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PHASE 17 「新たなる世界」
一堂は十字架に張り付けられた富野間の姿を無言のまま見つめていた。
そこには富野間の顔はなかった。背格好から、それが富野間と分かるだけだった。富野間の亡骸からは、忘れ去られたかのように首から上はそっくりと失われていた。
一同は、呆気にとられてしばらくその姿に目を奪われていた。本当は見たくないと思いながらも、捕らわれた視線を解くことができなかった。
その姿は、事故で無惨な姿になってしまった佐伯の亡骸とは全く違っていた。そこにあるのは、恐ろしいほど冷酷な人間の意志の塊だった。それは圧倒的な恐怖だった。今まで感じたことのない、圧倒的なおぞましさだった。
すると突然、まぶしい光線に翔たちは包まれていた。翔は戸惑いながらも、その先に見える一つの影にじっと目を凝らしていた。
「マサハル!」
次の瞬間、教会が音を立てて崩れだそうとするのが分かった。翔たちは後ずさりながら、崩れ出す天井を見上げた。
「カケル!早く出るんだ!崩れるぞ!」
リンドウの叫ぶ声が聞こえた。しかし翔は、光を腕で遮りながら、光の中に浮かぶマサハルの影をじっと見つめていた。フィーナも、翔の腕を掴み、側を離れようとしなかった。
「カケルくん!」
ミイは思わず叫び、翔の元に駆け寄ろうとした。しかしその腕はリンドウに掴まれ、引き戻されるように出口へと向かっていた。ミイがリンドウの腕を振り払うように振り返ると、翔たちの姿は立ち込める砂埃の中にすでに埋もれて見えなかった。
「マサハル!」
暗闇の中にうっすらと浮かぶかつての友に、翔は問いかけるように声を掛けた。
「わかってるよ。お前が何を言いたいのか。でも、もう遅いんだ」
マサハルは無機質な眼差しでそう呟くように翔に告げた。
「遅いって・・・遅くなんかないさ!今からだって・・・いつだってやり直せるはずだろ?」
翔は懇願するようにそう言い、マサハルに歩み寄ろうとした。しかし、マサハルは手をかざして、冷めた眼差しでそれ以上近寄ることを拒む仕草をして見せた。
「甘いんだよ、カケルは・・・。だから、傷つくんだ。だから、駄目なんだよ、お前じゃ・・・。サクラの傷は消えない。分かってるだろ?」
「分かってるさ。だけど、はい、そうですかなんて言うわけにはいかないよ」
「でも、もう誰にも止められない。サクラは、俺が守る。俺の全てを捨てでも、俺が守る」
「何言ってるんだ?マサハル・・・。サクラは?サクラはどうしたんだ?!」
「ここは、人間らしくいること、そんな普通のことができない世界なんだ。馬鹿な人間が、権力に溺れたり、暴力に走る。どうしてだと思う?不安だからだよ。絶対的なものがないからだ。誰が悪い訳じゃない」
マサハルはそう言いながら一歩後ずさった。すでにマサハルの目には、人としての感情のひとかけらも感じられなかった。
「だから、俺は悪魔になる。人は俺を憎しみ嫌うだろう。そして、人は俺に恐怖する。絶対的な恐怖。この世界を救うには、それしかないんだよ、カケル。人としての真価なんてどうでもいいんだ。人間らしくいてさえくれれば・・・すべてサクラを守るためだ」
翔はマサハルに駆け寄ろうとした。しかし、その瞬間、翔は目の前に崩れてきた台座に遮られ彼に近づくことすらできなかった。傍らに寄り添うように立っていたフィーナは、翔の腕に手を添える。マサハルは、そんな翔を冷たい眼差しで見下ろしていた。
「この瞬間から、すべての人間は例外なくすべての人間は俺の敵だ。俺に刃向かう人間は、誰であろうと容赦はしない」
翔たちの身体を光は包み込み、そして大きく膨れあがっていった。空間を切り裂くような強烈な波動と轟きが翔とフィーナの身体を包んだ。翔は、咄嗟に剣を抜き去り、襲いかかる光を必死に受け止めるように剣を構えた。
リンドウたちが教会の扉から外に駆けだし礼拝堂を振り返ったときには、すでに中でどのような事が起こっているのか見ることすらできなかった。しかし、教会の壁は確実に崩れ始めていた。
「早く教会から離れるんだ!巻き込まれるぞ!!」
リンドウは教会の前に集まっていた人々にそう叫ぶと、呆然と崩れていく教会を見つめるミイの手を取って走り出した。
「カケルくん!フィーナさん!!」
ミイはリンドウに引かれる手に逆らうように振り返るとそう叫んだが、リンドウはそれを制するように彼女の身体を抱えて安全な場所へと彼女を誘導した。
「大丈夫。カケルたちなら、きっと大丈夫だ」
リンドウはそう言いながら、崩れていく教会を見つめていた。
再び教会の中心から光が飛び散るように走った。すると、崩れた教会の壁や天井は蒸発するかのように瞬く間に消滅していった。
光が収まると、最早そこにはかつてあった教会の姿はなかった。荒れ果てた跡地だけが、舞い上がる砂埃の中に幻想的に浮かんでいた。
「カケル!フィーナさん!」
ミイは光が収まるとすぐに荒れ果てた教会の残骸へと駆け寄り、砂埃の中に翔とフィーナの姿を必死に探していた。
ひろばに集まっていた他の者も呆然とした表情でその光景を見つめていた。しかし、その表情は少しずつ恐怖の表情へと変わっていった。
崩れた残骸の中に姿を現したのは、整然と並び椅子に座った首のない死体と、十字架に張り付けられた富野間の亡骸だった。その姿を見たとき、誰もが言葉を失い、中にはあまりの残酷な光景に吐き出す者すらあった。
「知行なき愚物ども」
その声に、人々の視線は教会の残骸の中心へと向けられた。そこには、碧いローブに身を包み大きな碧色の剣を携えたマサハルの姿があった。
「マサハルくん!?」
有紀はその姿を見てそう叫んだ。その姿からは、かつてのマサハルの面影すら感じられなかった。しかし、有紀の言うようにそれは間違いなくマサハルだった。
「碧空の剣・・・碧の騎士か」
マサハルの姿を見て、リンドウがそう呟いた。
「馬鹿げた権力の争いと稚拙な強欲の支配する生活はもう終わった。今日からはお前達は自由だ。その自由を噛みしめろ。そして自由であることに責任を持て」
マサハルの言葉がひろばに木霊した。彼は人々を睨み付けるように一瞥した後、碧空の剣を大きく振りかざし、空を切るように真横に振り下ろした。すると、剣から空気を裂くような閃光がほとばしり、街を切り裂くように轟音がとどろいた。
「俺はお前達に自由を与える。その代わり、憎しみを捨てろ。強欲を捨てろ。欺瞞を捨てろ。そして人のためにのみ生きろ。争う者、抗う者、人を拒む者は、容赦なく俺が死を与える」
富野間が最初に演説したときのようなどよめきすら起こらない。圧倒的な威圧感に、人々はただ言葉を失い聞くことしかできずにいるように見えた。
「憎しみが心を支配するときは、この俺を憎むがいい。抗うなら、この俺に立ち向かえばいい。拒みたければ、この俺から逃げればいい。ただし、俺はどんな者も容赦しない。俺の前では、誰もが生きるか死ぬか、それだけだ。この者たちのように」
マサハルはそう言って首のない亡骸達を指さした。頷く首すら失った亡骸達は、じっと佇んでいることしかできない。
「マサハル・・・」
その声は、崩れた残骸の中から微かに響いた。丸く積もった瓦礫が音を立て崩れ始め、その中から赤い鎧に身を包んだ翔の姿が現れた。片手に気絶したフィーナの身体を支えたまま、翔は碧いローブに身を包むマサハルを見つめていた。
「それが・・・お前の望む世界なのか?」
翔の声は静かに瓦礫の中に木霊した。亡骸に囲まれたマサハルは、ゆっくりと視線を翔へと向けた。
「世界が俺を望んだんだ」
「俺はそんなマサハルを望んでなかった」
翔はそう言いながら剣を構えた。
「すべてが自分の望むようになる訳じゃないさ」
マサハルは翔に合わせるように碧色の剣を再び天に掲げた。「残念だが、今のお前の力じゃ、俺には勝てない」
マサハルの冷酷な視線が翔を刺した。その瞬間、躊躇うことなくマサハルの剣は振り下ろされた。光の矢が、翔に目掛けて一直線に走った。翔はフィーナを抱えながら、片手で剣で光の矢を受け止めた。しかし翔の剣はもろく砕け散り、飛散した光の矢はフィーナを庇う翔の腕や肩に突き刺さった。
「ぐっ!」
翔は片膝を付きその場に崩れ落ちそうになるのを必死に耐えた。
「カケルくん!」
ミイが思わず叫び駆け寄ろうとした。しかし、それより先にマサハルの剣は再び大きく振り下ろされた。
「マサハル!!」
翔の叫びと共に、広場を横断するように長く伸びた光の筋は、翔に向かって放たれた。翔は観念するかのようにフィーナの身体を強く抱き寄せた。
すると、抱きしめようとしたフィーナの身体がすべるように翔の腕の中から姿を消した。翔は思わず顔を上げると、目の前に翔を庇うように立ちはだかるフィーナの姿があった。彼女は精一杯の力で翔を守ろうと、両手を広げ結界の呪文を唱えていた。
「無理だフィーナ!」
翔が叫ぶと、フィーナはゆっくりと振り返り、翔に微かな笑みを浮かべて見せた。口元が、何かを告げるように微かに動く。その目元にはうっすらと涙が流れているのが見えた。
「ありがとう」
彼女の口元はきっとそう告げていたに違いない。しかし、その彼女の笑顔は弾けるような光に包まれながら消え失せた。翔は彼女を抱き寄せるように、光の中に手を伸ばした。しかし、翔の伸ばした腕は空を切り、そこには微かな温もりが残っているだけだった。
「フィーナァァァァ!」
翔は雄叫びを上げると、消えていく光を抱きかかえるようにその場に膝をついた。
先ほどまでの喧騒が嘘のように、広場に静寂が訪れた。誰もが言葉を失い、翔の腕の中で消えていく仄かな光を見つめていた。
「・・・マサハル」
訪れた静寂の中、翔の声が微かに響いた。翔はおもむろに顔を上げ、表情ひとつ変えず立っているマサハルを睨み付けるように見つめた。
「許さない・・・どんな理由であろうと・・・お前だけは・・・」
「カケルくん!」
ミイは叫んだが、なぜか翔に駆け寄ることはできなかった。
「マサハルゥ!!」
翔は突然立ち上がると、殴りかかろうとするかのようにマサハルに向かって走り出した。人のものとは思えないほどのスピードで、瞬く間にマサハルの目の間に迫っていた。しかし、マサハルは動揺した素振りひとつ見せず突き出された拳を手で受け止めると、同時に翔に向けて剣を真横に振り抜いた。翔は素早い動きでマサハルの剣をかわすと、そのまま距離を置くように後ろに飛び退いた。そして、瓦礫の中に埋もれていた剣を手に取り、彼に向けて構えて見せた。
「俺はどんな者も容赦しない。そう言ったはずだ」
マサハルの言葉が冷たく木霊する。
しかし、マサハルがそう告げるのを待たずに、翔はマサハルに斬りかかっていた。一瞬にしてマサハルの懐に忍び込んだ翔は、空気を切り刻むように剣を交差させる。マサハルは思わずのけぞるように後ろによろめいたが、翔の剣は彼の碧いローブを数カ所破いただけだった。
「グランドキーパーユニットか」
マサハルは確認するようにそう呟いた。しかし翔はじっと涙のたまった目で彼を睨み続けるだけだ。
「そんなモノを使っても無駄だ。富野間は何とかなると思っていたみたいだが」
翔は無視するように再びマサハルに飛びかかろうとした。しかし、突然彼の身体は強い力に抑え込まれ身動きができなくなっていた。いや、実際はその気があれば振り払うこともできたのだと思う。しかし、心の奥深くにそれをさせない自分がいることを、翔は自覚していた。
「お願い・・・もう止めて・・・カケルくん・・・お願い・・・」
翔の背中に抱きながら、ミイの呟く声が翔の耳元に聞こえていた。翔はただ、溢れ出る涙を止めることができないまま、マサハルをじっと睨み続けていた。
「容赦しないと言ったはずだ」
凍り付くようなマサハルの言葉が響いた。有紀が何かを叫び駆け寄ろうとするのがわかった。しかし、それより先にマサハルの剣は再び大きく振り下ろされた。
目の前でフィーナとミイの悲しげな笑顔がフラッシュバックする。そして、光の中に溶け込んでいく。
そこに見えるのは、消えていく笑顔と、暗闇に支配された絶望だけだった。
<第一章 完>
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