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PHASE 23 「赤焔の剣/中編」
回廊は真っ直ぐ奥へと続いていた。
回廊の天井には一定の間隔で赤く灯る作業灯のような物が付いており、薄暗くはあるが奥へ続く回廊を照らし出していた。
「まるで鉱山みたいね。何か妙に現実ぽくって返って不気味な感じ・・・」
ミイはそう呟きながら翔の傍らを歩いていた。
「そう?俺は昔見た『インディー・ジョーンズ』を思い出すな。蛇とか虫とかがうようよしててさ・・・」
翔は辺りを眺めながら、わざとらしく明るい口調でそう言った。それを聞いて、ミイはくすっと笑った。
「知ってる。あんなのが出てきたら、私きっと失神しちゃうわ」
ミイの言葉に、翔は何となくふとその光景を想像した。確か壁や足元に踏み場がないほどの虫が蠢いているのだ。見たこともない巨大な虫が、肩の上を這いずる回る。手や足をつたって服の中に入ってくる。翔は、そんなことを想像している内に、全身に鳥肌が立つのを感じた。
翔は、自分が虫が大の苦手であったことを今の今まで忘れていた。もしあんなのが出てきたら、自分は失神するどころではすなまいだろうと、翔はそう思った。
「駄目だ。やっぱり虫だけは勘弁して欲しいね」
翔は苦笑いを浮かべそう言った。その顔を見て、ミイはまた可笑しそうにくすっと笑った。
「もしかして、虫嫌いなの?」
ミイが普段見せたことのない様な悪戯っぽい顔でそう尋ねてくる。翔は、恥ずかしさに顔を背けながらも、こくりと頷いて見せた。それを見て、ミイは更に嬉しそうにくすくすと笑って言った。
「なんか、カワイイ」
「カワイイって・・・。真面目に虫だけは駄目なんだよ。昔、セミに襲われたとき逃げようとして電灯にぶつかってアバラを折ったことがある。本当に、虫は駄目なんだよ」
「セミは人を襲わないでしょう?」
ミイは可笑しそうにそう聞き返してきた。
「そりゃそうだけど。セミが体当たりしてきたんだよ?あれは明らかに俺を狙ってたね」
真面目にそう答える翔がよほど可笑しかったらしく、ミイは顔を伏せて必死に笑いを堪えているようだった。
「子供の頃は全然大丈夫だったんだけど。年を取る毎に、だんだんと駄目になっていったんだよ。嫌いって訳じゃないんだ。でも、なんかね・・・」
「嫌いじゃないのに駄目なの?」
「なんか虫ってさ、弱々しいだろ?間違って踏みつけたりしただけで、簡単に死んでしまう。中途半端に大きい虫だと、それが何かリアルで駄目なんだ」
「カケルくんて、やっぱり優しいのね」
ミイは真面目な顔でそう返してきた。翔は、それがまた恥ずかしくて、ミイから視線を外し、回廊の先の方へと視線を移した。
「じゃあ、虫が出たときは私が守ってあげるね」
ミイは再びくすっと笑うと、翔を覗き込むようにして悪戯っぽくそう言った。
「よろしく頼むよ」
翔は苦笑いを浮かべて答えながら、ふと鼻をつく異様な匂いを感じて、回廊の中を見まわした。特に変わったところはないように見えたが、ゆっくりと鼻から息を吸うと、不快な匂いが再び鼻をつくのがわかった。
血の匂いだ。翔は瞬時にそう思った。
「きゃあっ!」
突然隣でミイが叫び声を上げ、隠れるように翔にしがみついてきた。翔は身構えるようにミイの前に立つと、元々歩いてきた回廊を振り返りその先に目を凝らした。血の匂いは、その方角から漂ってきているように感じられたからだ。
「今、ぬるっとしたものが足に何か触った・・・」
「足?」
翔はそれを聞くと、すぐに足元に視線を向けた。すると、翔の足元を細長い物体がすべるように這っていくのが見えた。それは、すっと回廊の途中まで素早く這っていくと、その場で止まり一度翔たちを振り返るように顔を向けた。
「ただのヘビだよ」
翔はそう言うと、構えていた剣を下ろし肩の力を抜いた。視線の先には、1mほどの体長のヘビが睨むようにこちらを見ていた。
「へ、ヘビ!?」
ミイは翔の肩越しからその姿を確認すると、再び翔の肩にしがみつき大きな声を上げた。
「わたし・・・ヘビだけは駄目なの・・・」
翔はミイのその姿を見てくすっと笑った。
「大丈夫だよ。あのヘビは襲ってこない」
翔がそう言うと、翔たちを見つめていたヘビはそのまま闇の中へと消えていった。それを見送ると、翔は「ほらね」と言ってミイの顔を覗き込んだ。
「本当にもう大丈夫?」
おどおどしながらミイは肩越しにヘビが去っていった方を見つめた。
「もうどこかへ行っちゃったよ。さあ、先を急ごう」
二人はしばらくそうして闇を見つめていたが、何も起こらないことを確認すると、翔はそう言って前を向き歩き始めた。
「う、うん」
ミイはどうしても気になってじっとヘビが消えていった闇を見つめていたが、翔の言葉に促されるようにゆっくりと歩き始めた。
前を向くと、翔はすでにミイの三歩ほど先を歩いていた。ミイはその後を追いかけるように、駆け足で彼に近づいた。その時、気になってもう一度後ろを振り向いたが、ヘビが追いかけてくる気配はなかった。
しかし、その瞬間、暗闇の先で違った他の視線がミイを捉えた気がした。ミイはふと立ち止まり、じっと暗闇の奥を見つめた。すると、暗闇の中から赤い二つの光が徐々に近づいてきているのが分かった。ミイには、生き物の目のように見えた。しかしそれは、大きさから言って先ほどのヘビではないことは明白だった。
「ねえ、カケルくん・・・」
ミイは遠慮がちな口調で先を歩く翔にそう声を掛けた。
翔がその声を聞いて振り返ると、ミイは固まったように暗闇の中でうごめいている大きな生き物に目を奪われていた。あまりのおぞましさに、声を失っていると言った方が良いかも知れない。そこには、回廊とほぼ同じ太さの巨大なヘビが不気味にうごめき、翔たちを睨んでいた。
「ミイ!」
巨大ヘビが襲いかかるように突然突進し始めたのを確認すると、翔は咄嗟にミイの腕を引きよせ彼女の前に立ちふさがった。そして、目の前まで迫ったヘビの頭を、間一髪のところで剣で受け止めた。
「ミイ、走るんだ!」
ヘビの頭を剣で抑えながら、後ろにいるミイにそう叫んだ。ヘビの舌が翔の肩越しに伸びてきて、ミイの目の前でゆらゆらとうごめいていた。ミイは、その姿に目を奪われたまま、動くことすら出来ないようだった。
「くっ・・・!!スロウ!!!」
翔はその場にうずくまってしまったミイを確認すると、ヘビの方に向き直り剣の束でヘビの額を思いっきり叩きつけ、右手をヘビの額にあてがいそう叫んだ。すると、ヘビの舌の動きが鈍くなり、翔が剣を放しても、ヘビはゆっくりと翔たちに顔を寄せるだけだった。
「ミイ、立てるかい?とにかく逃げるんだ」
翔はすばやくミイの手を取りそう叫んだ。ミイは我に返ったように視線を翔に合わせると、その言葉に促されるように立ち上がった。
「ごめんなさい・・・わ、わたし・・・」
「走るよ、ミイ。スロウは数十秒しか保たない」
翔はそう言うと、ミイの腕を取りそのまま走り出した。ミイは転びそうになりながらも、翔に手を引かれて賢明に走った。
そのまま走り続けていると、突然分かれ道に辿り着いた。回廊は左右別々に続いているらしかった。
「どっちだ!?」
翔は立ち止まり、左右両方の回廊の先に目を凝らした。しかし、これといって違いは見分けられなかった。むろん、違いがあったとしても、どちらが正しい道なのかなど判断することはできないことは分かっていたのだが、それでもどちらが正しい道なのか見分けられるものを、目を凝らして翔は必死に探していた。
ミイは、何かが這いずるような音を聞いて、恐る恐る後ろを振り向いた。すると、そこにはスロウが解けた大蛇が、また自分たちを追って近づいてきている姿が見えた。
「カ、カケルくん!」
ミイがそう叫ぶと、翔も大蛇の姿を確認した。
「こっちだ!」
翔は再びミイの腕を取り、迷わず右に向かう道を走り始めた。
後ろを振り返ると、大蛇はさらにスピードを上げて翔たちに近づいてきていた。回廊はくねくねと曲がりくねっていたが、それをものともせずに、大蛇は器用にその大きな体をすべらせ、確実に翔たちに迫っていた。
回廊を抜けると、翔たちは6畳ほどの広間に辿り着いた。殺風景な正方形の部屋には、翔たちと向き合うように一つだけ上に登る階段が口を開けていた。翔は舌打ちしながらも、すぐに階段を駆け上り始めた。
「ねえ、カケルくん!」
階段を駆け上りながら、ミイは翔に向かって叫んだ。
「これ以上逃げられないわ!広い場所に出る前に、ここで迎え撃ちましょう。その方が、わたし達にとって有利よ!・・・わたしは大丈夫だから」
ミイの言葉を聞いても、振り返りもせず翔は走り続けていた。
ミイは仕方なく翔に腕を引かれたまま、階段を登った。階段は、途中から螺旋のようにくるくると周り始めた。そして、途中からいくつかの穴が開いているのに気がつくと、ミイは走りながらその穴の外に目を向けた。穴の外の反対側には大きな谷間のような絶壁が広がっていた。この階段は、その絶壁を上に向かって伸びているのがわかった。
ミイは走りながら、ふと階下に目を向けた。螺旋状になっているせいでそれほど先は見えなかったが、後ろからあの大蛇が迫ってくるような気配は感じられなかった。もしかしたら、あの大蛇のテリトリーを抜け出たのかも知れない。ミイはそう思い、そのことを翔に告げようと声を掛けた。
その瞬間だった。ミイが翔に声を掛けようとした瞬間、階段の穴の外に大蛇が姿を現し、そこから伸びた大蛇の舌が、ミイの頬に触れた。
「きゃあああっ!」
ミイはその感触にぞっとして思わず大声で叫んでいた。翔はその声に驚きながらも、突然立ち止まってしまったミイに駆け寄り、そしてその目の前の穴から睨み付ける大蛇の顔を確認した。
次の瞬間、大蛇は壁を打ち破るように無理矢理階段の中に頭を突っ込んできた。翔はミイの腕を引いて間一髪でそれを避けると、ヘビの額に向け真一文字に剣を振り下ろした。
巨大なヘビの頭は、力を失ったように一瞬にしてその場に崩れ落ちた。まだ口から飛び出た真っ赤な舌がひくひくと動いていたが、再び襲いかかるほどの力はないように見えた。ヘビの額は完全に割れ、口の中まで露わになっている。翔はその姿を見て、あまりの惨さに目を背けたくなる衝動を必死に堪えていた。
「ミイ、大丈夫かい?」
翔は力を失ったヘビをしばらく見つめていたが、我に返ったようにミイにそう声を掛けた。
「あ、う、うん。だ、大丈夫・・・」
ミイはそう答えながらも、無惨なヘビの姿に視線を動かすことが出来なかった。
「・・・先を急ごう。もうすぐ最上階に辿り着く」
翔はそう告げると、剣を鞘にしまいゆっくりと歩き始めた。確かに崩れた壁から外を見上げると、絶壁の頂上らしきものが見えた。あの高さまで辿り着けば、この階段は終わると言うことだろう。ミイは翔に促されて、再び階段を登り始めた。
翔の予想通り、しばらく登ると階段は終わり、二人は絶壁の上の広い空間へと出た。翔とミイは、歩き疲れたように無言のまま近くの岩に腰掛けた。
「あ、ありがとう、カケルくん。なんか、いきなり足手まといになっちゃったね・・・」
ミイは済まなさそうにそう言った。
「いや、別にそんなこと・・・」
翔はそう答えながらも、どこか浮かない表情をしていた。
「もしまたヘビが現れても、今度は大丈夫。逃げたりしなくてもいいからね」
ミイはわざとらしく明るい表情で翔にそう声を掛けた。
「いや、そういう訳じゃないんだ・・・ただ・・・」
「ただ・・・?」
「いや、なんでもないよ」
翔はそう言って黙ってしまった。しかし、変わらず浮かない表情をしたまま足元をじっと見つめているだけだった。
「ねえ、私、カケルくんのこともっと知りたいって前に言ったの覚えてる?迷惑かも知れないけど、でもやっぱり知りたいの。少しでもあなたの力になりたいの」
ミイは立ち上がると翔の前に膝を立てて座りそう言った。
「そうだね・・・一人であれこれ悩むのが、俺のいけない癖かも知れないね」
翔は顔を上げると、笑顔を見せながらミイにそう答えた。そして、じっと見つめるミイを見ながら恥ずかしそうに話し始めた。
「俺も施設で育ったって話したよね。その頃、とても仲の良い友達がいたんだ。家族のいなかった俺にとって、その友達が社会との接点だった。親友って言うのかな、たぶん・・・。小学生の時かな、その友達と下校途中にヘビを見つけたんだ。かなり大きかったよ。行く手を遮るように、道に寝そべってた。その友達もヘビが嫌いでね。それで、俺はその友達のために、そのヘビの頭を踏みつけたんだ・・・。どう?もう怖くないだろって・・・」
翔はその時の情景を頭に思い浮かべながら話していた。太陽が照りつけるとても暑い日だった。翔がヘビの頭を踏みつけると、ヘビの頭は簡単に潰れてしまった。その姿に、翔はようやく自分のしたことの残酷さに気がついたのだった。
「ああ、このヘビは死んだんだって思うと、今度は自分の方が怖くなってきてさ。そしたらその時、近くを歩いていたおばあさんが追い打ちを掛けるようにそれを見て言ったんだ。『あんた祟られるよ』って。そんなの古い迷信だと思ったけどさ、その日は怖くて眠れなかったな・・・」
そう言うと、翔は一息つきため息をついた。
「でも、それから数年たってさ、そのヘビを殺した場所で、その友達が交通事故にあって死んだんだ」
翔はそこまで話すと、ミイの顔を見つめた。今でもそんな話は迷信だと思っている。でも、だからと言って、自分のしたことが正当化されるわけではないのだ。そして罪というのは、いつか償うべき日がやってくる。
すると突然、ミイが翔の腰に手をまわし抱きついてきた。翔は突然のことに驚きながらも、翔の胸に顔を深く埋めてくるミイの温もりを感じながらすっと心が安らいでいくのを感じていた。
「俺はそうやって大切な人をみんな失ってきた気がするんだ。父親も母親も・・・友達も・・・。もう、誰も失いたくないんだ」
「大丈夫。私はいつもカケルくんの側にいるわ。いなくなったりしない、絶対に」
「ありがとう・・・」
翔はフィーナの温もりを思い出していることに罪悪感を覚えながらも、抱きついているミイの肩にそっと腕を回した。そうしているうちに、ミイに対して罪悪感を感じているのか、それともフィーナに対して罪悪感を感じているのか、自分の本心がわからなくなっていた。
翔は突然足元に大きな振動を感じて我に返ると、ミイを抱きしめていた手を咄嗟に放した。
「こ、この音なんだろう?」
翔は立ち上がると、恥ずかしさを誤魔化すようにそう言った。確かに、立ち上がっても、大きな揺れが足元に感じられた。どうやら、絶壁の下の谷間から、鳴り響いているように聞こえた。
「あ、あれ!」
ミイが叫びながら指さした先には、先ほど登ってきた階段が見えた。あの大蛇が崩した穴が大きく崩れ、それに伴い壁が次々に崩れていく様がやけにゆっくりとした動きで見えた。
更に足元に大きな振動が伝わると、それから一気に二人がいた足元の壁が崩れ始めた。
翔たちが登ってきた階段はすでに大半が崩れ落ちていた。翔は階段に戻れないことを確認すると、先に進む道を探し辺りを見まわした。そして、翔たちがいる崖とは反対側の絶壁に渡るための橋が、谷間を遮るように続いており、その橋の先には扉の付いた人一人がようやく立てるほどの足場があることに気がついた。
「ミイ、あそこだ!」
翔の指さす方を見てミイは通路の存在を確認すると、二人はすぐに走り出した。
すでに足元の崖は大半は崩れ落ち、谷間を遮る橋も辛うじてまだ残っているような状態だった。崩れ落ちてしまう前にあの扉まで辿り着かなければ、二人ともこの谷に落ちることになるこをは避けられそうになかった。
しかし、絶壁を渡る橋は人一人が歩けるほどの幅しかなく、その下にある暗闇を気にせず走っていけるほど生やさしいものではなかった。翔はミイを先に歩かせて、その後から彼女を支えるようにゆっくりと橋を渡った。
「下を見るな!大丈夫。もうちょっとで向こう側に辿り着く」
翔がそう叫ぶと、ミイは力強く頷き更に足を速めて先を進んだ。すると、絶壁が崩れていく音が包む中、更に大きな咆哮が足元から響いてくるのが聞こえた。その声につられて足元を見ると、突然大きな赤い身体をした生き物が目の前を飛び抜けたのが見えた。
その生き物は再び大きな咆哮をあげ、翔たちの頭上で旋回すると再び二人に向かって空中を降下してきた。二人は呆気にとられてその姿を見上げていた。
「竜だ・・・赤竜だ・・・!」
赤竜は勢いよく橋の真ん中に着地した。その衝撃で、橋が今にも崩れそうにひび割れるのがわかった。
「ミイ、走るんだ!橋が崩れる!」
翔がそう叫ぶのと同時に、竜が降り立った場所から裂けるように橋が崩れ始めた。赤竜は足場が崩れると同時に再び飛び立ち空中を旋回していた。それを確認した二人は、無我夢中で扉に向かって走り始めた。
ミイが先に扉に辿り着くと、扉をこじ開けようと取っ手を力一杯ひっぱた。
「駄目だわ!開かないわ!」
ミイが翔を振り返りながらそう叫んだ。しかし、その目に飛び込んできたのは、赤竜と剣を交えている翔の姿だった。橋は、翔が立つすぐ近くまですでに崩れてしまっていた。
「カケルくん!早く!」
翔が剣を振り抜くと、赤竜は再び空中に飛び退いた。それを見て、ミイが悲痛な声でそう叫んだ。翔はミイに応えるように大きく頷き、崩れだした橋の上を走り出した。
「カケルくん!」
ミイは必死に手を伸ばした。すでに、ミイのすぐ足元まで橋は崩れ去ろうとしていた。
翔は、自分の身体が宙に舞うその瞬間、精一杯の力でミイに向かってジャンプした。
指の先に、翔の手が触れるのを確かに感じた気がする。しかし、次の瞬間には、ミイの目の前から翔の姿が消えていた。
「カケルくん!!」
ミイは叫びながら、翔の姿を探した。しかし、叫んでもどうにもならなかった。ミイは、赤竜と共に暗闇の中に落ちていく翔の姿を、ただじっと見つていることしかできなかった。そして、その姿は呆気なく暗闇の中へと吸い込まれていった。
崖崩れが収まると、まるで何事もなかったかのような静寂がミイを包んでいた。ミイは、崩れるようにその場に腰を下ろし、ただ何も見えない暗闇をじっと見つめていた。何が起きたのか良く分からなかった。ミイには、何故自分が暗闇をじっと見つめているのかも良く分からなかった。しかし、とめどなく溢れる涙を抑えることがどうしてもできなかった。
突然、静寂の中に竜の咆哮がとどろくと、ミイは我に返り顔を上げた。そして、再び翔が消えた暗闇を見つめた。まだ、竜の咆哮の余韻が辺りを包んでいた。ミイは、暗闇の中に微かにうごめく暗い影を確認すると、睨み付けるようにその姿をじっと見つめていた。
暗闇の中から赤竜が姿を現すと、ミイは立ち上がった。ミイは、急上昇しながら登ってくる赤竜を睨み続けながら、その場でじっと待った。
涙はとめどなく流れ続けていた。しかし、すでにミイはそのことさえ気にならなくなっていた。その代わりに、未だかつて味わったことがない程の激しい憎悪が沸き上がってくるのを、ミイは感じていた。
「許さない・・・」
ミイは静かにそう呟くと、頬を流れる涙を拭い腰の短剣を抜いた。
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