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PHASE 12 「放たれた矢」  

 翔は、身体全体を襲う疲労感と、咽が突き刺されるような口渇感に苛まれ、しばらく身動きもできずにうずくまっていた。

 しばらくするとヴォルフたちの咆哮は止み、耳を付くような静寂が訪れた。どうやらヴォルフたちは翔を追うことを諦め、また森の中へと消えていったようだった。

 ようやく息が整ってくると、翔は身体を起こし洞窟の奥に目を向けた。細い空洞がまっすぐ奥へと続いていたが、明かりがないためその奥がどうなっているのかは良く分からなかった。

 洞窟の中にも、誰かがいそうな気配はなかった。恐らく、まだマサハルは辿り着いていないのだろう。むやみに動くより、とりあえず今はここでマサハルを待った方が良さそうだと思った。

 どうしてヴォルフたちが洞窟の中まで追ってこなかったのかは分からないが、とりあえず安全であることを確認すると、翔は重い身体を再び壁にもたれかけほっと息をついた。

 再び疲労感が身体全体を包む。こんなに走ったのは、恐らく学生の時のマラソン大会以来だろう。そんな風にふと昔のことを思い出すと、まるで遙か遠い昔の出来事のような気がしてくる。まるで違う世界での出来事であったかのように、その記憶は想い出と呼ぶには虚ろだった。平穏だったあの頃の生活は、果たして現実だったのだろうかと、そんな疑問さえよぎってしまう。

 翔は目を瞑りそんな思いを巡らせながら、いつの間にか眠ってしまっていた。目を覚ましたときには、すでに辺りは闇に包まれていた。

 翔は、しまったとばかりに起き上がると、持ってきた荷物の中からランプを取りだしそれに明かりを灯した。にわかに浮き上がってくる景色は、昼間と変わらず静寂に包まれていた。

 どれくらい時間がたったのかは分からないが、すでに外が暗くなっているのを考えても、数時間は寝てしまっていたと言うことだろう。辺りを見まわしたが、当然マサハルの姿はなかった。

 いくら遠回りをして逃げたとしても、これほど遅くなるとは考えにくい。何かがあって、ここには来られなかったと考えるのが妥当だろう。

 翔は握り拳を作ると、力一杯壁に叩きつけた。洞窟の中に、鈍い音が響き渡った。

 マサハルはこうなることを予測していたのではないだろうか。なるべく自分が多くのヴォルフを引きつけることで、翔がここに辿り着く可能性に掛けたのだ。ここに辿り着くまでの間、他のヴォルフに会わなかったのも、運が良かったと言うには都合が良すぎる。

 翔は顔を上げると、洞窟の奥にランプの明かりを向けた。

 どちらにしも、ここまで来て引き返すわけにもいかなかった。

 翔はゆっくりと歩き出した。

 洞窟の中は、湿気と生暖かい空気に包まれていた。人がやっと一人通れる程度の細い穴が、曲がりくねりながら更に奥深くへと続いている。翔の足音と、時折上から滴のしたたり落ちる音以外は、何も聞こえてこなかった。

 更に奥へと進むと多少通り道は広くなってきたものの、別段変わったものはなかった。時折横穴があることがあったが、大概が水たまり程度の池があるだけだった。洞窟はいつまでたっても単純な一本道で続いており、何かがありそうな雰囲気は微塵も感じられなかった。

 もし何か重要なものが隠されたダンジョンなら、これほど単純な筈はない。もしかしたら、この洞窟はマサハルの言っていた洞窟とは違うものなのかも知れないと、ふと翔の脳裏によぎった。そもそも、彼が言っていた洞窟とは、場所が微妙に異なる気もした。マサハルは北にまっすぐ進んだ方角にあると言っていたが、厳密に言えば翔は北には向かっていない。岩壁には辿り着いたが、マサハルが指していた方向からかなり西に逸れていた筈だ。

 そうであるならそれに越したことはないと翔は思った。マサハルは本来の洞窟に辿り着いている可能性が高いからだ。

 翔は何もない洞窟の先を眺めながら、入り口まで引き返すべきかどうか迷った。しかし、引き返したところで外は暗闇だ。ヴォルフの徘徊する闇夜の森をランプを持ったまま移動するのは、ヴォルフに見つけてくれと言っているのと同じだ。入り口に戻ったところで、とりあえずは朝まで待つほか仕方がないだろう。だとしたら、洞窟が行き止まりなるまで先に進んでみるのも無駄ではない。それに、まだここがマサハルの言っていた洞窟と異なるかどうか決定づけるものもないのだ。

 そう思い直すと、翔はそのまま洞窟の先へと進んだ。自ずと足取りも軽くなっていくのを感じた。

 その後しばらく洞窟を進んだが、予想通り進む道に変化はなかった。それまでと同じように、何度か水が溜まった横穴があるだけだった。念のため、横穴の中を眺めては見たが、他に続くような空洞もなかった。そうやって更に数十分歩き続け、遂に洞窟の行き止まりらしい場所に辿り着いた。

 洞窟は完全に岩で塞がれ、それ以上先には進めそうもなかった。どう見ても扉らしいものもなく、目の前には何の変哲もない岩が行く手を塞いでいるだけだった。

 翔はため息をつくと、念のため確かめるように目の前の岩に手を当てた。ひんやりした岩の感触が、手のひらに伝わってくる。翔はそれを確認すると、引き返そうとして身体を反転した。しかし次の瞬間、岩に当てていた手が突然空を切りながら擦り抜け、翔は危うく転びそうになった。振り返り再び岩に目を向けると、今まであったはずの壁が突如として姿を消し、そこには広い空間が口を開けていた。

 翔は目の前に突然現れた空間に戸惑いながらも、誘われるようにその中に入った。中は一回り大きな空洞になっており、まるで何かの部屋のように見えた。しかし、だからとって何かがあるわけではなく、単純に大きくなっただけの空洞が広がっているだけだった。

 翔はその空洞を一通り眺めると、再びため息をついた。中に入ってみたものの、他に進めそうな道はなかった。ここが、この洞窟の本当の最終地点なのだろう。壁が消えたのは、ちょっとしたからくり程度にしか思えなかった。やはり、この洞窟がマサハルの言っていた洞窟とは違うことに間違いはないように思った。

 次の瞬間、翔は微かな物音がしたことに気がつくと、咄嗟に身構え辺りを見まわした。しかし、辺りに物音がしそうなものは一切ない。何者かが通路からやってくるのかとじっと入り口を見つめていたが、いっこうに何かが現れる気配はなかった。

 翔は改めて耳を澄ました。微かに、言葉になっていない叫び声のようなうめき声のような声が確かに聞こえた。しかし、それはかなりくぐもっていて、どうやら通路から聞こえるものではないらしいことは分かった。

 翔はおもむろに壁に近づくと、そっとそこに耳を当ててみた。微かに響く音が、より鮮明に聞こえた。どうやら、音は壁の反対側から聞こえてきているようだった。

 よくわからないうめき声のようなものに混じって、微かに人の声も聞こえた。切羽詰まったような様子で、何かを叫んでいる。何と言っているのかは聞き取れないが、それは耳慣れた声だった。翔はそれがマサハルの声であることに気がつくと、すぐに壁から離れ、どこかに壁の向こう側へと通じる穴がないかと壁一面を探し回った。

 しかし、壁のどこにもそのような穴はなかった。向こう側とは、完全に壁で密閉されているらしい。翔は再び壁に走り寄ると、大きな声で叫んだ。

「マサハル!そこにいるのか?マサハル!」

 壁の向こう側がざわめく音が聞こえた。それにあわせて、マサハルの叫ぶ声も大きくなっていた。

「カケル!カケルか?逃げるんだ!今すぐそこから逃げるんだ!」

 今度はマサハルの声が鮮明に聞こえた。どうやら、マサハルが壁のすぐ向こう側に寄ってきて叫んでいるようだ。

「マサハル、どうしたんだ?何があった?」

 翔は叫んだが、どうやらうめき声に掻き消されてマサハルには聞こえていないようだった。壁の向こう側には、相当な数のモーヴがいるらしいことは、うめき声を聞いて翔にも分かった。

 翔はもう一度壁のどこかに穴などないか探してみたが、やはり完全に密閉されていた。翔は剣を抜き壁に向けて突き刺した。しかし、高らかな金属音が鳴り響くだけで、壁はびくともしない。音の聞こえ方からしても、相当の厚さがあるはずだった。

「くそっ!マサハル!大丈夫か?」

 翔は諦めて再び壁に向かって叫んだ。しかし、モーヴたちのうめき声が聞こえるだけで、マサハルからの返事はなかった。

 翔が通ってきた洞窟は間違いなく一本道だった。壁の向こう側は、また別の洞窟からつながっているのだろう。もしマサハルたちがこの洞窟を通ったのなら、入り口にいた翔に気がつかないわけがない。しかし、ここまで辿り着くのに、ゆっくり歩いたせいもあるが、1時間はかかっていた。今から入り口に引き返し、壁の向こう側に通じる洞窟を探して向かったとしても1時間以上はかかるだろう。

 翔にはどうすることもできなかった。翔は沈黙したまま壁を殴りつけると、もたれかかるように額を壁に付けた。壁をつたって、モーヴたちのうめき声だけが響いてくる。マサハルの声は、ずっと途切れたままだった。しばらくすると、そのモーヴたちの声も次第に小さくなっていった。

「マサハル!」

 翔はもう一度叫んでみたが、やはり返答はなかった。しかしその代わりに、嘲笑うような低い声が聞こえてきた。

 足元が一瞬ぐらついたと思うと、突然音を立てて地面が動き出した。実際は、地面が動いているのではなく壁が動いていることに気がつくのに、しばらく時間がかかった。壁は吸い込まれるように地面の中へと消えていき、壁の向こう側が少しずつ見え始めた。

 翔は壁から後ずさり、降りていく壁を睨み付けながら、剣の鞘を握りしめた。

 最初に目に入ったのは、青い衣に身を包んだ大男だった。その男は、嘲笑うような目つきで翔を見つめていた。

「こんな仕掛けがあったとはな」

 男は相変わらず笑みを浮かべながらそう呟いた。翔は始めその男を人間だと思ったが、よく見てみると人間とは思えぬ姿をしていた。顔は頬まで広がるような獣の毛に覆われ、その目は魂が抜かれたかのように真っ白だった。その獣の後ろには、数十匹という獣人が翔を値踏みするような目つきで見つめていた。背は丸く折れ曲がり、妙に長い舌を垂らしてじっと翔を見ている。

「お前もこいつの仲間か?」

 男はそう言うと、腕に抱えていたものを翔の前に投げ出した。

「マサハル!」

 翔はそれがマサハルであることに気がつくと、咄嗟に歩み寄り抱き上げた。翔が彼の頭を抱え上げると、マサハルは力を振り絞るように虚ろな目を翔に向けた。

「逃げろ・・・カケル・・・こいつらは・・・」

「マサハル!」

 翔はマサハルを抱きかかえたまま、睨むように男の顔を見上げた。

「殺さなかっただけ感謝してもらいたいな」

 男はそう言うと、再び嘲笑うように声を上げて笑った。

 翔は一瞬男を睨み付けると、次の瞬間には男の身体を目掛け剣を振り下ろしていた。怒りと憎しみに、身体全体が支配されているかのように、翔の身体は勝手に動いていた。

 しかし、次の瞬間には翔の身体は中央舞うように吹き飛ばされていた。背中を壁に打ち付けられそうになったが、翔は咄嗟に身をかがめ身体を反転させることで、なんとか持ち堪えた。翔は反撃しようとすぐに立ち上がろうとしたが、足がふらつき立ち上がることができなかった。

「ははは。惨めだなあ。なあ、そう思うだろ?赤の騎士よ」

「・・・なぜ、俺のことを?」

 翔は力を振り絞るように立ち上がると、再び剣を構えそう尋ねた。

「よく知ってるさ。俺たちが何も知らずお前をおびき出したとでも思ってるのか?」

「おびき出した?じゃあ・・・」

「そうだよ。お前にヴォルフを差し向けたのも、お前をおびき出すための俺たちの罠だったって訳だ。俺たちがシュールの街にいる人間どもを襲うとでも思ってたのか?あんな虫けらども、俺たちにはどうでもいいんだよ」

 男は鋭い眼差しで翔を睨み付けるように言った。

「それに、あんたにはウォーリアムで散々倒されたことあるからな」

「倒された・・・お前もプレーヤーなのか?」

「そうさ。でも今の俺にとってはお前なんて虫けら同然だな。俺たちは、絶大なる力を手に入れたからな。俺の名はファリスのラザド。冥土のみやげに良く覚えておくと良い」

「じゃあ、その姿は・・・」

「そうさ、俺たちは獣人と契約を交わしたのさ。我らの偉大な君主によってな。この世界は、我々ファリスの民が支配するんだよ」

 男は翔が構える剣など気にもとめない素振りで歩み寄ってきた。

 翔は剣を構えながらも、近づく男を避けるように後ずさった。確かに、男の力はすさまじかった。今の翔の力では到底及ばない。しかしそれ以上に、男がプレーヤーであるという事実が、翔にとっては重く感じられた。見かけは獣人そのものだが、その中身は普通の人間なのだ。自分と同じく、このアルダリス・オフラインに参加した普通の人間なのだ。

 男はそんな翔の心を見透かすかのようにゆっくり近づくと、嘲笑を浮かべながら翔の剣を薙ぎ払った。剣は翔の手から擦り抜けるように吹き飛ばされ、地面の上をすべるように転がっていった。男は見下すような視線で翔を見下ろすと、そのまま反転して部屋の中央に向かって歩いた。男が向かう先には、今まで気がつかなかったが、人の背丈ほどの台座が姿を現していた。

「本当なら今すぐにでも殺してやりたいが、まだお前にはしてもらわなければならないことがある」

 男はそう言うと、勢いよく握り拳で台座を叩きつけた。台座は真二つに割れるように崩れ落ち、その中から碧色に光る剣が姿を見せた。

「これこそが東の国ウェイズの君主の証、『碧空の剣』・・・」

「碧空の剣?」

「そうだとも。東の国ウェイズの初代君主となるべきものが手にする剣だ」

「それを・・・どうするつもりだ」

「お前が取るんだよ。どうだ?この剣には俺さえ凌駕する力を秘めているんだぞ。そんな力を手に入れてみたいとは思わないか?」

 男は不敵な笑みを浮かべてそう言い、翔の答えを待っている。

「どうしてお前が取らない。お前も欲しいとは思わないのか?」

 男は口元で笑って見せる。

「残念ながら、俺は我が君主に忠誠を誓ったファリスの民だ。この剣を手にすることはできない」

「・・・何を企んでる?お前たちの目的は何なんだ?」

 男はまるで駆け引きを楽しむかのように笑みを浮かべた。

「この世界の絶対なる支配だ。だが、この世界に、君主は一人でいい。我らが君主だけでな」

「この世界?こんな地下に閉じこめられた小さな世界に、何の価値があるっていうんだ?」

「なら問おう。外の世界に何の価値があるというんだ?この世界にこそ俺たちの価値がある。そう思わないか?」

 そう言い終えると、男は剣の側を離れ倒れているマサハルの側に歩み寄った。

「こいつはもう虫の息だ。こんな小さな世界でも、お前にとって大切なものもあるだろう?」

 男はぐったりとしたマサハルを胸ぐらをつかみ軽々と持ち上げると、見せつけるように翔に見せた。

「さあ、どうする?ラミュールの英雄、赤の騎士よ」

 男はそう言いながらじっと答えを迫るように睨み付けてきた。その瞬間、男の腕にぶら下がっていたマサハルの身体が一瞬消えたように見えた。

「カケル!今だ!その剣を抜くんだ!」

 気がついたときには、マサハルは素早い動作で男の背後に回り首筋に短剣を突きつけていた。呆気に取られている翔に活を入れるように、マサハルはもう一度叫んだ。

「カケル!」

 翔は我に返るとすぐに地面に突き刺さった碧空の剣に目を向けた。マサハルの言うとおりだ。この危機を脱するには、今すぐこの剣を手に取るしか方法はないだろう。しかし、翔にはまだためらいがあった。この剣を手にしたとき、自分はどうすれよいのか。この剣を手にしたところで、自分はこの男たちを切ることができるのか・・・。ついこの間までは自分と同じように日常を生きてきた彼らを、自分は自らの命のために絶つことができるのか・・・。

 それは一瞬のためらいだったかもしれない。それとも、数秒あったのかもしれない。しかし、気がついたときにはマサハルの身体は宙を舞い、男の怒りとも嘲笑ともとれる咆哮が響き渡っていた。

 それと同時に今まで静かに見守っていた男たちが、一斉に翔を目掛けて襲いかかってきた。しかし、それでも翔は一歩も動くことができなかった。彼らも、また自分と同じ人間なのだ。その思いが、翔の頭の中で堂々巡りを繰り返すだけだった。

 先頭を切って襲いかかる男が、翔の胸ぐらに手を伸ばしてきた。その瞳の奥に、悲しみとも苦しみとも思える光が一瞬見えたような気がした。やはり、自分は戦うことはできない、そう決心した瞬間、目の前の男は鮮血を吹き出し倒れ込んだ。見ると、その頭部には矢が突き刺さっていた。

 足元に倒れ込んだ男は、ゆっくりと普通の人間の姿へと戻っていった。その頭部から流れ出る鮮血は、紛れもなく人間の赤い血だった。あの時、佐伯が流した血と何ら変わらぬ、暖かみを帯びた赤い血だ。翔は、立ちすくしたままその姿をじっと見つめることしかできなかった。

 しかし、すぐさまそれに覆い被さるように何人もの男が翔の足元に崩れ落ちていった。翔は我に返り横を振り返ると、弓を構えたマサハルが更に次の矢を射ろうとしているところだった。

「カケル!剣を取るんだ!」

 マサハルがそう叫ぶと、また一人翔の足元に男が崩れ落ちた。流れ出る鮮血は、翔の足元を覆うように地面を真っ赤に染めていた。

「前を見るんだ、カケル!お前にも守りたいものが、守るべきものがあるんだろう!そのために、剣を抜くんだ!お前の手で!」

 翔はゆっくりと剣に手を伸ばした。碧空の剣は、まるで翔を招くように輝いていた。次の瞬間、翔は決心したように手を伸ばした。

 しかし、翔の手は自らの腰にぶら下げていた剣の鞘を掴んでいた。翔は鞘を手に取ると、それを襲いかかる男のみぞおちに突きつけた。男はもがき苦しむようにその場に倒れ込んだ。しかしその背後から、笑みを浮かべたあの大男が翔に襲いかかろうとしていた。

「どうやら我々が買いかぶりすぎていたようだな、赤の騎士よ!弱者に用はない!」

「くそ!」

 マサハルは叫ぶと、弓を放り捨てて翔に飛びかかろうとする男の腰に飛び込んだ。不意を突かれた男は、体勢を崩し転ぶように横によろけた。

 次の瞬間、マサハルは碧空の剣の束を握り、力を込めて一気に抜き取った。

「うおおお!」

 剣を掴んだマサハルは飛び跳ねるように身体をのけぞらすと、途端に苦しそうに呻き声を上げ始めた。マサハルの手は、碧空の剣をしっかりと掴んでいる。まるでその手から電撃でも走っているかのように、身体を震わせながら呻き声を上げていた。翔は呆気に取られながら、もがき苦しむマサハルの姿を見ていることしかできなかった。

「ふ、計画と違うがまあいい。こいつを殺して、碧空の剣をこの世から消し去るんだ。お前はあとでゆっくり料理してやる!」

 男はそう叫ぶと、未だもがき苦しんでいるマサハルに飛びかかった。

「マサハル!」

 我に返った翔は、寸でのところでマサハルの前に立ちはだかり、男の攻撃を持っていた鞘で受け止めた。しかし、その力は思った以上に強く、よろめくように片膝を地面に着いた。男は、その瞬間を見逃さず、体勢を崩した翔のみぞおちを蹴り上げた。その勢いで、翔は転がるように後方へと吹き飛ばされていた。

「さあ、終わりだ。この世界は・・・この世のもののすべては我らファリスの民が支配する」

 嘲笑うようにそう告げる男の声が聞こえたが、あまりの衝撃に朦朧とし翔は顔を上げることすらできなかった。

「マサハル・・・」

 目の前が淡い光に包まれているようにぼやけて見え、何が起こっているのかすら分からなかった。薄れていく意識の中で、大きな声で嘲笑っている男の声だけが、微かに耳に響いていた。

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