Table of Contents |Previous |Next
PHASE 26 「命の秤」
サクラは、窓辺に立ち夜空に浮かぶ月をじっと眺めていた。
見慣れてしまった作り物の月夜。それは偽物とは思えないほど精巧に再現されているように見えた。違和感を覚えないのは当然のことなのかも知れない、サクラはそう思いながらも、それに慣れてしまっている自分自身に違和感を覚えずにいられなかった。
昼があり、夜がある。その自然の摂理を、どのような仕組みで夜空を作り出しているのかは分からなかったが、それがどれ程人体にとって重要な物かは、大学で人間生態学を専攻していたサクラにも良く分かった。何も訓練を受けていない人間が、昼も夜もない世界に突然放り込まれたりしたら、人々は瞬く間に狂ってしまうことだろう。そのことを考えると、サクラはこの世界が微妙なバランスの中に存在していることを改めて認識せずにはいられなかった。
しかし、とサクラは月夜を見上げながら思った。この世界の人達はとっくに狂い始めている。サクラには、そう思えた。まともな人間など、この世界にはもう存在しない。マサハルも、そして自分自身も。
サクラは窓辺から離れると、ベッドの脇にある椅子に座った。月明かりに照らされて、穏やかな寝息を立てて眠る少年の顔がうっすらと見えた。サクラはその寝顔を見つめながら優しく微笑むと、ずれ落ちた布団を少年の肩に掛け直した。
少年をここに運び込んでから、すでに3日以上経とうとしていた。サクラはその間付きっきりで看病していた。しかし、少年は一向に目を覚ます気配はなかった。
どうして、こんな少年がこのオフライン・ゲームに迷い込んでいたのだろう。それも、突然空から落ちてきたのだ。サクラは不思議に思ったが、考えても仕方がないような気がした。
それよりも、この少年が自分の前に現れたこと自体が重要なことのように、サクラには思えた。これは、きっと自分に与えられたチャンスなのだ。もう一度やり直すためのチャンスなのだと、サクラにはそう思えた。
元々子供好きだったサクラは、大学で保育学を学んだ後、かつてからの希望であった保育士の職に就いた。仕事は思った以上にハードだったが、それでも子供たちの無垢な笑顔に囲まれたこの仕事を、サクラは自分の天職のように感じていた。
サクラの子供たちに対する愛情は親にも負けないと、サクラはそう自負していた。子供たちは、絶対に自分の手で守り抜いてみせる。サクラは、頑なまでにそう思っていた。しかし頑ななそのサクラの思いが仇となり、あの事件を引き起こしてしまったのだ。
それは、サクラが保育士2年目の出来事だった。サクラのクラスには、ある男の子がいた。あまりにも純粋で、あまりにも無垢な少年だった。サクラは、その少年の純粋な思いに応えようと、精一杯その少年に愛情を降り注いだ。しかし、それは少年の純粋な思いを増長させる結果になってしまった。
少年は、サクラが他の子供と話すことにさえ不快感を示すようになった。かといって、その少年だけを特別扱いすることは、サクラにはできなかった。そして、ある日その事件は起きてしまったのだ。
それは、校舎の屋上園庭で子供たちが遊んでいるときのことだった。サクラは、いつもそばにいるはずのその少年がいないことに、少なからず不安を覚えた記憶がある。そして、その不安はグランドに出ていた同僚の悲痛な叫び声によって現実の物となってしまった。
その叫び声を聞いてサクラが屋上園庭からグランドを見下ろすと、そこには数名の園児が倒れている姿が見えた。サクラはその子供たちの名前を叫びながら、脇の階段からグランドに駆け下りた。倒れた子供たちは、それぞれ悲痛な声で苦しそうに母親を呼んでいた。サクラがその場から園児たちが落ちたであろう屋上園庭を見上げると、そこには冷めた目で見下ろすあの少年が一人立っていた。
校舎もそれほど高くなく、落ちた場所の地面もそれほど固くなかったことで、落ちた園児たちは骨を折るなどの重傷を負ったものの、幸い命に別状はなく済んだ。その事件は、園児たちが屋上園庭の柵付近で遊んでいる内に誤って転落した事故として処理され、サクラは事故の責任を取る形で、その保育園を退職した。
今でも、あの事件をあやふやなまま辞めてしまった自分が正しかったのかどうか、自問自答することがある。その度に、あの少年の冷めた眼差しが脳裏に映し出される。
しかし、本当のところは、自分は逃げたのだと、サクラにはそう分かっていた。どうしようもできなかった。どうして良いかも、どうすべきだったのかも分からなかったのだ。だから、自分は逃げたのだ。愛情などかなぐり捨てて、自分はあの冷めた眼差しから逃げ出したかっただけなのだ。
それからというもの、サクラは弱っていく自分の心を補うために、常に誰かに助けを求めるようになった。そして、表向きは陽気に振る舞いながらも、誰にも心を開けない人間になっていった。人に愛情を向けることを恐れ、見せかけの言葉で自分を必死に守り続けてきた。
だから、このオフライン・ゲームに参加してからのすべての一連の出来事も、その罰なのだとサクラは考えていた。これは、逃げだした自分の罪に対する報いなのだ。そして、その罰を受け入れた今、自分にもう一度チャンスが与えられたのだ。
男に襲われたときの恐怖が、不意に蘇ることがある。その度に、サクラはこれは罰なのだと脳裏で繰り返す。そう思わないと、自分が壊れていきそうになる。悪いのは自分なのだと。心の中で、何度もそう呟く。
サクラは、じっと月明かりに照らされる少年の顔を見つめた。何故か、体中が震えてくる。目に涙が溢れてくる。サクラは、眠る少年の頬に手を当てて、綺麗なその顔を優しく撫でていた。
「あなたは、私が守るから・・・」
サクラはそう呟くと、少年の手を握りしめそっと目を閉じた。
気がつくと開け放たれた窓から、朝日が部屋中を照らしていた。サクラは、その眩しさに促されるように、ゆっくりと瞼を開けた。
結局昨晩は、椅子に座ったまま別途にひれ伏す形で、そのまま寝てしまったらしかった。サクラは、窓の外の朝日に目を向けた後、目をこすりながらベッドに視線を戻した。
「いない・・・」
そこには少年の姿がなかった。サクラは咄嗟に立ち上がると、部屋の中を見回した。これといって、昨夜と変わったところはなかった。ただ、少年が忽然と姿を消しているだけだった。
サクラは部屋から飛び出ると、家の中を少年の姿を探して走り回った。しかし、どこを探してもやはり少年の姿はなかった。
「もしかして・・・」
サクラは呟いてマサハルの部屋へと向かった。サクラは、滅多なことがない限りマサハルの部屋には近づかないようにしていた。マサハル自身も、滅多なことがない限りサクラに近づこうとしないのだ。それが、二人の暗黙の了解になっていた。
しかし、今回ばかりはそうは言っていられない。あの少年だけは、たとえマサハルだろうと指一本触れさせるわけにはいかない。自分が守ると誓ったのだから。
サクラはマサハルの部屋の前に着くと、静かにドアをノックしてみた。しかし、一向に返答の気配はなかった。サクラは思い切ってドアノブに手を掛けゆっくりと回した。ドアは、音も立てずにゆっくりと開いた。
サクラはドアを開け中を見回してみたが、マサハルの姿はどこにもなかった。どうやら、既に出掛けているらしい。
サクラは、普段マサハルがどこに出掛けているのかも、外で何をしているのかも知らなかった。サクラも、この家から出ることはほとんどなかった。マサハルにそう言われていることもあったが、正直外に出るのは怖かったのだ。未だに人に会うことに恐怖を拭い切れてはいなかった。
しかし、恐らくこの家の中にはあの少年はもういないだろう。サクラはそう思った。だとしたら、どこを探せば良いだろうか。あの少年も、知らないうちに見知らぬ部屋でベッドに寝かされていたことに困惑したはずだ。そんなとき、子供はどんな行動に出るだろうか。
子供は無意識に知っている風景を探すはずだ。彼が最期に見たであろう風景。
サクラは駆け出すように家を出た。空を見上げ、あの少年が空を流れていったときの光景を思い出した。そして、その行き先を確認すると、サクラは森へ向けて駆け足で走り出した。
あの少年は酷く傷ついていた。確かに見た目にはかなりのスピードで回復しているように見えたが、常識的に考えて3日やそこらで治るような傷ではないはずだ。そんな身体ではそうそう遠くにはいけないだろう。サクラはそう思いながら、森の中へと入っていった。
ここのところ、森の中はひっそりとしていた。モーヴの姿もなく、森を徘徊するプレーヤーたちもいないようだった。サクラは辺りに気を配りながら、記憶を辿り少年を見つけた場所へと進んだ。
少年が落ちたときにできたと思われる草がめくれ上がった箇所を見つけると、サクラはようやく足を止め、その場で息を整えるようにしばらく深呼吸をした。それから、少年の姿を探すように森の中を何度も見回してみた。
しかし、やはりどこにも少年の姿はなかった。すでに少年はどこかへ立ち去ってしまったのかも知れない。サクラには徐々に諦めの気持ちが沸き始めていた。あの時と同じだ。自分は、またも見逃してしまった。本当は、助けを求めていたかも知れないのに。
すると、突然背後で草が揺れる音が響いた。サクラは、その音に気づくと咄嗟に息を潜めるようにその場にうずくまった。
サクラは、草陰に隠れながら鼓動が早くなるのを感じていた。次第に胸が苦しくなり、抑えきれない恐怖が蘇ってくる。サクラは、脳裏から振り払うように首を何度も振ると、再び息を潜め音のする方をじっと見つめた。
誰かが歩いている。姿は見えなかったが、音を聞いてサクラはそう思った。そう思うと、鼓動がさらに早くなった。サクラは恐怖に耐えるように、じっと森の中を見つめていた。
すると、草陰からようやく歩く人の姿見えた。肩に何かを担ぐようにして、大男がゆっくりと森の中を歩いている。身につけている服がかなり汚れているところを見ると、街の人間ではないように見えた。マサハルが言っていた無差別に人を襲うプレーヤーなのだろうか。
大男は一旦立ち止まると、肩に担いだ荷物を持ち直すような仕草を見せた。その拍子に荷物を覆い隠していた布がずれ落ち、肩に担がれたもの姿が見えた。サクラは、叫び声を上げそうになるのを必死に堪えて、思わず目を背けてしまった。
大男が担いでいる物は、おそらく人間だった。それも、あんな風に担がれていても微動だにしない人間。サクラはそれ以上確認する気にはなれなかったが、それが意味することが何であるかは容易に想像が付いた。
サクラはしばらく目を背けたまま男が立ち去るのをじっと待っていた。しかし、突然足音が消えたのを感じると、サクラは恐る恐る顔を上げ、男の方に視線を向けた。
男はこちらを振り返るように立ち止まっていた。サクラに気がついたような素振りではなかったが、何かしらの気配を感じたのか、それを確かめているように辺りをしばらく見回していた。男は頭を覆っていたフードをまくり上げ、慎重に確認するように辺りを見回していた。しばらくそうやって辺りを見回した後、再び歩き始めた。
サクラはその姿を見ながら、再び叫びそうになるのを必死で堪えていた。
「・・・マル太くん」
森の中に消えていくその姿を目で追いながら、サクラは小さな声でそう呟いた。
なぜマル太がこの森の中を徘徊しているのだろう。しかも、背中に死体を背負いながら。マル太は、サクラの事件以来ずっと行方が知れないままだった。マサハルもしばらく探していたようだが、見つかったという話は聞いていない。
サクラは静かに立ち上がると、マル太が立ち去った方へと歩き始めた。
サクラはマル太を見失わないように、慎重にあとを追った。相手がマル太ならもし見つかっても安心なはずだ。それは分かっていたが、なぜか気づかれたらいけないような気がして、見失わないように距離を保ちながら彼のあとをつけた。
しばらくすると、マル太は開けた野原に出た。野原と言っても、森に囲まれたせいぜい10メートル四方ほどの狭い空間だった。元々あったというよりは、森の木を切り開いて作った空き地のような感じがした。地面には、柵のような棒が何本も突き刺さっている。
マル太はそこに立ち止まると、肩に担いでいた荷物をその場にゆっくりと降ろした。
すると、そのすぐそばで男が立ち上がるのが見えた。動くまで気がつかなかったが、誰かがその場に膝をついて座っていたらしかった。
「マサハルくん、ここでいいかい?」
マサハルがそう尋ねるマル太に頷いて見せると、マル太は置かれていたシャベルを手に取り地面を掘り始めた。
サクラは呆気に取られながらも、もう一度野原に立ち並んだ柵を見回した。柵は、狭い空き地の中にひしめくように突き刺さっていた。
サクラは吐き気を催しながらも、じっと耐えて一旦その場を離れた。彼らに気がつかれない場所まで遠ざかると、ようやく息を深く吸い込むようにして、その場に座り込んだ。
「あれって・・・みんなお墓・・・」
サクラは呟きながら、ときどきマサハルから漂ってくるあの血の匂いを思い出し、再び吐きそうになった。サクラは口を押さえながら必死にそれに耐えると、再び深呼吸をして気分を落ち着かせようと試みた。
分かっていたはずだ、とサクラは自分自身に言い聞かせた。ただ見て見ぬふりをしていただけで、マサハルが何をしているのか本当は自分も知っていたはずだ。しかし、そう思いながらも現実を目の当たりにすると、サクラはショックで声も出なかった。
いったいどれくらいあっただろう。数える気にもなれなかったが、数十本はあったはずだ。すべて、マサハルが殺めた人達なのだろうか。
サクラの脳裏に、あの少年の冷めた眼差しが再び蘇ってくる。そして、その少年とマサハルの無表情な眼差しが重なる。あの時と同じだ、とサクラは思った。自分は再び同じ過ちを繰り返そうとしている。
サクラはゆっくりと立ち上がり、マサハル達がいた方角に目を向けた。湿った空気が吹き抜けたような気がして、サクラは思わず唾を飲み込んだ。
サクラは勇気を振り絞って、一歩踏み出した。ここで逃げたら、あの時と同じ結果になってしまう。
「きゃあ!」
歩き出そうとした瞬間、サクラは突然押し倒されるようにして、その場に倒れ込んでしまった。訳が分からぬまま、必死に這うようにしてその場から逃げようとした。しかし、どこか掴まれているのか、引き寄せられるように身体が引き戻され、転がるように再び倒れ込んでしまった。
「女だよ・・・久しぶりの上物だ・・・」
サクラの目の前には、獣のような様相で見つめる男が立っていた。サクラは、叫び声も出せないまま、その顔を見上げていた。
「駄目だよ・・・こんなところにいちゃ・・・モーヴに殺されちゃうよ・・・」
男は品定めするようにサクラの顔や身体をじろじろと見回しながらそう言った。サクラは自分の思考が壊れそうになるのを必死に耐えながらも、男から視線を逸らすこともできず震えていた。
「なあ、助けてやるからさぁ・・・一緒に・・・」
「い・・・いや・・・」
サクラは声を振り絞るようにして答えた。
「いやだって?・・・それじゃ仕方ないよなぁ・・・でもどうせ死んじゃうならさ・・・」
男はそう言って短剣を抜き、それをサクラの頬にあてがった。サクラは目に涙を浮かべながら、ただ震えていた。
あの時の恐怖が身体全体を支配し始める。次第に思考が薄れ始め、目の前が真っ白になるような感じがした。自分が壊れていくのを自覚しながらも、サクラは何もすることができなかった。まるで他人事のように見ているような感覚で、壊れていく自分をじっと傍観していた。
それはあっという間の出来事だった。男の顔が目の前で一瞬歪んだ気がした。しかし、次の瞬間にはそこには何もなかった。正確に言えば、男の顔だけがなかった。飛び散った鮮血がサクラの顔にかかり、まるで涙の様に頬とつたって流れていた。サクラは、訳も分からぬままその光景をじっと見つめていた。
頭を失った男の胴体は、ゆっくりとその場に崩れ落ちた。そして、その背後には怒りに歪んだマサハルの顔が見えた。
しばらくサクラは放心状態でマサハルの顔を見つめていた。マサハルは剣を収め無表情な顔に戻ると、首を失った男の胴体を担ぎ上げ、そのまま森の中を歩み去っていった。
「サクラさん!大丈夫!?」
マル太が心配そうな顔でサクラにそう声を掛けてきた。サクラは少しずつ我を取り戻し始め、マル太の顔を見つめた。
「マル太くん・・・」
サクラはマル太に支えられながら立ち上がると、マサハルの方に目を向けた。マサハルは、あの墓地に立ち、担いでいた胴体をそのままマル太が掘った穴の中に収めているようだった。
サクラはふらつきながらも、マサハルの側へと歩み寄っていった。
「これって・・・全部マサハルくんが・・・」
サクラはマサハルの方に視線を向けると、そう呟くように尋ねた。しかし、マサハルは何も答えず顔を背けた。
「マサハルくんが悪い訳でも、彼らが悪い訳でもない。悪いのはこの世界だ。ただ、彼らはこの世界の力に勝てなかった。この世界の犠牲者に過ぎないだよ」
マサハルの代わりに、マル太がそう答えた。サクラは泣き出しそうになるのを抑えていた。
「僕はマサハルくんが間違ってるとは思わないよ。むしろ、マサハルくんが一番の犠牲者だと思ってる」
マサハルはマル太の言葉を肯定も否定もせず、目の前の墓標に跪いた。マサハルは無表情なまま、目の前の墓標をじっと見つめていた。サクラには、彼が内に秘める感情が何なのか分からなかった。しかし、サクラの脳裏の中では、あの時の少年とマサハルの無表情な顔が重なって見えていた。
サクラは崩れるようにマサハルの横に跪き、同じように彼の見つめている墓標を見た。
「命って、もっと尊いものなのよ。人の命を秤に掛ける事なんてできない・・・」
「でも、マサハルくんはサクラさんのために・・・」
マル太が言うと、サクラは悲しそうな眼差しで首を振って見せた。
「誰かのために、誰かを犠牲にすることなんてできない。誰かの思いを独り占めはできないし、それは本当の愛じゃないのよ・・・」
サクラはまるで自分自身に言い聞かせるようにそう呟いた。マサハルは、表情を変えず無言でその言葉を聞いていた。
「言い訳はしないよ。俺は、誰に対する愛もないし、誰かに愛されようとも思わない。それで良いんだ。俺は、そのすべてを捨てたんだから」
マサハルは俯いたままそう答えた。サクラはその言葉に反応するようにマサハルへと視線を移し、彼の目をじっと見つめて言った。
「それは違うわ。人は、誰かに愛されることを拒否することもできないのよ。愛されたとき、人はその愛に応える必要があるの。どんな応えにしろ、人は人の愛から逃げることもできない」
サクラはそう答えると、ゆっくりとその顔を上げ、目に涙を溜めたままじっとマサハルを見つめた。
「わたしは、もう逃げないわ、あなたから。だから、あなたも逃げないで・・・」
サクラはマサハルをじっと見上げながらそう言った。マサハルは、何も答えないまま再び顔を背けた。
すると、突然遠くで大きな音が鳴り響き、その音に反響して地面がカタカタと揺れた。マサハルは顔を上げ、その音のする方に顔を向けた。
「シュールの街の方からだ」
マル太が再び鳴り響いた音に反応するようにそう叫んだ。
「でも、これが俺の答えなんだ」
マサハルは跪くサクラに目を向けると、そう呟いた。そして、剣を手に取り、それを天に向けて掲げた。
すると、剣は淡い光を放ち始め、ゆっくりとその姿を変え、巨大な碧い竜へと姿を変えた。マサハルは振り向きもせず碧竜の背中に飛び乗ると、竜は一気に上空に飛び上がっていった。
「マサハルくん!」
サクラは彼を制止するようにそう叫んだが、すでにマサハルは遙か上空を旋回していた。大空に舞い上がった碧竜は雄々しく翼を広げると、そのままシュールの街へと向かって飛び去っていった。
Table of Contents |Previous |Next