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PHASE 14 「命脈の意志」
翔は、暗い闇の中で佇んでいた。
真の闇とはこういうことを言うのだろう。微かな光もない部屋の中は、完全なる闇に包まれていた。
自分の手も、足も、身体も、顔も、この闇の中では何処にあるかすら分からない。自分が、いったい何を見ているのか、どちらを見ているのかも分からない。本当に目が存在しているのかすら、分からなくなってくる。
人というのは、何かを感じるとき、対象となるものを必要とするものだ。視覚も、見えるものが闇だけになってしまえば無意味なものになってしまうのだ。翔は暗闇の中でそんなことを考えていた。
だとすると、人の心も対象を失ったとき、その意味を失うのかもしれない。翔はそう思った。誰かを思うことを止めたとき、人の心はその意味を失うのだ。
ならば、自分という存在を消してしまったらどうだろうか?サクラの心の傷は消えるだろうか。翔は、首を振ってその自らの問いに応えた。
それは自惚れというものだ。翔はそう自分自身に呟いた。サクラの心の傷は自分という存在にあるわけではない。ただ、自分の言う存在が彼女の心の傷の要因になっただけだ。翔自身の存在が消えようとも、彼女の傷が癒えることは決してない。起こってしまった出来事を、なかったことにすることもはもう不可能なのだ。
「俺は・・・ずるい人間だ」
翔がそう呟くと、暗闇の中からしなやかな指が伸びてきて、翔の顔をそっと包んだ。
「あなたは何も悪くないの。何も。すべて忘れて、わたしと一緒に生きていけばいいのよ」
フィーナは優しく翔にそう呟くと、ランプに明かりを灯した。
「スープを用意したんだけど、食べられる?」
フィーナはスープを盛った皿を翔に差し出しながらそう言った。翔はフィーナの言葉に促され、重い身体をおこし彼女からスープを受け取った。しかし、受け取ったものの、翔は微かに揺れるスープをじっと見つめているだけだった。
仄かなランプの灯火に照らされ、薄汚れた小屋の壁が翔たちを包むように揺れ動いて見えた。
翔は、サクラの件があってから自責の念に苛まれる日々が続いていた。そんな翔を見て、すぐにでも街を出ることを提案してきたのは彼女の方だった。
元々はマサハルから碧空の剣を受け取り、あの剣と一緒に街を出るつもりでいた。そのために、あの日翔はマサハルの部屋へと向かったのだ。しかし、あの件以来マサハルに会うことはなかった。街を出る前、一度だけ彼の部屋を訪れたが、マサハルは部屋にはいなかった。正しく言うと、彼の部屋はすでにもぬけの殻だった。彼の姿も、碧空の剣も、すべてその部屋から忽然と姿を消していたのだ。詳しくは聞けなかったが、あの事件を境にマサハルは忽然の姿を消したらしい。恐らく嫌気が差して街を出たのではないかというのが、話を聞いたシティキーバーの見解だった。
また時を同じくして、あれほどサクラを気に掛けていたマル太もシュールの街から忽然と姿を消していた。むしろ、あの場にマル太が駆けつけてこなかったこと自体が不自然なのだ。あのときのミイの眼差しは、サクラを襲った男を瀕死に追いやった張本人はマル太だろうということを暗に告げていた。恐らく、その予想に間違いはないだろうと翔も思っていた。
彼を決断させたのはやはりサクラの一件なのかも知れないが、マサハルも恐らく同じことを考えていたのだろうと思った。碧空の剣を持っている以上、あの街を危険にさらすことになるのは確かだ。恐らく彼は、最初からそうするつもりだったのだろうと翔は思った。
マサハルが碧空の剣と共に姿を消した以上、翔にはどうすることもできなかった。できることがあるとするなら、彼と同じように街を出ることだろう。翔自身の存在が、あの街を危険にさらすことになるのは変わらないからだ。
翔はマサハルが姿を消したことを知ると、フィーナの提案を受け入れすぐにでも街を出ることを決意した。街を出ることは、誰にも伝えなかった。余計な心配をかけるだけだと思ったからだ。
しかし、それはていの良い言い訳なだけで、本当は逃げだしたかっただけではないか、と翔は思う。
フィーナの言うように、翔は何もかもを忘れられることを望んでいる。サクラのことも、マサハルのことも、佐伯の死や富野間のことも、すべてを忘れたいと願っている。翔はそんな自分のずるさを、今でも否定できずにいた。
翔はスープを何とか食べ終えると、ぐったりとした様子で壁にもたれ掛かった。フィーナは皿を片づけると、翔に寄り添うように隣に座り、静かに翔の肩に首をもたれかけてきた。
「今度は、わたしがあなたを守る。だから安心して」
フィーナの言葉に、翔は頷くことも首を振ることもできずに、ただ仄かに揺れるランプの炎を見つめていた。
フィーナがおもむろに身体を起こしふっと息を吹きかけてランプの炎を消すと、辺りは再び闇に包まれた。闇の中で翔はフィーナと寄り添いながら、更に深い闇へと吸い込まれていくように感じた。
朝を迎えてすぐ、翔とフィーナは小屋をあとにした。
あまり同じ場所に留まり続けるのは危険だった。しかし、だからと言って行く宛があるわけではなかった。とりあえず、ギドたちを探そうと思ってはいたが、手掛かりとなるものは何一つない。今は、危険を避けながらただ先に進むしかなかった。
フィーナには、街を出る前に理由をすでに話してあった。獣人と化したファリスのプレーヤーたちに襲われる可能性があることも、彼女は承知していた。しかし、彼女は話を聞いたときも特にひるむ様子もなく、むしろ心強い言葉で翔を励ましてくれた。
何となくだが、その日の朝は気持ちが幾らか晴れたよう気分がしていた。昨夜フィーナが言っていたように、いつまでもふさぎ込んでいるわけにはいかないことは確かだと翔は思った。サクラのことやマサハルのことを忘れるわけにはいかないが、今はまず自分たちの身を守ることを考えなければいけない。少なくとも、彼女を守らなければいけないのだ。同じ過ちを二度繰り返すわけにはいかない。
街を出てから、すでに4日が過ぎようとしていた。この4日間、行く宛もなく翔たちは森を彷徨い続けた。とりあえず、ナイジェルたちがねぐらとするリーンのある方向に向かうのは危険だと思い、それとは逆方向に進んでいる。
今のところ、ナイジェルの手下たちが追ってくる気配は感じない。しかし、いずれ追ってくることは間違いないだろう。というのも、翔はところどころに自分の痕跡を残してきたからだ。翔が街を出たからと言って、それを奴らが気づいてくれなければ街に危険が及んでしまう。そこで翔は、明らかに自分と分かる痕跡を残すことにしたのだ。それは、翔が赤い騎士と呼ばれる所以でもある、この深紅のマントだ。翔は、マントの切れ端を様々な場所に痕跡として残してきた。その切れ端には、彼らを挑発するように、碧空の剣は自分が持っていることを記してある。
奴らは翔がわざわざそんな事をする理由をすぐに理解するだろう。そこに疑問を持つことはないはずだ。翔自身が街に及ぶ危険を考えて、街を出るという行動は奴らとて容易に想定すると思うからだ。彼らは翔や碧空の剣がないシュールの街には興を示さないはずだ。翔の目的がシュールの街を守ることにあることが明白でも、彼らにはシュールを襲う理由はこれっぽっちもないはずなのだ。
翔は彼らが妙な勘ぐりをせず、素直に翔を追ってきてくれることを願っていた。しかし、だからといって彼らに捕まるわけにもいかない。フィーナを危険な目に遭わせる訳にはいかないからだ。そう考えると、フィーナを連れてきたことが本当に正しかったのかどうか、翔は判断に迷う。
ここに来て翔の心にも変化が訪れようとしていた。このままフィーナを連れて旅をすることは彼女を危険にさらすことになるのは明らかだ。街を出た当初は、サクラのこともあり自暴自棄になっていたようにも思うが、今は少しずつ冷静な判断ができるようになってきていた。
翔はもし途中にそれなりに平和な街があれば、そこにフィーナを残すということも少なからず考えていた。翔自身が一緒にそこで暮らすわけにはいかないが、たびたび訪れることはできる。翔自身は、場所を特定せず旅をすれば良いだけだ。彼女を置き去りにするわけではない。旅に出るだけで、定期的に彼女の元に帰ってくることを約束すれば、彼女も納得してくれるだろうと思った。何よりも、このような不安な旅を彼女に強いるのはそれだけで彼女には重荷に違いないのだ。
とにかくそれまでは、ナイジェルの追っ手が翔たちに及ばないことを願うしかない。翔はそんなことを考えながら、隣を歩くフィーナをふと見つめた。
「どうしたの?」
フィーナは屈託のない笑顔でそう尋ねてきた。翔は返す言葉が見つからず、ただ笑顔でそれに答えた。するとフィーナは同じように笑顔で答え、嬉しそうに翔の横を歩いていた。考えてみれば、街を出てから笑顔を見せたのは、これが初めてかも知れないと翔は思った。彼女の存在が、翔の傷を少しずつ癒してくれているのだと、翔は改めて感じた。
二人はそれまでと同じように、森の中をひたすら歩き続けた。幸いなことに、それほど凶暴なモーヴに鉢合わせすることはなかった。避けて通れそうもない場合は、仕方なく翔が先に進みモーヴを一通り倒してから進むこともあったが、なるべく戦う必要がないよう、モーヴを見つけると気づかれないよう迂回しながら道を進んだ。ほとんどのモーヴは近づきさえしなければ危害はない。それはゲームと同じだ。モーヴたちの動きをあまり荒げたくはないという気持ちもあった。それだけで、ナイジェルたちに現在の居場所を知られてしまう危険性があったからだ。
「ねえ、あれを見て」
そろそろ日が暮れ始めようという頃、フィーナが立ち止まり何かを指さして言った。指の先には、木製の杭で作られた柵のようなものが見えた。
「小屋かな。ちょっと見てみよう」
翔はそう言うと、彼女が指さした方向に歩き出した。近づくと、確かに何かを囲うように木の杭が立ち並び壁を作っていた。その高さは翔の背丈の倍ほどもあり、遠くまでその壁は続いていた。それなりに大きな空間を仕切っているように見えた。
「小さな村みたいだね。もしかしたら、誰かいるかも。中に入ってみよう」
翔はそう言い、入り口を探して壁に沿って歩き始めた。すぐ先に、村の入り口らしき門が見えた。モーヴの侵入を防ぐためだろう。門は固く閉ざされていた。
翔は突然門を開けるのも無粋と思い、とりあえず門に取り付けられたドアノックを数回鳴らしてみた。しかし、人がいそうな気配はまったくしなかった。
「誰もいないみたいだね。中に入れないかな」
翔は調べるように門を眺めながら手を掛けると、門は意外にも抵抗なく動いた。翔が力を入れ門を押すと扉は難なく開いた。
中は見回せるほどの小さな村で、いくつかの小屋が建ち並んでいた。やはり人がいる気配はない。あんなことがあったのだから、こんな森の奥の村に人がいないのは当然かも知れないと翔は思った。
「今夜はここに寝泊まりしようか」
翔はそう言うと門の扉を閉め、念のため中から扉の錠前を差し込んだ。二人は中に進み、とりあえず一番近くにあった小屋を覗き込んだ。
部屋の中には、ベッドや電灯まで据え付けられていた。まるで、つい先ほどまで誰かが暮らしていたかのような雰囲気だ。しかし、当然の如く人の影は見あたらなかった。ベッドも丁寧に整えられている。恐らく、本当はプレーヤーがダンジョンなどに立ち寄った際に利用する宿泊施設なのだろう。ただ、プレーヤー全員がこの地下施設に閉じこめられてしまうという事態が起きて、結局誰も利用することがないまま放置されていたのだろうと翔は思った。
「今夜は久しぶりにベッドで寝られるね」
翔がそう声を掛けると、フィーナは恥ずかしそうにはにかんで見せた。翔はその意味を何となく察すると、恥ずかしくなってふと顔を逸らした。
二人は持っていた荷物をその小屋に置くと、フィーナは水場を探してくると良い小屋を出て行った。翔も小屋を出て、とりあえず村の中にある小屋を一軒一軒調べていった。
特に変わった様子はないが、やはりどの小屋もつい最近まで使われていたかのように整然としていた。きっちりと片づいているのだが、どこかしら生活感が漂っているような気がした。
もうひとつ翔には気になる点があった。匂いだ。微かだが、人の匂いがする。それも、あまり思い出したく匂いだ。それが血の匂いであることに気がつくと、翔は不安になりながらその匂いを辿るように村の中を見て回った。
一番奥にある小屋の裏手にある納屋らしき建物を見つけると、翔は恐る恐るその納屋に歩み寄った。近づく毎に、鼻をつくような血の匂いが漂ってきていた。もはや、それは血の匂いであることは明らかだった。翔が観念したようにゆっくりと納屋の扉を開けると、そこには目を覆いたくなるような悲惨な光景が広がっていた。プレーヤーらしき人間が数名、折り重なるようにして放置されていたのだ。むろん、息をしているような気配はまったく感じられなかった。
翔が吐きそうになるの堪え扉を閉めると同時に、フィーナの叫び声が響いた。翔はすぐさま彼女の声がした方へと駆け出した。
「フィーナ!」
フィーナは小屋に囲まれた村の中央で、腰を抜かしたかのように地面に倒れていた。そしてその後ろには、見たことのある男が嘲笑を浮かべ翔を見ていた。
「思ったより遅かったな。赤の騎士よ」
「お前・・・まだ生きてたのか」
「この俺様がそう易々と死ぬとでも思ったのか?」
翔が尋ねると、男は笑い声を上げてそう答えた。それは、以前洞窟であったラザドというファリスの男だった。
「しかし女も一緒だとはな。良いご身分だな」
そう言いながらラザドがフィーナに近づくような素振りを見せた。しかし、翔はそれよりも早く彼女に走り寄ると、フィーナの前に立ちはだかり剣を構えた。
「ほほう。切れるのか?人間であるこの俺を」
ラザドはそう言って更に一歩踏み込んできた。その瞬間、翔の剣が空を斬り、ラザドの甲冑の脇腹の部分が大きく裂けた。
「それ以上近づくな。彼女には指一本触れさせない」
翔は鋭い視線でラザドを睨み付けながらそう言った。
「ちょっとは楽しめそうだな。お手並み拝見といこうか!赤の騎士の実力とやらを!」
ラザドは叫ぶと、2メートルはありそうな大剣を翔に目掛けて振り下ろしてきた。翔はフィーナを抱きかかえると、咄嗟に後ろに飛び退いた。ラザドの剣は空を斬り、勢いよく地面に突き刺さった。
「フィーナ!小屋の陰に隠れるんだ!早く!」
翔が叫ぶと、我に返ったフィーナは震えながらも頷き小屋の陰へと駆けていった。ラザドはすでに二の太刀を振るわんと、大剣を振りかざしていた。
すぐにラザドに向き直った翔は、振りかざされた大剣に躊躇することなくその懐へと飛び込んだ。それと同時に、飛び込んできた翔に目掛けてラザドが剣を薙ぎ払う。翔は少しだけ身体をずらし、わずか数ミリという間合いでラザドの剣を避けると、ラザドの裂けた甲冑目掛けそのまま剣を一直線に振り抜いた。
剣がラザドの甲冑を砕く鈍い感覚が翔の腕に伝わってきた。
「甘い!」
見ると翔の剣は男の脇腹にあと少しで達しようというところで、ラザドがもう一方の手で引き抜いた剣で受け止められていた。ラザドは再び大剣を振り下ろし、その剣は翔の肩を捉えその甲冑を粉々に砕いていた。
「カケルさん!」
フィーナの悲痛な叫びが木霊した。翔の腕が、肩の傷からしたたり落ちる鮮血で赤く染まる。しかし、それと同時にラザドもよろめくようにその場に膝間付いた。翔の剣は、ラザドの剣を砕き、その脇腹に突き刺さっていた。
翔はラザドの腹から剣と引き抜くと、素早い動作で後退した。
「大丈夫。ちょっと肩をかすっただけだ」
心配そうに小屋の陰から見守るフィーナにそう告げると、再びラザドに向けて剣を構えた。ラザドは脇腹を押さえながらも、不敵な笑みを浮かべながら立ち上がった。
「ははは。プレーヤー同士の本気の戦い。これが本当のオフライン・ゲームだ。この緊張感。最高だとは思わないか?」
ラザドは大声で笑いながらそう叫んだ。しかし、その脇腹からは大量の血が流れ出ていた。翔とは違い、その傷が致命傷であることは見ただけでも分かった。
「お前は狂っている。ナイジェルも。お前たちはアルダリスシステムに踊らされているだけだ。なぜそれに気がつかない!」
「違うな。アルダリスシステムは俺たちを救ったんだ」
ラザドはそう言いながら、堪えきれなくなったように再びその場に膝をついた。しかし、その腕はまだ大剣を握りしめたまま、翔に向けて構えられている。
「もうやめるんだ。勝負はついてる。命を懸けて戦うことに意味なんてない」
「そんなことはないさ。俺たちの未来はアルダリスシステムと共にある」
ラザドはそう言うと、雄叫びを上げながら再び立ち上がった。いつの間にか、脇腹から流れ出ていた血は止まっていた。ラザドの目は生気を取り戻し、大剣を握る腕は力強さを増しているようにも思えた。
「土産ついでに良いことを教えてやろう。今頃、ファリスの軍勢がシュールに押し寄せてる頃だ。あの街は、ほんの数分ともたず壊滅する」
「な!なぜだ!あの街にはもう用はないはずだ!」
翔は詰め寄るようにそう問いただした。ラザドは嘲るような笑いでそれに答えた。
「お前が碧空の剣を持っていないことなんて始めから分かっている。あの剣はまだあの街にある」
ラザドは困惑する翔を楽しむように見つめた。
「俺がここに来たのは、あくまで個人的な事情だ。さあ、続きをしようじゃないか!」
ラザドはそう叫ぶと同時に、大剣を横に薙ぎ払った。大剣の作りだした風はうねりとなり、立ち尽くす翔を襲った。翔は咄嗟にうねりに向けて剣を振り下ろした。うねりはまるで生き物のように真っ二つに引き裂かれ、翔の背後にあった小屋を薙ぎ倒した。その陰にいたフィーナはうねりに巻き込まれ、倒れた小屋の下敷きとなった。
「フィーナ!」
翔は思わず残骸と化した小屋に駆け寄り、そこに埋もれたフィーナの名を呼んだ。覆い被さった瓦礫を払いのけ、その中に埋もれているはずのフィーナの姿を必死に探した。
「お前の相手はこの俺だ!」
ラザドは叫ぶと、背中を向けた翔に再び斬りかかってきた。翔は咄嗟に剣を構え、その剣を受け止めた。
「くそ!」
ラザドの剣が重くのし掛かり、身動きがとれなかった。翔は必死に堪えながらも、再びフィーナの名を呼んだ。
「カケルさん!わたしは大丈夫よ!」
瓦礫の下から、そう叫ぶフィーナの声が聞こえた。翔は救われたような思いでその声を確認すると、ラザドに向き直りその嘲笑う顔を睨み付けた。
「なぜそうも人を傷つけようとするんだ!」
翔はラザドの剣を振り払い、その懐に斬りかかった。ラザドは翔の剣を退きながら避けると、翔の顔に目掛けてもう一つの剣を突き刺してきた。
「ラザドォォォォォ!」
翔はラザドの突き刺す剣を気にもとめていないかのように、ラザドに向け突進した。ラザドの剣は、翔の頬を掠めながら空を斬った。
「そうだ!それこそ俺が求めるお前の姿だ!」
ラザドは間髪入れず大剣を翔に目掛けて振り下ろした。しかし、その大剣は空に向け振り上げられたまま、その動きを突然止めた。翔の剣は、それより先にラザドの胸を突き刺していた。
ラザドは崩れるようにその場に倒れた。翔は、倒れたラザドを見つめ、ゆっくりと剣から手を離した。
「なぜだ。なぜ急所を外した」
ラザドは虚ろな目で翔を見上げながらそう呟いた。翔の剣は、僅かに胸を逸れラザドの肩の下を突き刺していた。
「言っただろう。命を懸けて戦うことなんかに意味はない。僕らは生きるんだ。生きて、この狂った世界から脱出するんだ」
ラザドは鼻で笑うような素振りを見せると、自ら肩に突き刺さった剣を抜き翔に放り投げた。
「それがお前の生き方なら、俺は地獄までお前を追い続けてやる。それが俺の生き方だ。俺を生かしたことを、きっと後悔させてやる」
ラザドはそう吐き捨てると、鮮血のしたたる肩を庇いながらよろめきながら立ち上がった。すると、どこからか突如として大きな翼を持ったモーヴが現れ、ラザドが気を失うのと同時に彼の身体をさらうように宙につり上げ、空に消えていった。
翔はすぐに瓦礫に走り寄ると、瓦礫を取り除きながらフィーナの名を呼んだ。瓦礫の取り除くと、白い光りに包まれた彼女の姿が現れた。彼女の上には、まるで彼女を庇うように女性が一人覆い被さっていた。フィーナを守るように抱きかかえていた女性は、翔が瓦礫をすべて取り除くと立ち上がり、身なりを正した後、確認するように翔を見つめた。
「君は・・・」
それはシュールの地下施設で見つけたあの女性だった。翔はフィーナの腕を取り彼女を立ち上がらせると、再び彼女に目を向けた。彼女を包んでいた淡い光が消え去るのを、翔とフィーナは不思議な眼差しでじっと見つめていた。
「君はいったい?」
「わたしはシュリ。あなたを待っていた者です」
「俺を待っていた?」
彼女は歩み寄り、翔の前に手を掲げた。
「ええ、それはわたしの使命であり、あなたの使命ですから」
「使命・・・って・・・?」
翔は意味も分からずそう答えるしかなかった。彼女の言っていることはまったく理解できなかったが、不思議と彼女の言葉が偽りであるとは感じなかった。ただ、今の自分には理解できていないだけのことだ、翔にはそう思えた。
「戻りましょう。シュールへ。手遅れになる前に。あなたの友達を救えるのは、あなただけです」
「そうだ!早く戻らないと!でもここからじゃ遠すぎて・・・」
下唇を噛みしめる翔を見つめながら、彼女はゆっくりと翔の顔の前へと手を差し伸べた。そして、そっと翔の額に触れた。次の瞬間、身体が宙を浮きふっと意識が遠のく感覚を覚えた。
翔がゆっくりと目を開けると、そこには見慣れたはずのシュールの街並みが広がっていた。
「これはいったい?」
フィーナも何が起こったのか把握できない様子で、翔の腕にしがみついていた。
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