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PHASE 21 「名もなき街」

 翔の隣には、寄り添うようにミイが歩いていた。その後を、リンドウと有紀、そしてシュリが続いて歩いていた。

 翔たちがシュールを出発して、すでに四日が過ぎようとしていた。しかし、目指すブルシェアには、一向に辿り着く気配がなかった。

 ブルシェアに向かうには、ナイジェルが根城としているリーンを経由して行くルートが最短であったが、翔たちは無駄な争いを避けるため、リーンを回避するルートで進んでいた。それが災いしたのか、翔たちは永遠と続く森の中を歩き続け、ほとんど右も左も分からぬような状態になっていた。もっとも、リーンの側を通っていったとして、もしナイジェルに遭遇してしまったら、翔たちがいくら束になってかかっても敵わないだろうと思っていた。

 それに、今の翔は自分の身を守る術すら持っていなかった。翔の剣は、マサハルに破壊されてしまったままだった。富野間が保管していた武器の中から適当なものを持ち出すこともできたが、翔にはそうする気にもなれなかった。そもそも自らの力を過信し、フィーナを守れると思っていたこと自体が傲慢であったのだ。その結果、翔はフィーナを失った。戦えばただ失うものが増えるだけだ、それが翔の本音だった。

 シュリの話が正しいとすれば、3人のブレインが揃えばこの事態を収拾することは可能なのだ。あえて、戦い合う必要もない。とにかく一刻も早く3人のブレインを探し出し、マスターの暴走を止めればそれで済むはずだ。翔はそう考えていた。

「今夜はここで野宿しよう」

 リンドウの言葉に、一同は疲れた顔でその場に座り込み身体を休ませた。

「リンドウさん、今どの辺りにいるのか分かりますか?」

 翔はリンドウの元に近づくと、地図を広げてそう尋ねた。リンドウは地図とにらめっこしながら、渋い顔で首を振って見せた。

「方向は合ってる筈なんだが・・・いつまでたっても森を抜けないのはおかしいな」

 リンドウは困った顔で翔にそう答えた。

「それ以前に、たった十数キロ四方しかないはずなのに、こんなに時間がかかるなんて、どう考えてもおかしくない?」

 木にもたれかかるように座っていた有紀が、愚痴っぽくそう言った。

「方向は合っているのだと思います。ただ、アルダリスシステムの影響で空間が歪んでいるんでしょう。本来は十数キロの距離が、数十キロにも感じられるのはその所為だと思います」

 それまでほとんど口をきかなかったシュリが、有紀にそう言った。

「なるほどね。そう言うことは早く教えてよ」

 有紀が疲れ果てた顔に笑みを浮かべ、シュリにそう言った。シュリは苦笑いをしながら「ごめんなさい」と答えて見せた。

「じゃあ、どれくらい来たのかも実際のところは分かりませんね・・・」

 翔は諦めたように地図をたたみながらそう言った。

「そうだな。近づいていることを祈るしかないな」

 リンドウもそう言ってどの場に腰を下ろした。

「何か目印でもあれば別だが、この辺りは最初から何もない地域だからな。とにかく森を抜けるまで我慢して歩くしかないだろう。真っ直ぐ北上しているんだ。少なくともいつかは森を抜けることは確かだよ」

 リンドウはそう言って、荷物を枕にしてその場に寝そべった。

 翔もその場に腰を下ろし深くため息をついた。ため息をつくと、体中に一斉に疲れが押し寄せてくるような気がした。翔はフィーナのことを表に出さないよう気丈に振る舞って見せてはいたが、その失望感は薄れるどころか日に日に増していくばかりだった。ただ、シュリの言うように現実を変えることができるかもしれないという望みだけが唯一の救いだった。それに、やはり連日代わり映えのない森を彷徨い続けるのは思った以上に疲れるものだ。綺麗な布団があり、屋根がある部屋があり、明るく照らす電灯の光がある、身体のどこかではそんな生活を覚えているのかも知れない。翔はそう思いながら、森を眺めていた。

「ねえ、カケルくん。そろそろ手持ちの水も少なくなってきたわ。今夜の分は大丈夫だけど・・・当分この状況が続くとなると、水不足になっちゃうわ。食料は充分にあるんだけど・・・」

 翔の隣で荷物の中身を確認しながら、不安そうな顔つきでミイがそう言ってきた。翔も自分の荷物の中の水筒を確認したが、確かに残り僅かになっていた。

「まさかこんなに時間がかかると思わなかったからね。水ならどこでも手に入ると思ったんだけどね・・・。俺、近くに水場がないか探してくるよ。もしかしたら水路か仮設小屋でもあるかもしれないから」

 翔はそう言って立ち上がった。

「できればシャワー付きの仮設小屋でも探してきて欲しいところね」

 よっぽど疲れているのか、リンドウと同様に荷物を枕に横になっている有紀が冗談半分で翔にそう言ってきた。

「トイレもな。身体に染みついた生活習慣ってのは、簡単に抜けないもんだよな」

 相づちを打つようにリンドウがそう言った。

「わたしも行くわ」

 翔は二人に苦笑いを浮かべてから歩き出すと、追いかけるようにミイがそう言って立ち上がり翔の後に続いた。

 翔たちはその場を離れ、しばらく森の中を水場を探して歩いた。ここに来るまでも何度か仮設小屋は目にしていた。恐らくフィールドを移動するプレーヤー達のために用意されているのだろう。現実はやはりゲームのようにはいかない。時間は勝手に過ぎていくし、腹も減れば咽も渇く。それに、夜は寝ないといけない。

 仮設小屋ならシャワーはなくても水道ぐらいはあるだろう。今思えば、仮設小屋を見つけたときに水を補充しておけば良かったと悔やまれた。

「探そうと思うとないもんだね・・・」

 翔は辺りを見渡すと、ため息をつきながらそう言った。

「ねえ、カケルくん・・・」

 隣を歩くミイが呟くように声を掛けてきた。

「私たち、いつここから脱出することができるのかしら・・・。もともとここには2週間だけ滞在する予定だったけど、でももうここに来て1ヶ月近く経つでしょう?外で何があったのか分からないけど、参加している人たちの家族が不審に思ってとっくに救助が来ても良いと思うの。きっと心配してるはずですもの」

 ミイはうつむいたまま翔の隣を歩きながらそう言った。

「そうだね・・・。こんなに経つのに、誰も救助に来ないのはおかしいかもしれない。救助する手段がないのか、それとも救助できる状況じゃないのか・・・」

 ミイはそのまま黙って口を噤み、考え込むように顔を伏せて黙々と歩いていた。

「家族が心配かい?」

 翔はそうミイに声を掛けた。するとミイは顔を上げ、翔に顔を振って見せた。

「いいえ。ただ、何となく嫌な予感がするだけ・・・」

「とにかく、ここに閉じこめられたままじゃ埒が明かないのは確かだよ。正直言って、早くもとの生活に戻りたいって思う。退屈で変化のない日々だったけど、でも人が傷つけ合うこんな世界よりはよっぽど増しに思える」

「なんだか不思議ね」

 翔の言葉を聞き終えると、ミイが翔を見てそう返してきた。

「カケルくんは、来たときからずっと変わらない。なんかそんな気がするの。みんな、多かれ少なかれこの世界に引き込まれてる。それはきっと、アルダリスシステムの力だと思う。有紀さんが前に言ってたけどに、わたし達は気がつかない間にこの世界で生きることに違和感を感じなくなってるような気がするの。でも、カケルくんは違うわ。常にこの世界に疑問を持ち、そしてそれに抗う術を知ってる」

 ミイの言葉は、翔には意識したこともないことだった。

「シュリさんがなぜあなたを選んだのか、分かる気がするの。カケルくんなら、きっとわたし達を救ってくれる」

 ミイは翔の目を見つめそう言った。

「買いかぶりすぎだよ。それは・・・」

 翔は顔を伏せそう答えた。しかし、それは謙遜などではなく本心だった。むしろ、それは自分が逃げていただけのように思えたからだ。結局自分は、変わることを恐れている。物事の変化に、ただついていけないだけではないのか。時に翔は、自分だけ取り残されたような気分になることすらある。

「俺は臆病だから、ただ傷つけ合うのが嫌いなだけだよ。平穏な生活に戻りたい、ただそれだけなんだ」

 翔は顔を上げると苦笑いを浮かべ、ミイにそう言った。ミイと良く苦笑いを浮かべ合っていた頃のことが、ふと懐かしく思えた。

「分からない・・・わたしは分からないの・・・。わたしもこれ以上人が傷つけ合うの見たくはないし、誰も傷ついて欲しくないと思ってる。でも、わたしにとってはカケルくん達との今の世界が全てな気がする。わたしがわたしらしくいられる・・・わたしの本心は、このままずっとみんなと一緒にいたいって思ってる・・・」

 申し訳なさそうな口調でミイが言った。恐らくフィーナのことを気にしてだろう。今のこの現実を一番受け入れたくないと思っているのは、翔自身であることは確かなのだ。

「わたしには・・・家族はいないの。ずっと一人だったから」

 翔が声を掛けられずに黙っていると、ミイはそう言ってそのまま話を続けた。

「わたしの両親はね、わたしが小学五年生の時に交通事故で死んだの。頼れる親戚もいなかったから、私はずっと施設で暮らしてきた。施設は思ってるほど悪いところじゃなかったし、みんな優しくしてくれた。同じ境遇の子は沢山いたし、わたしだけが特別な訳じゃないってわかってた。でも、どこかぽっかり穴が空いてしまっていて、わたしはそれをいつまでも埋めることができずにいた」

 ミイは、顔を伏せたまま翔の隣を歩いていた。

「でも、ネットでカケルくん達と出会って、少しずつわたしの生活は変わっていった。それって健全なことではないのかも知れないけど、わたしには本当にネットでカケルくん達とつながっている時間が何よりも大切だった。自分の居場所をようやく見つけた気がしたの。そして、思い切ってこのオフライン・ゲームに参加して、みんなと本当に出会って、その思いは強くなった。カケルくん達と一緒にいたいって・・・」

 ミイはそう言うと顔を上げ、顔色を覗うように翔を見つめた。

「でも時々私、自分が消えてしまうんじゃないかって思うことがあるの。誰も私を知らない・・・すべては単なるわたしの妄想なんじゃないかって・・・そう思うと、自分の存在が霞んでいくような気がすることがあるの・・・。私、みんなと一緒にいても、もう何年も一緒にいたと思うぐらい安らぐわ。だけど、ふとした瞬間に本当はお互いのことを何も知らないんだって気づくと、とても不安になるの。だから、カケルくんに私のことも知って欲しいと思うし、私もカケルくんのことをもっと知りたいと思う」

 ミイは今にも泣き出しそうなほど赤くなった眼差しで、訴えかけるように翔を見つめてそう言った。

 翔は、ミイは見かけ以上に強い子だとずっと思っていた。一見か弱そうに見えるが、いつも我を失わず気丈に振る舞える芯の強い女性だと思っていた。翔自身も、そんなミイの強さに支えらることもあった。いつだって仲間のことを思い、影でみんなを支えていたのは他の誰でもない、ミイだと誰もが分かっていた。

 その分、その時見せたミイの不安そうな顔は、翔にとっては意外なものだった。助けを求めるようなミイの眼差しを見ていると、彼女に頼りきりだった自分が不甲斐なく思えた。

「うん・・・分かるよ、ミイの言いたこと」

 翔は精一杯微笑んでそう答えた。

「俺もさ・・・ミイと同じでずっと施設で育ったんだ。俺が生まれてすぐ両親が離婚してね。俺は母親に引き取られたんだけど、母親は離婚してすぐに病気になってしまって・・・。だから俺は施設に預けられた。父親はその後別の人と再婚して今は幸せな家庭を築いてる。母親は監獄みたいな病院に入れられている。父に会ったことは一度もないし、母とももう何年も会ってない。会っても俺のことが分からないんだ・・・。俺もずっと一人ぼっちだった。だから、ミイ達に出会ったとき、たとえネット上の出来事であっても本当に嬉しかった。この人達となら、俺は変われるかも知れない、そう思ったんだ」

 翔はそう言い少し驚いた顔で翔を見つめるミイにもう一度微笑みかけた。

「だから、ミイの気持ち分かるような気がする。・・・大丈夫。俺もみんなも、いつもミイのことを見てる。だから、不安になることなんて、これっぽっちもないんだ。これからも、ここから脱出できたあとも、ずっと一緒だ。約束するよ」

「ありがとう、カケルくん」

 ミイはそう言って微笑んでいた。

 そのとき、翔は森の先にある建物のようなものがあることに気がついた。思わず足を止め、森の先にあるその建物に目を凝らした。

「どうしたの?」

 ミイは突然立ち止まった翔にそう尋ねると、彼の見つめる方向に同じように目を凝らした。

「建物だ。水道があるかもしれない。見に行ってみよう」

 翔の言葉を合図に、二人は建物に向かって歩き始めた。

 建物はしばらく誰も訪れた者がいないかのようにひっそりとしていた。近づいてみると、建物と言うよりはむしろ遺跡のような様相をしていた。建物と思っていたのはどうやら壁らしく、中はどうやら小さな居住区になっているようだった。

「街・・・なのかな。人気はないみたいだけど・・・中に入ってみよう」

 翔はそう言うと、正門らしき扉をゆっくりと開けた。中を覗き込むと、やはり扉の向こうには小さな小屋がいくつか立ち並んでいるのが見えた。いかにも手作りと言った、簡単な作りの小屋が並んでいた。

「大丈夫。誰もいないみたいだ。水道がないか探してみよう」

 翔は中に入り、ミイと一緒にひとつひとう小屋を見て回った。たいした作りではなかったが、人が寝るには充分な広さがあった。野宿するのに比べたらずっと良い環境が揃っていた。

「良いところを見つけたね。リンドウさん達も呼んでこよう。野宿するよりずっと良さそうだし」

 翔は嬉しそうにミイにそう言うと、彼女も同意するように頷いて見せた。

「ここなら料理とかもできそうね。久しぶりに、温かい料理が食べられるわよ」

 ミイも笑顔を見せ、嬉しそうに小屋の中を探索していた。

「あれ?」

 仮設のコンロらしき物を見ていたミイが不思議そうに言った。

「これ、なんか熱いわ。誰かが使った後みたい・・・」

「本当に?」

 ミイの言葉に翔も彼女の側によりコンロを確かめてみた。確かに、ほんのりと熱が残っていた。直前ではないにしろ、数十分前には使用されていたかのような熱さだった。

 次の瞬間、上から翔とミイを目掛けて何かが振ってきたような気がした。すると突然、目の前が真っ暗になり強い衝撃を感じて、そのまま気を失ってしまった。

 

「さすがに腹が減ったきたな」

 リンドウはそう言いながらゆっくりと身体を起こし背伸びをした。それにつられるように、有紀も身体を起こした。

「いつの間にか寝ちゃってたわ。そう言えばカケルくん達、戻ってこないわね。遅すぎない?」

 有紀は立ち上がると辺りを見まわすようにしてそう言った。森の中は静まりかえっており、物音一つ聞こえない。風も吹かない所為で、息を潜めていると本当に音のない世界のように静まりかえってしまうのだ。

「そうだな。どこまで行ったんだろう?もしかして迷子になった訳じゃないだろうな」

 冗談でもなさそうな素振りでリンドウが言い、黙って座っていたシュリの方に顔を向けた。

「カケル達、見なかったかい?」

「ええ、あれから一度も帰ってきてません。でもそんな遠くにはいっていないと思います」

 シュリは顔を上げてリンドウにそう答えた。

「え?カケルがどこにいるのかわかるのかい?」

「ええ。だいたいの居場所は分かります」

「それもブレインの能力のひとつってことね」

「まあそうですけど、誰でもわかる訳じゃありません。わたしがわかるのは、カケルさんの居場所だけです」

「カケルは君にとって特別な存在って訳か。運命共同体みたいなものかな?」

「そうですね。わたし達は、そのような特別なパートナーのことをインペリアルナイト(荘厳なる騎士)と呼んでいます」

「インペリアルナイト?」

 有紀の言葉にシュリは頷いて見せた。

「はい。わたしたちブレインは、本来は実体のないプログラムの一部ですから、「生」や「死」といったものも存在しません。また、感情を持ったシステムが自らの「生」や「死」をある一線で判断することは難しいのです。そこで、わたしたちはインペリアルナイトと生死を共有することで、「生」や「死」を自らのものとして取り入れています。彼の「生」は自らの「生」であり、彼の「死」は自らの「死」を意味します」

「じゃあ、カケルの命はイコール君の命ってことか」

 リンドウが尋ねると、シュリはそれに頷いて答えた。

「このアルダリスシステムのブレインの命を背負うと言うのは、それだけで責任重大だな」

 リンドウが答えると、シュリは困惑した顔を向けた。

「彼には言わないでください。彼に必要以上の負担をかけさせたくないのです。ミイさんにも・・・」

 シュリは声を小さくしてそう言った。

「安心して。彼に言ったりしないから。でも、あなたのそういうところ、普通の人間以上に人間らしいわよ」

 有紀が笑顔を見せながらシュリにそう言った。シュリは嬉しそうに微笑み、小さく頷いて見せた。

 三人が顔を見合わせて笑っていると、静まりかえっていた森の奥から叫び声のような咆哮が響き渡った。三人は思わず森に目を向け、その声に耳を澄ませた。

 三人が耳を澄ましていると、再び咆哮が響き渡った。それと同時に、森の上を大きな翼を広げたモーヴが飛んでいく姿が見えた。リンドウたちは、その姿を確認すると、すばやく木の陰に隠れてそれを見送った。

「なに?今の」

 有紀が呟くようにそう言った。リンドウは、じっと飛び去っていくモーヴの姿を見つめていた。

「黒の騎士・・・ナイジェルだ。奴があれに乗っていた。どうしてこんなところに」

 リンドウが険しい顔をしてそう答えた。有紀も思わず遠くに飛び去っていくモーヴに目を凝らして、その背中に乗った黒い男の姿を確認した。

「あれがナイジェル・・・」

「リンドウさん、有紀さん、大変です。あっちを見てみてください」

 森の先を指さして、声を潜めるようにシュリがそう言った。シュリの指さす先を見ると、そこには森を徘徊する何匹ものモーヴの姿が見て取れた。何かを探すようにうろうろと動き回りながらも、段々とこちらに近づいてきていた。

「モーヴか。随分たくさんいるな。俺たちだけで相手にできる数じゃないな」

 リンドウが木の陰から覗き込みながらそう言うと、後ろに立っていた有紀が突然小さく叫び声を上げた。

 リンドウが振り向くと、そこにはモーヴが一匹、有紀の腕をつかむようにして立っていた。リンドウは驚きながらもすばやく短剣を取り出し、有紀を掴むモーヴの腕を切りつけた。モーヴが唸り声を上げ有紀の腕を放すと、リンドウはそのまますかさずモーヴの胸を一突きした。モーヴは低い悲鳴を上げながらも、その場に崩れ落ちた。

「やばい。今ので気がつかれたかも知れない。走るぞ!」

 リンドウはそう言って、突然の出来事に呆然と立ちつくしている有紀の腕を取り走り出した。シュリも、頷いてリンドウに続いた。

「シュリ!カケル達のいるところまで案内してくれ!」

「わかりました」

 すでにナイジェルが乗っていた大きな翼のモーヴは遙か遠くに消えていた。三人は、森を徘徊するモーヴ達に気づかれないよう、荷物をまとめカケル達のいる場所へと向かった。

 

 頭がずきずきと痛む。気がつくと、椅子の上に座っていた。

 目を開けてみたが、未だ視界は真っ暗だった。顔に何か被せられているらしいことは翔にも分かった。手や足も、椅子に縛り付けられているらしく、動かすことすらできない。どうやら、先ほどの小屋で誰かに襲われ何かで頭を強打されたのだということは認識できた。しかし、ミイが果たして無事なのかどうかが真っ暗な闇の中では確認することすらできなかった。

 すると突然、目の前の視界が開けた。顔に被されていた布が取り上げられたのだ。頭痛と突然の光でなかなか目の前にあるものがよく見えなかった。目が慣れてきて自分と同じように隣に座るミイの姿を確認し、ひとまずほっとした。

「手荒な真似をして済まなかった」

 見ると目の前に無精ひげを蓄えた男が翔たちと向き合うように座っていた。年は30代後半か40代かも知れない。オフライン・ゲームの参加者としては、珍しい年代と言えただろう。埃の所為なのか、もともと白いのか、白くなった髪を見ると、さらに老けて見えた。そのそばには、何人かの男が見守るように立っていた。

「なぜここに来た?」

 男は思ったより優しい声でそう翔に尋ねてきた。

「水道を探していて、偶然あの場所を見つけただけです。それよりこれは、どういうことですか?」

「どこから来た?」

 男は翔の質問には答えず、もう一度そう尋ねてきた。

「シュールから来ました。ブルシェアに向かっているところです」

「ブルシェアに?今更何故だ?」

「どうしても答えなくてはいけませんか?」

 翔はするどい目つきで睨むようにそう答えた。男は意に反さず表情で翔を見つめ返してきた。

「他に仲間はいるのか?」

「あなたは何なんですか?僕たちをどうしようって言うんです?」

 翔の言葉に、男はしばらく黙っていた。男は翔とミイの顔を交互に見ると、再び口を開いた。

「わたし達は、あなた達に危害を加える気もなにもない。ただ、何も見なかったことにして今すぐここを立ち去ってはくれないか?」

 男は真剣な眼差しでそう翔とミイに言った。翔はミイと目を交わしてから、男に視線を戻した。

「どうしてですか?ここはどこなんですか?」

 翔の問いにしばらく男は答えず、じっと翔の顔を見ていた。すると突然、隣に立っていた男に目配せすると、翔たちを縛っていた縄をほどくように指示した。翔たちは、自由になった身体をほぐすように動かしながら改めて男を見た。

「あなた達は悪い人達じゃない。それくらい見れば分かります。手荒なことをして、本当に申し訳なかった」

 男はそう言って翔とミイに頭を下げた。翔は拍子抜けしたように笑みを浮かべ、男に「よしてください」と声を掛けた。

「でもどうして・・・この街は何なんですか?地図にも載っていないようだし・・・」

「ここは・・・名もない街だよ。わたし達が手作りで作り上げた街だ。外部から身を守るには丁度良い壁があったんでね。まあ、街と言うには、粗末なものだけどね。ここには、争い合うのが嫌でいろんな街から逃げてきた人達が集まってるんだ。だから、なるべく外部との接触は避けている。わたし達はひっそりと暮らしたい、それだけなんだ」

 男はそう言うと立ち上がり、外を見た。

「わたし達に戦う意志はない。かといって、このまま凶暴化したプレーヤーやモーヴに殺されるのも嫌だ。でも、なぜこんなことになってしまったかなんて考えても仕方ない。臆病だと思うかも知れないが、これがわたし達の選んだ生き方なんだ」

 翔は黙って男の言葉を聞いていた。

「だから、できればこのことは忘れて、ここを出て行って欲しいんだ。君たちが悪い人間じゃないことはわかってる。でも、やっぱりわたし達とは違うだろう。君たちを非難する訳じゃない。ただ、生き方が異なるだけだ」

「わかりました・・・」

 翔は立ち上がると、頷きながらそう答えた。

「でも、ひとつだけ聞かせてください。もし、この生活を脅かすものが現れたらどうするんですか?いつまでも見つからずにひっそりと暮らすことは無理かも知れない・・・それでも戦うことを放棄するんですか?」

 翔はそう尋ねると、男の返答をじっと待った。しかし、男は外を見つめたまま何も答えなかった。

 翔は答えを待つことを諦め、ミイに目で合図を送るとそのまま立ち去ろうと部屋の扉へと歩み寄った。すると突然、騒がしそうに他の男が一人部屋の中に駆け込んできた。

「浦木さん!大変です!」

 男は入って来るなり物々しく声を張り上げてそう言った。

「こいつらの仲間が、突然走り込んできて大騒ぎになっています!今、なんとか取り押さえていますが・・・早く仲間を返せと・・・」

「もう話は済んだ。慌てなくて良い。・・・そう言うことらしい。君たちの仲間が迎えに来た。早く行ってくれないか。そして、二度とここには戻ってこないでくれ」

 浦木と呼ばれたその男は、翔の方に向き直るとそう言った。

「そ、それだけじゃないんです!街の外に大量のモーヴが徘徊していると・・・とにかく来てください!」

 男はそう言い、急かすように浦木の腕を取った。翔とミイもその話を聞き、急いで部屋を出てリンドウ達の元に向かった。

 リンドウ達は、街の門の前で数人の男達に取り押さえられ何やら叫んでいた。抵抗する素振りは見せていなかったが、しきりにカケルの名を呼んでいた。

「カケル!」

 走り寄ってくるカケルの姿を確認すると、取り押さえていた男達を振り払うように前に歩み出た。

「大変だ、カケル!森の中をモーヴがうようよ徘徊してる。それに・・・ナイジェルの姿も見た。モーヴに乗って空を飛び回ってた」

「ナイジェルだって?」

 翔は驚いてそう聞き返した。

「放してやれ」

 浦木が遅れてやってくると、リンドウ達を取り押さえていた男達にそう言った。身体が自由になると、ようやく落ち着いた様子でリンドウ達は翔に歩み寄った。

「ああ、とりあえず立ち去ったようだが・・・あのモーヴ達もおそらくナイジェルの息がかかった奴らだろう。こんなところまで何をしに来たのか分からないが・・・」

「済まないが話は街の外でしてくれないか?みんなが不安がってる。早く立ち去ってくれ」

 リンドウの話を制するように浦木が前に歩み出てきてそう言った。リンドウは面食らったように浦木の顔を見つめた。

「あんたは誰だ?」

「わたしは浦木だ。一応、ここの代表だ。そして代表として言う。君達にこれ以上この街に関わって欲しくない。だから一刻も早く出て行って欲しい」

 浦木は表情一つ変えずそう答えた。

「おい、何を言ってるんだ?外にはモーヴが徘徊してるんだぞ?今出て行ったら、見つけてくれと言わんばかりじゃないか」

 リンドウは反論するようにそう答えた。

「それはあんた達の問題だ。この街を巻き込まないでもらいたい。わたし達には、戦う意志も力もないんだ」

 浦木の言葉に、リンドウは集まってきた人達を見渡すように眺めた。確かに、どう見てもひ弱そうな男や、弱気な顔つきをした男、それにいかにも温室育ちといった女性ばかりが目についた。どの人達も、覇気のない弱々しい顔をしていた。

「もう遅い。どちらにせよ、ここも見つかるのは時間の問題だ」

 リンドウは最終通告を告げるような口調で、そう答えた。

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