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PHASE 22 「赤焔の剣/前編」
「なんでこんなところにナイジェルが・・・」
翔はあの黒い騎士の姿を脳裏に浮かべていた。
翔の言葉に反応するように、集まった人たちの顔にいっそうの不安が浮かんでいた。浦木は、リンドウの一言を聞いてから、他のものと同様に押し黙ったままじっと笑たちの会話を聞いているだけだった。
「あの黒い鎧・・・あれは間違いなくナイジェルだ」
「ギドのマントは?ギドのマントを羽織ってませんでした?」
翔は、リンドウの言葉にそう尋ねた。
「ギドの?そう言えば、それらしきモノを羽織ってたな」
「やっぱり・・・」
あの時、朦朧とする意識の中で見た男はやはりナイジェルだったのだと、翔は改めて確信していた。
「問題はヤツがプレーヤー達だけでなく、モーヴも手懐けてるってことだ。街の外を徘徊しているモーヴ達は、ナイジェルの意のままに動いていると思って間違いないだろう」
「どうしてそんなことが可能なの?」
有紀が納得いかない顔でリンドウにそう尋ねた。
「彼は、ナイジェルはファリスの君主になったんです」
有紀の問いに、翔がそう答えた。
「ナイジェルは、自由を望むのだと言ってました・・・。完全なる自由。社会からの自由・・・。自分自身からの自由・・・」
翔はナイジェルの言葉を思い出しながら、呟くようにそう言った。
「カケル。ナイジェルに会ったことがあるのか?」
リンドウは驚いたように翔の顔を見て、そう尋ねてきた。
「いえ。会ったというわけではないんですけど・・・」
あの時の感覚を呼び起こすように、翔は顔を上げてリンドウにそう答えた。
「とにかくヤツが無差別にプレーヤー達を狩りあさってるのは確かだ。そこにどんな目的があるにせよ、むざむざとやられるわけにはいかない。今の俺たちは戦うしかないんだ」
翔の気持ちを見透かしたかのように、リンドウがみなにそう言った。翔はその言葉に同意することもできず、唇を噛みしめていた。
リンドウの言うことはもっともだった。ナイジェルにどんな目的があるにせよ、その目的のために自分たちが犠牲になるいわれは全くない。犠牲になりたくなかったら、自分の身は自分で守るしかない。その為には、武器を持ち戦うしかないのだろう。相手は、話し合いなどでかたが付く相手ではないのだ。
しかし、ならば自分にはいったい何が出来るのだろう。今の自分は身を守る術もない無力な人間だ。この街に集まってきた人達となんら変わりはないのだ。そして、無力であることを心の中では望んでいる。誰かが傷ついたり、傷つけられたりするのはこれ以上見たくない。
「ナイジェルというのは、いったい何なんだ?あんた達は、いったい何者なんだ?」
浦木は、話が途切れるのを待っていたかのようにそう尋ねてきた。まわりに集まっている他の者たちも、浦木の言葉に賛同するように、一斉に翔たちに視線を向けた。
「僕たちは・・・あなた達と同じこの『オフライン・ゲーム』に参加したプレーヤーです。僕らはこのアルダリスシステムが暴走していることを知り、それを止めるために今友人を探してブルシェアを目指してるんです」
「アルダリスシステムが暴走・・・?」
「そうだ。この混乱も、ナイジェルの反乱も、すべてアルダリスシステムの暴走が原因なんだ」
リンドウが困惑する浦木にそう答えた。
「そういう訳だ。あんた達が嫌だと言っても、奴はあんた達を見逃しはしないだろう。奴の意のままに動くモーヴ達に、無抵抗な人間を見逃すような分別があるとも思えないしね」
「わたし達に選択肢はないと言いたいわけか?」
「どう生きようと自由さ。ただ、今俺たちが出て行けば確実にこの街の存在は奴らにばれるだろうな」
「・・・分かった。今すぐ出て行けとは言わない。ただ、わたし達はわたし達でどうすべきかを考えさせてもらう。それにこの街にいる限りは勝手な行動は謹んでもらいたい」
浦木はリンドウから視線を外すと、翔の方を向いてそう答えた。リンドウと話し合うより、翔と話し合った方が話がスムーズに進むと考えたのだろう。確かに、リンドウには彼らの考え方に半ば呆れているような節があった。リンドウの気持ちも分からないでもないが、今の翔には彼らの気持ちの方が理解できるのも確かだった。
「ありがとうございます」
翔は浦木の言葉にそう感謝の言葉を返した。どちらにせよ、置かれている境遇は同じなのだ。ここでお互いを批判し合っても、何の解決にもならない。翔にはそう思えた。
翔たちは、とりあえず小さな小屋に案内され、そこに滞在するよう命じられた。特に行動の制限は受けなかったが、暗にあまり出歩いて欲しくないという雰囲気は彼らの言葉の節々に感じられた。
街の人達には、見知らぬ人達の登場で不安が広がっている。これ以上、それを逆なでするような行動は慎んで欲しいというのが浦木達の本音なのだろう。リンドウなどは、街の人達に向かって説教でもしかねない雰囲気だった。確かに、リンドウの言うようにそんなにのんびりしていられる状況ではないのだが、なるべく街の人達の不安を軽減させたいという浦木の気持ちも翔には理解できた。
「この街の奴らはどうかしてるよ。まるで緊張感がない」
「そう?でもあの人達の気持ちも理解できるわ。シュールのグランドキーパー達も、そうして逃げていったしね。誰も命を懸けて戦いたくなんかないわよ」
リンドウの愚痴に有紀がなだめるようにそう答える。
「命を懸けて戦えなんて思ってないさ。でも、少なくとも自分の身は自分で守れないとな。俺から見れば、あれは現実逃避の何ものでもないよ」
すべてが翔には耳の痛い言葉だった。誰だって戦いたくなどない。それは全員が同じ思いなのは分かっていた。それでも、戦わなければならない時もある。その理屈も分からないわけではない。しかし、戦えば誰かを傷つけ、誰かが傷つく。誰かを傷つけるのも、誰かが傷つくのも見たくはない。
マサハルは、誰かが傷つけたり傷ついたりするのを見たくないが為に、自らが傷つけ傷つく道を選んだ。この世界には、傷ついても仕方のない存在があるということだ。サクラを襲った男も、シティーキーパーを殺害した富野間も、その罰に値するのかも知れない。人々の平穏を築くためには、淘汰されなければいけない存在がある。そして、それを担う存在が社会には必要なのだ。
本当にそうなのだろうか?翔は、自問自答してみる。僕らは、戦うことでしか平穏と自由を勝ち取ることはできないのだろうか?
「カケルくん、どうしたの?」
「あ、ああ、何でもないよ」
ミイの声を聞いて翔は我に返ると、曖昧な口調でそう答えた。
考えても答えは見つからないのだろう。それに、今の自分には「戦う」力さえないのだ。無力な者には、元々選択肢などないのかも知れない。翔はそう心の中で呟くと、それ以上考えるのを止めた。
結局翔たちは、陽が暮れるまでその小屋の中で過ごした。5人は、それぞれが物思いに耽るように、ただ窓の外の明かりが暮れていくのを眺めていた。
窓の外は、来たときと同じようにひっそりとしていて人気はなかった。
「カケル」
完全に陽が暮れるのを待っていたかのように、リンドウがおもむろに声を掛けてきた。
「思ったんだが、夜の内にこの街を出た方が良いんじゃないかと思うんだ。夜だったら、何とかモーヴ達の隙をくぐって抜け出せるかも知れない」
リンドウが神妙な面持ちでそう翔に告げた。
「ここが見つかるのも時間の問題だろう。ここで八方塞がりになってしまうよりは、今の内にここを去った方が得策だろう。それに、モーヴに出くわしたとしても、俺たちだけなら何とかなる」
リンドウの言葉を聞いて、部屋の窓の近くで外を眺めていた有紀が歩み寄り、それに同意するように頷いて見せた。
「私もそう思うわ。ミイさんはどう?」
有紀は頷きながら、そうミイに尋ねた。ミイは、その問いに答える代わりに、翔に視線を移した。
翔はそれぞれと交互に顔を見合わせた後、考え込むように目を伏せてしまった。
「わたし達は、彼らを見捨てる訳じゃないのよ。でも、わたし達が今ここで犠牲になるわけにもいかないのよ」
翔の心を見透かすように有紀が優しくそう言った。しかし、翔は首を振ってそれに答えた。
「俺には、彼らを守るほどの力もないです。俺が残ったところで、彼らを助けられる訳じゃないことは分かってるんです」
翔はそう答えた。自分の無力さを痛感しながらも、人の無力さとは何なのであろうかと、翔は心の中で考えていた。戦う力がないことだけが無力さなのだろうか。それとも、無力さとはもっと別の物なのだろうか。
「それにしても、モーヴたちの目的は何だと思う?」
リンドウが腑に落ちない面持ちで翔にそう尋ねてきた。そして、ふと前にも同じようなことがあったと翔は思い返していた。
「シュールがモーヴに襲われたのは、マサハルが持っていた碧空の剣を見つけ出し処分するためだったと思います」
「碧空の剣?」
「マサハルが持っていた碧色に光るあの剣のことだ。あれを手にしたことで、マサハルは何者にも勝る巨大な力を手に入れた。恐らくそれは、ナイジェルに匹敵するほどの力だろう。結局、すでに覚醒した碧空の剣の力によってモーヴたちは一瞬にして全滅されてしまったわけだが」
リンドウが有紀の問いにそう答える。
「このオフライン・ゲームのメインクエストは、各君主の証となる4種類の剣を見つけ出すことだと思われます。そのうちのひとつを、ナイジェルが獲得しファリスの王になった。そして、マサハルは碧空の剣を目覚めさせ、形式上ウェイズの初代君主になったということです」
翔はリンドウの言葉に続けてそう説明した。
「ナイジェルが持っているのは、ファリスの王の証、『閃黒の剣』だ。それに、マサハルの『碧空の剣』。その他にモーリスの『光暈の剣』、そしてラミュールの『赤焔の剣』がある。ナイジェルは、これらの剣をすべて消し去ろうとしている訳か」
「はい。ナイジェルの目的は、この君主の証となる剣を抹消し、自らが唯一の支配者になることだと思われます」
「つまり、森を徘徊しているモーヴたちは・・・」
リンドウが言い終えないうちに、部屋にドアをノックする音が響いた。ミイがドアを開けると、そこには浦木と数人の男達が立っていた。
「話があるんだが、今良いかな」
浦木は部屋の中の翔を見つけると、ドアの外からそう言った。
「どうぞ」
翔がそう声を掛けると、浦木は他の男達と一緒に小屋の中に入り、改めるように翔の前に腰を下ろした。
「わたし達はわたし達で話し合ってみたんだ。都合が良く聞こえるかも知れないが、まずはわたし達の考えを聞いて欲しい」
浦木は、翔だけでなくリンドウや有紀たちにそれぞれ視線を向け始めにそう言った。リンドウは、腕組みをしたまま分かったと言うように頷いて見せた。
「できれば、君たちにこの街に残って欲しいと思っている。先ほど彼が言ったように、モーヴ達はいずれこの街を見つけることは間違いないだろう。かといって逃げだそうとしても、こちらの発見を早めるだけであることは明白だ。そして、残念だがわたし達は奴らから身を守る術も力もない。さきほど君たちが見たとおり、この街にいるのは武器を捨てた非力な男か女性ばかりだ」
浦木はそこで一息つき、一度それぞれの顔を見渡した。全員、浦木のまずは考えを聞いて欲しいという言葉に従うように、異論を唱えようとする者はいなかった。浦木はそれを確認すると、再び口を開いた。
「もちろん、君たちだけであのモーヴの相手をしてくれと言うのが無謀なことは分かっている。それを承知でお願いしている」
「俺たちに無駄死にしろという訳か?」
リンドウが我慢しきれないようにそう口を挟んだ。浦木は、そう告げるリンドウに頷いて見せ、改めて翔を見つめて言った。
「待ってください。僕たちが生き残ることができる方法が、一つだけあるかもしれません」
翔はそう言うと立ち上がって窓に歩み寄り、外に見える山肌にそびえ立った遺跡を見つめた。
「あの遺跡の中を調査したことはありますか?」
翔はそう言って浦木の方を振り返った。
「今まで何人かのプレーヤーがあの遺跡に足を踏み入れたことはあるが、誰一人として帰ってきた者はいない。あまりにも危険なため、今は出入り禁止にしているが・・・」
浦木は不思議そうにそう尋ねてきた。
「あの遺跡に、僕らが生き残ることができる唯一の救いが眠っているかもしれません」
翔の言葉にリンドウは同意するように頷いて見せた。
「『光暈の剣』か『赤焔の剣』か・・・そのどちらかが眠っている可能性は非常に高いな」
リンドウは口ずさむようにそう呟いた。
「その『光暈の剣』か『赤焔の剣』というのは?」
「『光暈の剣』はモーリスの初代君主の剣。『赤焔の剣』はラミュールの剣だ。その力は、すべての武器を凌駕する」
リンドウは期待に満ちた顔でそう答えた。
「そもそも外を徘徊しているモーヴたちの狙いは、この遺跡に眠っている『光暈の剣』か『赤焔の剣』にあると思われます。奴らがこの場所を発見するのは最早時間の問題でしょう。でも、それより前にこの遺跡に眠る剣を手にすることができれば・・・」
「モーヴたちを一網打尽にするほどの力を手にすることができるという訳か」
浦木は納得したようにそう答えた。
「ですが・・・」
翔は言葉につまり、苦悩の表情を浮かべた。
翔はマサハルのことを思い出していた。剣を手に入れたら、きっと『碧空の剣』を持つマサハルのような圧倒的な力を手に入れるのかも知れない。しかしマサハルのようにその力に支配されてしまう可能性も否定できない。大きな力を持つということは、それほどリスクを伴う物なのだと嫌と言うほど見せつけられてきたのだ。
「カケルが躊躇する気持ちもわかる。もし可能性があるなら、俺がその剣を探しに行くこともできる。いや、きっと俺が探しに行っても駄目だろう。俺はカケルが手にすべき物だと思っている。きっと剣自身がカケルを選ぶはずだ。根拠はないが、俺にはそう思える。それが、お前の使命なんじゃないかって」
リンドウの力強い言葉に、翔は心が揺らぐのを感じた。
しかし、自分はその力を手にするに値する人間なのだろうか。自分がその力を手にしたとき、使うべき道を見極めることが出来るのだろうか。翔には、力を手に入れることの恐怖を克服することはできるのだろうか。
「確かに剣を手に入れられるかどうかは五分五分だ。しかし、今はそれしか選択肢がないんだ。カケル!」
翔が顔を上げ何かを言いかけた瞬間、小屋の外に大きな音が鳴り響いた。翔たちは突然の音に驚きながらも、慌てて窓から外の様子を確認した。
窓の外には、すでに信じられないような光景が広がっていた。いくつかの小屋から火の手が上がり、それを踏みつぶすように何匹かのモーヴが咆哮をあげうろついている。その中を、突然の出来事に慌てふためく人たちが、行く場を求めて彷徨っていた。
その光景を確認すると、浦木はすぐにドアの外に飛び出した。翔たちも、それに続いて小屋の外に出た。
「全員、遺跡の方に避難するんだ!急げ!」
浦木は我を忘れて逃げ回る人達を捕まえてはそう叫んで、彼らを遺跡の方へと誘導した。
「こうなったら仕方ない!何とかモーヴ達をこれ以上前に進ませるな!全員が遺跡に避難するまで、なんとか持ち堪えるんだ!」
リンドウはそう叫びながら、逃げまどう人達の間を縫ってモーヴへと立ち向かって行った。それに続くように、ミイも逃げる人達の盾となりモーヴの前に立ちはだかっている。
翔は戦うことも、かといって逃げることもできずその場に立ちすくんでいた。リンドウが落ちていた剣を拾い上げ、必死にモーヴの攻撃をかわしている。ミイは、逃げまどう人達を庇いながら、使い慣れない短剣を抜き必死にモーヴに立ち向かって行く。
近くの小屋で人の叫び声が聞こえた。同時にモーヴの咆哮が響き渡る。翔は慌ててその小屋に駆け寄ると、焼きただれた壁から中を覗き込んだ。そこには、無惨にも胸を引き裂かれた女性と、その身体を踏みつけるように立つモーヴの姿が見えた。
翔はその光景をただ呆然と見つめることしかできなかった。そして、それが現実の光景であることにただ圧倒されていた。
自分は何だろう。戦うことは全てじゃないはずだと今でも思う。では、逆に戦わないこととは何を示すのか。自分は、何をしてきたというのか。自分は何をすべきだったのか。今、自分は何をすべきなのか。
あのとき、マサハルの代わりに碧空の剣を手にしていたのなら、何か変わっただろうか?
シュールで亡くなっていった多くの人たちの命も救えたのではないか。マサハルの心を狂わすことはなかったのではないか。
フィーナを、失うことはなかったのではないか。
「それに、答えなんてないのでしょう。でも、あなたが後悔したとき、それは間違っていたと言えるのではないのでしょうか?自分自身の心を、今は信じましょう」
それが、彼女が本当に言った言葉なのか、それとも自分の脳裏の中にだけ響いた言葉なのかはわからなかった。しかし、翔の傍らには、いつもの包み込むような眼差しでシュリが立っていた。
翔は冷静さを取り戻しシュリに頷いて見せると、その場に落ちている剣に歩み寄り、それを拾い上げた。剣は、思った以上に翔の手のひらにずっしりと感じられた。この重さが、自分に課せられた責任のように思えた。良くも悪くも、人はその責任を背負って生きていかねばならない。その責任を、放棄することはきっと出来ないのだ。あとは、その責任をどのように果たせるかだけだ。
翔は剣を持ち小屋の中にいたモーヴに向き直った。モーヴは翔の姿に気がつくと、再び雄叫びを上げ飛びかかってきた。翔は躊躇せずにそのまま持っていた剣を振り上げた。突き上げ荒れた剣は、モーヴの喉元に突き刺さり、翔の顔まであと寸分の所で、そのまま崩れ落ちた。
「有紀さん!シュリと一緒に遺跡の方へ!ここは、俺たちで何とか食い止めてみます!」
翔は振り返りそう叫ぶと、モーヴが群がる先に向き直った。そこには、もう迷いの影はなかった。
翔は剣を構え、リンドウとミイの元に走った。
ミイが二人の女性を庇うように立ちすくんでいるのを見つけると、翔は迷いなく彼女たちを襲うモーヴに斬りかかった。鋭く振られた剣は、モーヴの身体を二等分に裂き、声を上げる間もなくモーヴはその場に崩れた。翔は、間髪を入れずその場に群がるモーヴに次々と斬りかかっていった。モーヴも翔を押しつぶさんばかりに四方から一斉に飛びかかってきた。しかし、翔はそれを間一髪で避けると、剣を真一文字に振り抜いた。
「カケルくん!」
ミイが翔の姿を見て駆け寄ってきた。翔のまわりには、モーヴの残骸だけが物静かに横たわっていた。二人の女性は、震えたままその場に座り込んでしまっている。
「ミイは彼女たちを安全な場所へ!」
「・・・でも!」
翔とミイがそうやりとりをしていると、リンドウがその姿を見つけ駆け寄ってきた。どうやら、リンドウは怪我を負ったらしく、左肩を庇うように翔の元へと走ってきた。
「この数を三人で相手にするのはやっぱり無理だ。いくらカケルでも体力が保たない!とりあえず遺跡に避難しよう!」
リンドウの言葉に、翔とミイは苦渋の表情で頷いた。確かに、あたりを見渡しても動く人影は見えない。あとは、なるべく多くの人が無事に避難したことを祈るしかないような状況だった。
すでに歩けそうもない二人の女性を背中に乗せて、三人は遺跡の入り口へと急いだ。そこには、浦木と有紀が待ちかまえていて、三人が中に入ると同時に重そうな石の扉を閉めた。
遺跡の中は思ったよりも広く、天井にいくつもの彫刻が刻まれていた。恐らく石を切り掘られて作られたのだろう。トンネルのように続く回廊の先には、さらに大きな扉が立ちはだかっていた。避難した人達は、ちょうどその扉の前に広がるひろばのような空間に集まっていた。
翔たちは担いでいた女性を下ろすと、ほっと息をついてその場に座り込んだ。
「こうなってしまったらもう逃げようがない・・・。そうそう簡単に扉がこじ開けられることはないと思うが、そう長くは持ち堪えられないだろう」
翔の側で、浦木が絶望の表情を滲ませそう呟いた。辺りを見渡すと、避難した人達が悲愴な顔を浮かべ座り込んでいた。いつかはこうなることを予感していたのだろう。人々の表情にはある種の諦めの表情が見て取れた。
「可能性はゼロじゃないですよね」
翔は立ち上がりリンドウにそう言った。そして、ひろばの奥にそびえ立つ一段と大きな扉へと歩み寄った。
「この奥に剣が眠っている・・・」
「そうだとも。カケルが来るのを待ってる」
リンドウは傷ついた肩を押さえながらそう答えた。
翔は手にある剣を持ち直すように握りしめた。力というのは、重い物だ。重いからこそ、それを扱う者には責任がある。それが価値ある物になるかどうかは、自分次第なのだ。
「行ってくるよ」
翔は振り返り、ミイやシュリに笑顔を向けそう言うと、決心したように扉に手を掛けた。
扉は低い音を立てながらゆっくりと開いた。それと同時に湿った空気が流れ込んでくる。その空気に混じって、微かに血の匂いが漂っているような気がした。
「僕が入ったらこの扉は閉めて、僕が帰ってくるまで、絶対に開けないでください」
翔はそう告げると、ゆっくりと中に足を踏み入れた。そして、合図するように一度視線を浦木に向けた。浦木は、頷くとゆっくりと扉を閉めた。
翔の背後で完全に扉が閉まる音が響いた。翔は目を瞑って、その音が静まるのを待った。
これは、自分の試練なのだ。自分自身を変えるための本当の試練が、今本当に始まろうとしている。翔にはそう思えた。
「さあ、行きましょう」
突然響いたその声に驚いて、翔は目を開け隣を見た。そこには、ミイが真面目な顔で翔を見つめていた。
「言ったでしょう?わたしはどんなことがあってもあなたの側を離れないって。お願いだから、追い返したりしないで」
翔はその言葉を聞いて、何故か肩の力が抜けていく感じがした。
翔はミイの顔を見て微笑んだ。一人で背負い込む必要はないのかも知れない。ミイの顔を見ているとそう思えた。自分だけで何かを成し遂げようとか、自分だけで何が出来るかなど悩む必要など本当はなかったのだ。自分には仲間がいる。自分だけでは出来ないことも、きっと仲間とならば成し遂げることも出来る。それが、きっと仲間というものなのだ。
「うん、行こう」
翔はミイに手を差し伸べそう言った。ミイはそれに頷くと、翔の手の上に自分の手を乗せ、強く握りしめた。
そして、二人は薄暗く続く回廊を静かに歩き始めた。
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