられ、倒れるようにその場に崩れた。そして、その身体に跨りながら剣をファイの顔へと突き刺すマサハルの姿があった。

「無駄だと言っただろう」

「やっぱり強いね。あなたは。僕よりも数段強い。正直、驚いたな」

「犯した罪の代償は、ちゃんと払ってもらう」

 マサハルはそう告げると、剣を持つ手を切り返し、いつでもファイを突ける体勢に変えた。

「マサハルくん!駄目よ!」

 結界の外からサクラの叫び声が聞こえたが、マサハルは振り向きもせず少年の顔を見つめていた。

「最期に言い残すことはないか?」

「じゃあ、ひとつだけ・・・」

 ファイは笑みを浮かべてそう答えた。不審に思ったマサハルは、剣を持つ手を強めじっとファイの目を見つめていた。もし反抗しようとしても、結果は同じだ。マサハルには、この少年を取り押さえる自身があった。少年もそのことは分かっているはずだ。しかし、その不敵な笑みが表すものが何であるのか、マサハルはその真意を測りかねていた。

「僕はあなたと契約した。僕の命はあなたの命だ。僕が死ねばあなたも死ぬし、あなたが死ねば僕も死ぬ。さあ、どうする?」

「はったりか?」

「嘘じゃないよ。僕はその為に強い人を探してたんだもの。それが僕の使命だから」

 少年の顔からは笑みは消えていた。

「どういうことだ?」

「僕はブレイン。このアルダリスシステムのブレインなんだよ」

 マサハルは何も答えなかった。剣を突き刺したまま、ファイの目をじっと見つめていた。ファイはため息をつくと、再び口を開いた。

「アルダリスシステムはマスターと3つのブレインとで構成されてるんだ。ようは僕らブレインがアルダリスシステムをコントロールしてると思ってくれればよいと思うよ。そう言っても、僕らはその土台に過ぎないけどね。アルダリスシステムをコントロールしているのは僕らだ。ただ、どうコントロールするかを指揮するのは僕らじゃない。それはマスターの役割だよ。アルダリスシステムは空間に物質を実体化させる能力を持ってる。それはもう分かってるよね。そう言われれば、僕らみたいな存在がいたとしてもそれほど不思議ではないでしょう?現に、実体化したモーヴたちはこの中を動き回ってるわけだし」

 ファイの言うことは尤ものようにマサハルにも思えた。この期に及んで、驚くほどのことでもないだろう。

「それで、そのブレインがなぜ俺と契約というヤツをかわしたんだ?」

「言ったじゃない。それが僕の使命だからだよ。『何故』なんて考えたことなんてない。そんなことに意味ないしね。とにかく僕は強い人を見つけなくちゃいけない。ここでも『何故』はなしだよ。そんなこと僕にも分からないんだから。でもね、僕の最終的な使命が何なのかは分かってる」

「何なんだ?」

「マスターを破壊することだよ」

「アルダリスシステム、そのものを破壊するってことか?なぜ?」

 話に聞き入っている内に、マサハルは剣を持つ手を緩めていたことに気がつき、再び剣をファイの顔元に向けた。剣を避けるように身体を起こそうとしていたファイは再びため息をついた。

「だから『何故』はなしだって言ったでしょう。僕にはわからない。僕はそういう使命を与えられただけなんだから。でも一つ言えるのは、今アルダリスシステムは暴走してるって事だよ」

「アルダリスシステムが暴走している?俺たちがこの施設内に閉じこめられてしまったことと、何か関係があるのか?」

「あると思うね。もっとも、あいつの考えてる事なんて僕にはわからないけどさ」

 ファイはどうでも良いと言った顔でそう答えた。

「あいつ?」

「だから、マスターのことだよ。アルダリスシステムのマスター。あなたたちが、『ナイジェル』って呼んでるね」

「なに・・・?ナイジェルがアルダリスシステムのマスター?」

「そう、一度会ったからわかるよ。あの人がアルダリスシステムのマスターだ。あの人が『アルダリス』なんだよ」

 マサハルはじっとファイの目を見つめていた。この少年の話しが本当なのか偽りなのか、マサハルは判断できずにいた。話は通っている。しかし、確信できる要素もないのも確かだ。それにこの少年はサクラを殺そうとした。子供とはいえ、そんな人間をたやすく信じられるわけもなかった。

「どうすれば信じられる。その話が本当だという証拠はどこにある」

 マサハルは剣と突き立てながらそう問いただした。ファイは再び面倒くさそうな素振りでため息をつくと、口を開いた。

「じゃあ、もう一つ。僕以外のブレインは、君の仲間と一緒にいる。シュリはカケルって人と契約した。そしてリナはギドって人と契約した。どう?僕があなたの仲間の事なんて知ってるわけがないでしょう?」

「カケルとギドが・・・どうして分かるんだ?」

「だって僕はブレインだもの。他のブレインの状況を探るぐらいどうってことないよ。でも、他のブレインから僕の状況は分からないようにしてあるけどね」

「どうしてだ?」

「それも僕の使命の一つだからだよ。僕は他のブレインと接触してはならない。そうプログラムされてるんだ。だから通信を遮断した。どうやら他のブレインはアルダリスに対抗するために他のブレインを探してるみたいだけどね。他のブレインとの通信を強制遮断する特別なプログラムを与えられてるのも僕だけみたいだし」

 マサハルはしばらく考えるようにしてファイの顔を窺っていた。少年は忍耐強くマサハルが答えを出すの待っているようだった。

「・・・分かった。信じてみよう。その代わり、今後俺の許可なしに誰かを傷つけることは許さない。その時は、己の命を失ってもお前を殺す。それぐらいの覚悟は、初めから出来ている」

「分かったよ。約束するよ」

 ファイがそう頷くのを見届けると、マサハルはようやく剣を上げそのまま鞘に収めた。結界が解かれたことに気づいたサクラとマル太が、マサハルの元へと走り寄ってきていた。

「大丈夫?」

 心配そうな顔でサクラがファイの元に駆け寄ってきた。サクラに支えられて、ファイはその場に立ち上がった。

「僕はあなたを殺そうとしたのに」

 ファイは立ち上がりながらそう告げると、サクラは首を横に振って答えた。

「だってあなたは、わたしにとってとても大事な人だもの」

 サクラはふっきれたような笑顔でそう答えた。

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