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PHASE 16 「守るべきもの」
「あれはいったい?」
リンドウは波のように押し寄せてくるモーヴの群れを眺めながら呟いた。
先頭を走るモーヴたちは足を止めると、おもむろに建ち並ぶ建物のドアを破壊し、建物の中へと次々と雪崩れ込んでいった。モーヴたちは建物に潜んでいた街の人たちを外に引っ張り出すと、見境なくその人たちに襲いかかった。
「助けないと!」
ミイは目の前で起こる非道極まりない事態に咄嗟にそう叫び、彼らを助けに走り出そうとした。しかし、引き留めるようにその腕をリンドウが掴んでいた。
「駄目だ!数が多すぎる!」
リンドウは悲痛な眼差しを見せるミイを諭すようにそう言った。
「でも・・・」
「今は少しでも多くの人を避難させることが優先だ!俺たちにできることは・・・それくらいしかない」
すでに周りには、騒ぎに気がついて続々と街の人たちが道へと出てきていた。彼らはモーヴの群れを確認すると、慌てふためくように騒ぎ出した。逃げようと駆け出す者、再び建物の中に隠れようとする者、事態は急速に混乱を増していった。
既にそばにいたはずのグランドキーパーたちは逃げだしていた。モーヴたちは、街の人々に襲いかかりながらじりじりとミイたちの方へと近づいてきていた。
「避難させると言っても、いったいどこへ?」
「俺はみんなを教会へ誘導する!ミイは有紀のところへ!早く避難するように伝えるんだ!」
リンドウはそう言うと、慌てふためく人々に叫びながら、教会へと誘導し始めた。ミイはリンドウに指示されたとおり、すぐに有紀の部屋のへと向かった。
「有紀さん!」
部屋に駆け込むと、有紀はカーテンの陰に隠れるようにして部屋の窓から外を眺めていた。ミイが入ってきたのに気がつくと、有紀は窓を離れミイに走り寄ってきた。
「ミイさん!早く逃げないと!」
「有紀さんも早く!」
ミイが叫ぶと有紀は首を振った。
「彼女を残していけないわ!」
ミイはベッドに横たわる女性に目を向けた。いくら女性と言っても、女二人だけで運ぶのは至難の業だ。ミイがどうすべきか躊躇していると、廊下からけたたましいモーヴの呻き声が聞こえてきた。
「もうこんなところまで!」
ミイはドアから顔を出し廊下を確認すると、数体のモーヴがミイの姿を確認するやいなやこちらに向かって走り出してきた。モーヴは素早い動作で壁を這うように飛び上がると、ミイに飛びかかってきた。
ミイは咄嗟に手をかざし魔法を放った。ミイの手のひらから光の矢が放たれモーヴの腹部を捉えると、モーヴはミイの目の前で失速しそのまま床に転げ落ちた。しかし、その後ろから更に飛びかかってきたモーヴの爪がミイを襲った。ミイは咄嗟に避けようとしたが、モーヴの爪はミイの肩をえぐった。深手ではなかったものの、モーヴの爪はミイのローブを裂き、その肩からはじんわりと赤い血が滲んでいた。ミイはよろけるようにドアの中に身を倒すと、再び襲いかかろうとするモーヴを遮断するように勢いよくドアを閉めた。
ドアの外のモーヴは、ドアを蹴り破ろうと何度もドアに身体を打ち付けてきた。ミイは、ドアを必死に抑えながら、再び手のひらをかざした。手のひらが光ると、部屋全体を覆うように輪になって広がっていった。光が部屋を包み込むように壁の中に吸い込まれていくと、ドアの外で身体を打ち付けていたモーヴの音が、突然鳴りやんだ。
「ミイさん!大丈夫!」
肩の怪我を心配して、有紀がミイに走り寄ってきた。
ミイは痺れる肩を庇いながらも、有紀に頷いて見せた。
「この結界も2分ぐらいしか保ちません。どうにかして逃げ出さないと」
ミイは唇を噛みしめるようにそう言った。ミイは自分の無力さに腹立たしさを覚えていた。
有紀はおもむろにクローゼットに歩み寄ると、扉を開きその中からレイピアを取り出した。
「強行突破しかないわね」
有紀はそう言ってドアに歩み寄った。
「彼女を頼むわね、ミイさん」
「ちょっと待ってください!」
ドアを開けようとする有紀を制するようにミイが叫んだ。有紀は一瞬動きを止めたが、決心したようにドアノブに手を掛けた。
「ちょっと待ってください!彼女が!」
もう一度そう叫ぶミイの声を聞き、有紀は一旦ドアノブから手を離し後ろを振り返った。すると、ベッドに寝ていたはずのあの女性が身体を起こし有紀を見つめていた。
「有紀さんとミイさんですね。ご心配お掛けして申し訳ありません。わたしはもう大丈夫です」
彼女はそう言うと、ベッドから起き上がりミイたちの前に立った。
「あなたどうしてわたしたちの名前を?」
有紀は呆然としながら彼女を見つめていた。しかし、目の前のドアが再び大きな音を立て始めたのに気がつくと、我に返ったようにドアノブを握りしめ、開かないようにぐっと力を入れた。
「もう結界が解けます!」
ミイが叫ぶと有紀はドアを抑えつけながら頷いて見せた。
「話は後ね。今はここから脱出しないと。あなた走れる?」
有紀がそう尋ねると、女性は深く頷いて見せた。
「じゃあ、行くわよ!」
そう叫ぶと同時に、有紀はドアを勢いよく開いた。不意に開いたドアに肩すかしを食らうように、モーヴがドアの前に転がり込んできた。ミイはすかさず手を振りかざすと、モーヴに向かって勢いよく炎の玉を投げ飛ばした。
モーヴが一瞬にして炎に包まれる。しかし、モーヴは炎をものともしないように、身体を包む炎を跳ねとばすように振り払った。有紀はその一瞬を見逃さず、モーヴの背中にレイピアを突き刺した。モーヴはもがき苦しむように再びその場に倒れ込んだ。
「よし、今よ!」
有紀の合図にあわせて、三人はドアを擦り抜け廊下に出た。まだ廊下には数匹のモーヴがミイたちを待ち構えていた。
有紀はレイピアを構え、躊躇なくモーヴに向かって突進していった。有紀は、そのまま素早くモーヴたちに斬りかかった。一匹目のモーヴの脇腹にレイピアを突き刺すと、上手にもう一匹のモーヴの攻撃をしゃがみながら避ける。有紀はすばやくレイピアを引き抜くと、そのモーヴを下から突き上げるように斬った。ミイは有紀の素早い動きに驚きながら、呆気に取られてその様を見つめていた。しかし、すぐに背後に隠れていたモーヴが有紀に襲いかかるのが見えた。
「有紀さん!」
ミイはすかさず彼女に保護の魔法をかけた。淡い青い光に包まれた有紀は、見えない壁に守られているかのようにモーヴの攻撃を跳ね返した。そして、次の瞬間には有紀の突き出したレイピアがモーヴの胸を捉えていた。
「有紀さん!あんまり無茶しないでください」
ミイが有紀に駆け寄ってそう告げると、有紀は肩で息をしながらも笑顔で頷いた。
「これで何とか建物からは出られそうね。問題はその後ね。外もモーヴで溢れているだろうし。どうやって避難するか・・・」
「リンドウさんは街の人たちを教会に避難させてました。とりあえずそこに向かいましょう」
ミイの言葉に有紀は頷いた。
「わたしはここでお別れさせて頂きます」
歩き出そうとする有紀に、ミイの横に立っていた女性はそう言った。
「別れるって、どうするつもりなの?」
有紀は彼女と向き合うように振り返るとそう尋ねた。
「申し訳ありません。どうしてもやらなけれならないことがるのです」
「どうしてもやらなければならないこと?」
「はい。彼を・・・カケルさんをこの街に連れ戻さなければなりません」
彼女は真っ直ぐな眼差しで有紀を見つめながら言った。
「カケルくんのことも知ってるの?あなたはいったい・・・」
「今は理由を説明している余裕はありません。早くしないと、手遅れになります」
彼女は驚いた顔で見つめるミイに視線を移すと、諭すようにそう言った。
「でも、カケルくんは今どこにいるのか・・・」
「大丈夫です。彼は今、この街から離れた小さな村にいます」
「あなた?彼がどこにいるか分かるの?」
有紀も驚いた様子で彼女に尋ねた。彼女は、ゆっくりと頷いて見せた。
「必ず彼を連れて帰ってきます。安心してください」
彼女はそう言うと、ミイに微笑んで見せた。まるですべてを包み込むような、優しい穏やかな笑顔だった。彼女はそのままゆっくりと目を瞑ると、祈るように手を握りしめた。
「ねえ、待って。あなたの名前は?」
ミイはふと消えてしまいそうな彼女を呼び止めるように、そう尋ねた。
「わたしはシュリ。あなた方と運命を共にする者です」
彼女はおもむろに目を開き、ミイにそう答えた。しかし次の瞬間、まるで光が弾けるように、その場から姿を消していた。
「ねえ!どうなってるの!お願いだから助けてよ!」
突然、リンドウにしがみつくように一人の女性がすがりついてきた。彼女は、泣きじゃくりながらリンドウの足元に膝をついた。
「大丈夫だ!とにかく教会に逃げるんだ!」
リンドウは彼女を抱え上げ立たせると、そう言って走るように促した。彼女は頷くと、おぼつかない足取りで教会に向かって走り出した。
リンドウも逃げまどう人たちを誘導しながら、同じように教会に向かって走り出した。混乱する人たちを何とか避難させようと走り回っては見たが、恐らく半数以上の人たちはモーヴたちの犠牲になっていただろう。そんな状況に、リンドウは舌打ちしながらも、必死に声を張り上げ街の人たちを誘導していた。
「リンドウさん!」
自分を呼ぶ声に、リンドウは足を止め辺りを見まわした。すると、声のした方向からミイと有紀が走ってくる姿が見えた。
「早くするんだ!」
リンドウは二人がそばに来ると、そのまま促すように教会に向かって走り出した。
「ねえ。教会に避難してどうするの?」
走りながら有紀が尋ねた。
「分からない!でもあの建物なら頑丈だから、それなりに時間は稼げるだろう。その後のことはまた考える!」
「相変わらず行き当たりばったりね!」
有紀が笑みを浮かべそう言うと、リンドウはウインクでそれに答えた。
三人が教会にたどり着くと、教会の前には人だかりができていた。リンドウたちは何事かと思い、人を掻き分け教会の入り口まで進み出た。
教会の入り口は開いていた。まず先にリンドウが歩み出て、教会の中を伺った。
「これは・・・」
リンドウはその光景に言葉を詰まらせただ見つめることしかできなかった。リンドウに続くようにミイと有紀も、教会の中を見ようと歩み寄ってきたが、リンドウはそれを制するように二人の行く手を遮った。
「見ない方が良い」
リンドウはそう言うと、突然教会の前に集まっていた人たちが騒ぎ始めた。ミイが振り返ると、既に広場を取り囲むほどのモーヴが目の前に溢れていた。
「くそっ!」
リンドウはそう舌打ちしながら、こうなったら観念するしかないと、教会への前へと歩み出た。しかし、次の瞬間目が開けられないほどの閃光が辺りを包んだ。
街を包む光は、どうやら教会の屋根から広がっているように見えた。リンドウはうっすらと開けた目で教会を見上げると、光の中心で碧く光る剣だけが鮮明にリンドウの目に映った。
「まずい!みんな伏せるんだ!早く!」
リンドウがそう言い、ミイと有紀を庇うようにその場にかがみ込んだ。それと同時に、まるで空気を切り裂くような耳鳴りが、ミイの耳を付き、激しい光が辺りを覆った。それは、教会を中心に弧を描くように広がっていった。
光が収まり、ミイが恐る恐る目を開け立ち上がると、目の前には信じられない光景が広がっていた。
溢れるように群がっていたモーヴたちの姿は疎か、教会から眺めるように広がっていた街並みがもろくも崩れ去っていた。
翔は突然目の前に現れた崩れたシュールの街並みを眺めながら、おもむろにシュリに視線を移した。
「これはいったい?」
シュリも同じように崩れ去った街並みを眺めた後、そう尋ねる翔に視線を移した。
「遅かったようですね・・・」
シュリは残念そうにそう呟いた。
「遅かったって?まさかファリスに襲われて街が・・・」
翔の問いに今度は首を振ってシュリは答えた。
「ファリスのモーヴたちが襲ってきたのは事実ですが、たぶん違います。とにかく急ぎましょう。彼らは教会にいるはずです」
そう言って、シュリは足早に教会に向かって歩き出した。訳も分からぬまま、翔とフィーナは彼女を追うように歩き出した。
「彼らって・・・?」
「あなたの友達のことです」
「ミイたちのことか?」
「はい。でも、問題はもう一人のお友達の方です」
彼女の言葉に翔は一瞬考え込むように顔を伏せた。
「マサハルのことか?」
翔はすぐに顔を上げると、問い詰めるように彼女に尋ねた。シュリは、それに無言で頷いて見せた。翔は彼女の曇る表情に不安に駆られながら、足を速め教会に向かった。
翔たちが教会にたどり着くと、教会の周りには焦燥とした人の群れがあった。その背後には、崩れ去った街並みとは裏腹に、今までと何ら変わりのない教会が建っていた。しかし、翔には今までとは違った重苦しい雰囲気に包まれているように感じられた。酷く寂れて、色鮮やかに輝いていたはずのステンドグラスも色を失い、まるで時間が止まっているように見えた。
翔は泣き崩れたり怪我をして地面に座り込む人たちを眺めながら、教会の前へと進んだ。フィーナは翔の陰に隠れるように、翔の後について歩いていた。
人混みの中にリンドウ達の姿を見つけると、翔は駆け寄りながら声を掛けた。
「リンドウさん!いったい何があったんですか?」
リンドウは翔の姿に気がつくと、喜びもつかの間に厳しい表情を翔に向け首を振って見せた。
「わからん。ただ・・・」
リンドウはそう呟きながら、じっと教会の扉の奥の闇を見つめていた。
翔はゆっくりと一人その扉に歩み寄った。するとリンドウがすかさず翔の肩を掴み、制するように首を振った。しかし、翔はそれを制するように頷くと、翔は闇に目を凝らしながら教会の中へと足を踏み入れた。振り返りはしなかったが、背後にフィーナが付き添うように続いているのがわかった。その後に、リンドウと有紀とミイの足音が続いた。
明かりはすべて消され、正面に据え付けられたステンドグラスから漏れる僅かな光だけが、室内をほんのりと照らしていた。
人の気配はなかった。人の気配どころか、動く者の気配すら感じなかった。むしろ翔は、まったく身動きのない不気味な塊の気配だけを感じていた。
目が慣れてくると、少しずつ視界が開けてきた。最初に目に飛び込んできたのは、礼拝堂の椅子にもたれ掛かるように座っていた数人の姿だった。翔はゆっくりと彼らに近づきその顔を確認しようとした。
「どう見ても・・・死んでるわね・・・」
有紀が歩み寄るように隣に立ちそう呟いた。
その言葉を聞いて、翔は思わず死体から退き、じっとその亡骸を見つめていた。よく見ると、彼らの身体には頭がなかった。首から先が、そっくりと無くなっているのだ。
翔は言葉にならず、ただその死体をじっと見つめることしかできなかった。
「酷い・・・」
翔の腕をそっと掴み、その陰から覗き込むようにして見ていたフィーナがそう呟いた。
死体は全てで5体ほどあったが、中には女性も含まれているように見えた。よく見ると、見たことがある服装の者がいくつかあった。
「この人たち・・・」
有紀が再び苦しそうにそう呟く。寄り添うフィーナの動悸が息苦しそうに速くなっているのが、腕を伝って感じられた。
「サクラを・・・襲った奴らだ」
翔は唇を噛みしめながらそう言った。
有紀は死体の側を離れると、ゆっくりと奥へと進んでいった。翔もそれに続くように、ゆっくりと祭壇の方へと近づいていった。
祭壇には、キリスト教をモチーフにした十字架が掲げられていた。翔は、そこに圧倒的な存在感のようなものを感じていた。入ったときから感じていた不気味な塊の気配は、そこから漂っているように感じた。
礼拝堂の中に何かが飛ぶ音が突然鳴り響いた。そして、それと同時に正面のステンドグラスが突然大きな音を立てて割れた。
フィーナがその音に驚いて小さな悲鳴を上げた。見上げると、割れた窓から光の筋が差し込み、まっすぐ祭壇へと注がれていた。一同の視線は、一斉に祭壇へと向けられた。
誰もが言葉を失っていた。祭壇の十字架には、打ち付けられた富野間の姿があった。今にも動き出しそうなほどリアルな姿で、彼の身体はその十字架に張り付けられていた。
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