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PHASE 19 「今できることを」
寒い。こんなにも暗く寒い場所に来たのは初めてだ。
――寒いのは嫌いだ・・・
サキは心の中でそう呟いた。早く家に帰りたい。暖かい家族のいる家に帰りたい。私は何でこんな所にいるんだろう。だいたい、ここは何処なんだろう。サキは、凍えそうな身体を震わせて、救いを求めるように暗闇の中に手を伸ばした。
暗闇に伸ばした手が、誰かの手にそっと包み込まれるような感触がした。とても暖かかった。
「大丈夫・・・」
声が聞こえる。とても暖かい声だった。母親というのは、こんな感じなのかも知れないとサキは思った。サキは、見たことすらない母親の面影にすがりつくように、包み込む手をぐっと握りしめていた。
「大丈夫ですよ、サキさん」
もう一度声の主が言った。その声に応えるように、サキはゆっくりと瞼を開いた。
「・・・リナ?」
サキの目の前には、心配そうな眼差しで見つめるリナの顔があった。サキは朦朧とする意識のまま身体を起こすと、訳も分からずしばらくリナの顔を見つめていた。
サキは自分がリナの手をずっと握りしめていることに気がつくと、咄嗟に振り払うようにリナの手を放し顔を逸らした。
「な、何?なんであなたが手を握ってるのよ!」
「随分、うなされてましたよ。でも、もう大丈夫です。ここは安全です」
リナはほっとしたように笑顔を浮かべそう答えた。サキは、その答えの意味を考えるように、リナの笑顔をしばらく見つめていた。
「そうだ・・・わたしたち、ナイジェルって奴にやられそうになって・・・」
サキの脳裏にはあの瞬間の出来事が再び映し出されていた。ギドを守ろうと、サキは走った。間に合ったかどうかも分からなかったが、サキは転がり込むようにギドの前に滑り込んだ。そして、確かにナイジェルの剣が自分の身体を捉えるのを感じたような気がする。しかし、そこでサキの記憶は途切れていた。
「もう大丈夫ですよ」
状況を把握できず困惑するサキに、リナはもう一度そう答えた。
「あなたが助けてくれたの?」
「わたしは、あなた方を連れて逃げだしただけです。それが精一杯でしたから」
「逃げだしたって・・・どうやってあの状況から?」
「瞬間移動です。それがわたしに与えられた能力なんです」
「能力って・・・瞬間移動なんてできるわけないじゃない!」
「そう言われても、それが事実ですから・・・」
リナは困ったような顔でそう答えた。
「もう、この世界ってめちゃくちゃだわ!」
サキは頭をかきむしりながらそう叫んだ。今まであまり気にはしていなかったものの、自分の手に余る事実にサキは少々自棄になってきていた。
「私の能力、というよりは、アルダリスシステムの能力、と言った方が良いかもしれませんね。あなたの能力も、ギドやルウの能力も、すべてアルダリスシステムが与えたものなんですから」
「難しいことは分かんないから、そのくらいにしといて。まあ、この世界どこかおかしいとは思ってたけどね。よっぽど3D映像がリアルにできてるんだなぐらいにしか思ってなかったけど」
サキは疲れたように項垂れてため息をつき、再び顔を上げてリナの顔を見つめた。
「それで、ここはどこなの?」
「来る途中に見つけた小屋です。リーンからは随分離れてますから、ここはもう安全ですよ」
「そう・・・ところでギドとルウは?!」
サキは重要なことを忘れていた事に気がつき、大袈裟な口調でリナにそう尋ねた。
「彼らはあちらで寝ています。ただ・・・」
リナはそう言うと考え込むように口を閉ざしてしまった。
「ただ、何?」
「かなり怪我をしているようです・・・」
「なんでそれを早く言わないのよ!」
サキはそう叫びながら飛び上がると、リナが指した方へと走った。
壁を隔てて反対側の部屋には、床に敷かれた毛布に包まれるようにギドとルウが並んで寝かされていた。
「ギド!ルウ!」
サキは二人の側に駆け寄り、彼らの顔を覗き込むようにして声を掛けた。しかし、二人とも意識が朦朧としているらしく額に汗を掻いて真っ青な顔をしていた。
サキはギドの毛布をめくると、彼の身体を確認した。腹と腕の部分に大きな切り傷があった。ルウにも、左腕に大きな傷があった。二人とも簡単に止血は施されており既に血は止まっているようだったが、露わになった傷口が酷く痛々しく見えた。
サキは汗を拭うようにギドの顔をそっと撫でてみた。ギドは時折苦しそうに顔を歪めるものの、やはり何の反応も示さなかった。
「大丈夫そうですか?」
リナが心配そうに顔を覗かせてそう言った。サキは顔を横に振って応えた。
「分からないわよ、そんなこと・・・」
サキは立ち上がって振り返り、リナにそう答えた。
サキは傷みに歪むギドの顔を、じっと見つめていることしかできなかった。
「ねえ、リナ。あなたアルダリスシステムに詳しいのね。もっと他に知ってることを教えてよ」
サキは暗くなった部屋の中に膝を抱えて座り込み、小さなランプの反対側に座ったリナにそう尋ねた。壁の向こうから聞こえてくるギドとルウの寝息に、サキはほっとしていた。昼間はうなされるように唸り声を上げることもあったが、今は落ち着いたのかよく眠っている。
「知ってることですか?どんなことをでしょう?」
「うーん、難しいことはどうせ聞いてもよく分からないんだけどね・・・例えば、わたし達の能力はアルダリスシステムの力なのよね。わたしの剣士としての能力も、ギドの魔法の能力も」
「ええ、そうです。もちろんその人の基本的な運動能力は影響しますが、超越的な力はすべてアルダリスシステムがもたらしたものです」
「超越的な力ね・・・確かに、そのとおりよね。このわたし達の『超越的な力』っていうのは、実際に人を傷つけたりすることができてしまうってことなのよね。これは、ゲームじゃない」
「ええ、すべて現実的な影響力を持っています。ただし、アルダリスシステムが影響力を持つ範囲内においてです」
「影響力を持つ範囲内?」
「そうです。アルダリスシステムの管理化にある範囲、つまりアルダリスシステムが通信可能な範囲内においてのみ影響力を持つということです」
「・・・うーん、良く分かんないや」
サキは頭を掻きながらそう言い、しばらく何かを考えるように黙っていた。
「とにかく、ゲーム上の能力がそのまま現実になるって事なんだよね?」
しばらくの沈黙の後サキがそう尋ねると、リナはその問いに頷いて見せた。
「それじゃあさ、例えば治癒魔法を使える人は、怪我とかも治せちゃうわけ?」
「残念ながらそれはできません。アルダリスシステムは空間的な欠陥を補正することはできますが、それはごく単純な組織を使った擬態的なものでしかありません。例えば、人間を擬態化したものを現実化させることは可能ですが、一人の人間を完全に再現させることは不可能なんです。見かけは人間そのものだとしても、中身はごく単純な組織で成り立つ個体であり、人間ではありません。従って、複雑な組織で成り立つ人間そのものを治癒するということはできないのです」
「よく分からないけど、とにかく駄目なのね。そうか・・・」
「ギドたちのことですか?」
「・・・うん。でも、どうしたら良いのか分からないのよ」
サキは頷き、力なく項垂れた。
「興味深い話だな」
その声に驚いて、サキは顔を上げた。そこには、壁にもたれ掛かるようにギドが立っていた。
「ギド!」
サキは慌てて立ち上がり、支えるようにギドに手を添えた。しかしギドは気にもしない様子で、傷口を庇いながら壁にもたれ掛かるようにその場に腰を下ろした。
「リナ、今の話ちゃんと聞かせてくれ。今、アルダリスシステムでは一体何が起こってるんだ?」
リナはしばらくギドの顔をじっと見つめたまま、何かを考えているようだった。しかし、ギドの威圧感に押し退けられるように視線を外すと、にわかに口を開いた。
「何が起こっているのか、わたしにもわかりません。ただ、アルダリスシステムが予期しない方向へと進み始めていると感じます」
「予期しない方向というのは、アルダリスシステムが俺たちに超越的な力ってやつを与えたことか?」
「それもありますが、それだけではありません。利己的な意志が、アルダリスシステムを支配しようとするのを感じます」
リナは冷静な口調でそう答えた。
「・・・あんたは遠回しにものを言うのが好きなんだな」
「そういうつもりはないんですが・・・」
「まあいい。とにかくアルダリスシステムが暴走し始めたおかげで、ナイジェルのような馬鹿がでてきたってことなんだな。じゃあ、もう一つだけ聞かせてくれ」
「何でしょう?」
「アルダリスシステムとは、そもそも何なんだ?」
ギドはリナの微妙な表情の変化も見逃さないとでもいうように、じっと彼女の顔を見つめてそう尋ねた。
「アルダリスシステムは何なのか・・・ですか?そうですね・・・概略的に言えば、空間や現象をコントロールすることが可能な制御システムと言えると思います」
「俺が聞いているのはそう言う事じゃない。アルダリスシステムの本来の目的は何なのかってことだ」
「・・・それは人に、『生きる目的は何なのか』と質問することと同じですね。わたしには、立ち入ることができない次元の話です」
リナはギドに済まなさそうな顔を向けそう答えた。
「・・・」
ギドは彼女の答えについて考えるように黙って彼女を見つめていた。
「じゃあ、聞き方を変えよう――あんたの目的は何なんだ?」
ギドは沈黙を破るように再びそう尋ねた。
「わたしの目的・・・?このアルダリスシステムの暴走を食い止めることです。それがわたしの使命です。その為に、わたしはブルシェアに行く必要があるのです」
リナはそう答えた。
「え?どういうことなの?」
サキは訳が分からず二人の会話を遮るようにそう言った。しかし、ギドはサキの言葉を無視したままずっと黙ったままリナを見つめていた。
「じゃあ、行こう。ブルシェアに」
ギドはそう言うと立ち上がり、壁に立てかけてあった彼の杖を手に持った。
「ちょっとギド!その傷じゃ無理だよ!」
サキはそう言ってギドの身体を支えるように抱きしめた。ギドはふらふらしながらもサキを振り払うようにして歩き出そうとしていた。
「サキさんの言うとおりです。その傷では無理です」
リナの言葉も耳に入っていないのか、ギドは覚束ない足取りで壁により掛かりながら歩いていた。しかし、三歩も進むとすぐにその場に崩れ落ちるように倒れてしまった。
「ギド!」
サキは驚いてギドに駆け寄り、抱きかかえるようにしてギドの身体を起こした。ギドは、再び苦痛に耐えきれないかのように歪んだ顔を見せた。
「ねえ、リナ!ちょっと手を貸して!ギドに毛布を!」
ギドは意識が朦朧としているのか、目を閉じたまま苦しそうに息をしているだけだった。サキが問いかけても、すでにまともに返答できない様子だった。
サキとリナは二人で何とかギドを運び毛布の上に寝かせると、ようやく落ち着いたように腰を下ろした。
「このままだと、傷口が化膿し始めるかもしれない・・・せめて薬があれば・・・・」
サキは、ギドの傷口が開いていないか確認してから彼に毛布を掛け、呟くようにそう言った。苦痛に歪むギドの顔を見ながら、サキは考え込むように黙っていた。
「リナ」
サキは突然立ち上がると、壁に立てかけてあった自分の剣をとりあげ、リナの方を振り向いた。
「わたし、ブルシェアに行くわ。街に行けば、薬が手にはいるかも知れない。あなたはここに残ってギドたちを看ていてあげて欲しいの」
サキはそう言い、手に持った剣を腰に取り付けた。
「一人で行くつもりですか?」
心配そうな顔でそう尋ねるリナに、サキは笑顔で応えた。
「大丈夫よ。たぶん・・・それしかないもんね。わたしだって、ギドたちのお飾りじゃないんだから。仲間だもの」
サキは自信なさそうな顔を見せながらも、観念したような口調でそう答えた。
暗闇の中、サキはブルシェアに向け一人出発した。一刻でも早く、ギドやルウに薬を持って帰ってきてあげたかったからだ。それに、移動するのは昼間より夜の方が都合がよいような気がした。少なくとも、リーンに近い場所は暗い内に通過した方が良いと思ったのだ。
リナの話では、ブルシェアまでは恐らく1日はかからない距離だろうと言っていた。しかし、それは結局当てにならなかった。二日間歩き続けていたが、一向にブルシェアに辿り着く気配はなかった。
もっとも予想以上に時間がかかる可能性があることも、リナは指摘していた。アルダリスシステムによって空間が歪み本来の距離感覚よりずっと長く感じることがあるのだと、リナは言っていた。良く分からなかったが、とにかく自分はブルシェアに辿り着くまで歩き続けるしかないことだけはわかった。
ギドたちは大丈夫だろうか・・・。そのことばかりが脳裏に浮かんだ。まさか死んだなんて事は無いと思うが、今もまだあの痛みに顔を歪めているかと、サキは自分の無力さが虚しくなった。
サキは、一人というのがこれほど寂しいものとは思っていなかった。一人になることなんて、慣れていると思っていたからだ。しかし、一人でいることを寂しいと思う自分がいることに気がついたとき、いつの間にかに自分の傷は癒えていたのかも知れないとサキは思った。
サキはなんとなくサクラやミイのことを思い出していた。彼女たちは元気でやっているだろうか・・・。今思えば、我が侭な自分にいつも優しく応えてくれたのは彼女たちだった。母親の温もりを知らない自分にとって、彼女たちはとても特別な存在だったのだと思う。
サキはリナにもその感覚を持っていた。むしろ、サクラやミイ以上にそれを感じたかも知れない。年下の彼女に何故そのような感覚を覚えるのか、サキにも不思議でならなかった。
サキの母親は彼女が小さかった頃亡くなっていた。だから、母親に関しての記憶はほとんどなかった。しかし、母親というものがもしいたとしたら、どうんなものだろうとよく考えることがあった。知らないながらも、無意識に母親というものを求めていたのかも知れない。
しかし、サキは特に寂しさも不自由さも感じることはなかった。サキの側にはいつも、兄の來斗(らいと)がいたからだ。サキにとって自慢の兄だった。兄はいつでも自分を守り、優しく包み込んでくれる存在だった。同世代の他の女の子に比べても、自分は恵まれていると思ったくらいだ。
しかし、今年の春、その兄が交通事故で死んだ。突然の出来事だった。サキは世界が急速に色あせていくのを感じた。そして、サキはしばらく兄の部屋に閉じこもり、兄との想い出の中で毎日を過ごしていた。そんなとき、出会ったのが兄のパソコンに残されていたアルダリス・ネットのブックマークだった。
サキは兄の面影を探してアルダリス・ネットに没頭した。どこかで兄に会えるような気がしたのだ。そして、ギドたちに出会った。ギドはぶっきらぼうで、しかも不器用で、優しかった兄とは似ても似つかない性格をしていたが、何処か兄の面影を感じていたかも知れないとサキは思う。
サキはそんな自分の過去を振り返り今更ながらに思う。確かに自分は人と比べ希有な悲劇があり、仮にも恵まれているとは言えない人生かも知れない。それでも沢山の人に助けられ、何度でも立ち直り自分はこうして元気に生きていられるのだ。だから、今度は自分がその人達を助けてあげたい。サキはそう思っていた。
道脇の草がごそごそと蠢く音に、サキは思わず足を止めた。物思いに耽っていたサキは、突然の音に驚きながらも、さっと後ずさって剣の束に手をかけた。
すると、揺れる草むらから白い小動物が飛び出してきた。動物の方もサキの存在に驚いたのか、草むらから飛び出てきた姿勢のまま、じっと先を見つめていた。
「フェレット?なんでこんなところに?」
サキの前で固まったまま動かないその小動物は、どこからどう見てもフェレットだった。サキは束から手を放すと、フェレットを驚かせないようにその場にそっと座り、誘うように手を出して見せた。
「おいで、怖くないから」
サキはそう言いながら、低い姿勢を保ったままゆっくりとフェレットに近づいた。フェレットは、相変わらず固まったまま動こうとしない。
サキは逃げ出さないよう細心の注意を払いながら、少しずつフェレットに歩み寄った。フェレットは警戒するように身をかがめ、じっとサキを見つめている。ただ、逃げ出そうとする気配は感じられなかった。
「そう、いい子ね。わたしは敵じゃないわ。だから、こっちへおいで」
そう言って手を差しのばした瞬間だった。サキの背後から一筋の矢がサキの手をかすめるように横切り、そのままフェレットの足首の辺りに命中した。
フェレットが不意を突かれたようにその場に倒れると、サキは驚いてフェレットに駆け寄り、ぐったりしたフェレットを抱き上げた。
「おい!そいつは俺の獲物だ!こっちによこせ!」
数人の男達がそう叫びながら草むらから現れた。
「あんたがこの子を撃ったの?」
サキはフェレットを抱きかかえたまま男を睨み返しそう尋ねた。
「そうだよ。こんな飯には滅多にありつけないからな」
「あんた、フェレットを食べるつもりなの!?」
サキは信じられないと言った口調で男にそう言い返した。
「背に腹は代えられないからな」
男の答えに、サキは一歩後ろに後ずさった。
「この子は渡さないわよ!」
サキはそう言って剣を抜いた。しかし男達は動じる様子もなく、じりじりと近づいてきた。
「まあ、いいさ。それなら、代わりにお前を食べてやる」
男はそう言いながらさらに近づいてきた。サキが見る限り、冗談ではなさそうだった。男達の目は卑猥な眼差しに変わっていた。
「狂ってるわ!あんた達!」
サキは抱きかかえていたフェレットを素早く自分のフードの中に放り込むと、両手で剣を持ち直し構えた。
サキは自分が構える剣先を見つめながら、改めてリナの言葉を思い出していた。この「超越的な力」は、人を傷つけることができる・・・。
サキはじりじりと近づいてくる男達を睨み返しながらも、少しずつ後ずさっていた。この剣を振るえば、この人達は死ぬかも知れない。しかし、振るわなければ死ぬのは自分だ。
次の瞬間、男の一人が放った矢がサキ目掛けて飛んできた。サキは咄嗟に飛んできた矢を剣で切り落とすと、腰に取り付けていた小刀をすかさず投げた。小刀は矢を射った男の足にみごとに突き刺さり、男はその場に足を付いて倒れた。
男達が呆気にとられている間に、サキは腰の鞘を抜き男達に飛びかかった。意表を突かれサキの鞘の一撃を食らった男達は、矢を放つ隙もないままその場に次々と倒れ、うめき声を上げていた。
男達が蹲っている間に、サキは素早く森の茂みの中に駆け込み走り出した。振り返らず必死に森の中を駆け抜けた。遠くで男達の叫び声が聞こえたが、後を追ってくる気配はなかった。
もう大丈夫だろうという場所まで走ると、サキは足を止めその場に座り込み、息が静まるのをしばらく待った。
「まったく、冗談じゃないわよ」
サキはそう言いながら、剣を鞘に仕舞った。とりあえず人を殺めずに場をしのげたことに、サキはほっとため息をついた。
「本当に・・・冗談じゃないわよ・・・」
サキはフードに無理矢理押し込んだフェレットのことを思い出し、すぐにフードの中をまさぐりフェレットを探した。フェレットは、フードの中で丸く縮こまっていた。
フードから取り出すと、フェレットはサキの手の中で暴れていたが、サキは構わず先ほど矢に射られた足を調べた。どうやら、かすり傷程度で済んだらしく、それほど血が出ていなかった。
「命拾いしたね、あんた」
サキはフェレットを顔の前に持ち上げそう言った。観念したのか、フェレットも暴れるのを止めそんなサキの顔をじっと見つめ返していた。
「誰かのペットなのかなぁ・・・あんたのご主人さん、どうしたの?」
フェレットは不思議そうにサキの顔を見つめ返すだけだった。そんな愛くるしい姿に、サキは思わず微笑んで見せた。
「ねえ、あんた、わたしと一緒に行かない?わたしも一人で寂しかったところだし。どう?」
フェレットが「クックック」と咽を鳴らして応えた。サキはフェレットなど飼ったことがなかったし、どんな鳴き方をする動物かも知らなかったが、何故か嬉しそうに鳴いたような気がした。
「よし、決まった。一緒に行こう!分かったね?」
サキはそう言うと、恐る恐る手を放した。そのまますぐにどこかに行ってしまうのではないかと思ったが、意に反してフェレットは「クックック」と咽を鳴らしながらじっとサキを見つめていた。
「ほんとかわいいね、お前」
そう言ってもう一度優しく抱き上げると、フェレットはそのままサキの肩をよじ登り、彼女のフードに入り込み顔を肩の上に出した形で、また「クックック」と鳴いた。
サキは立ち上がり、肩に出たフェレットの頭を撫でた。
「あんたの名前決めなくちゃね。うーん・・・フェレットだからフェレちゃん。これどう?」
フェレットが犬のような鳴き声で「キュウーン」と鳴いた。
「それ、OKって意味だよね?よろしく、フェレ」
サキは頬でフェレの頭を撫でながら、再びブルシェアに向かって歩き出した。
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