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PHASE 4 「明日への希望」
「大丈夫さ。救助はすぐに来る。ほんの数日の辛抱だ」
リンドウは先頭を歩きながら、振り向きざまにそう言って笑った。翔はマル太と一緒にサクラに付き添いながら、一番後ろを歩いていた。
「そうだよね・・・。ゲームどころじゃなくなっちゃったけどさ」
マル太がそう答え、翔に同意を求めるように引きつった笑顔を翔に向けた。翔は、そう言うマル太に笑顔で頷いた。
「そうさ。街に行けば他の人たちもいる。別に俺たちだけって訳じゃないんだ」
「街まではどれくらいあるんですか?」
先頭を歩くリンドウに、翔はそう尋ねた。
「距離的には1キロくらいかな。ゆっくり歩いても2〜30分歩けば着くだろう」
「大丈夫?」
翔はその答えを聞いて、サクラにそう呟いた。
「うん。もう大丈夫よ・・・さっきはちょっと混乱しただけ・・・ありがとう、カケルくん」
サクラはそう言って笑顔で返した。
「それより、お腹すいたね」
サクラはわざとらしくいたずらな顔をしてそう言った。
「街に行けば食べられるさ。数週間分の食料は常備されているらしいから」
マサハルがそう答えた。
「うわっ!」
先頭を歩いていたリンドウが突然叫んだ。全員その声に身を固くしながら、一斉にリンドウに目を向けた。リンドウをかすめるように、真っ赤な火の塊が飛び去り、側に立っていた樹木を一瞬にして掻き消した。
「今度は何だ!?」
リンドウは後ずさりながら翔たちのところまで戻ってきた。
火の塊が飛んできた方向をじっと見つめていると、木の陰からゆっくりと巨大なドラゴンが表れ、翔たちを一瞥すると、まるで獲物を得た喜びを表現するかのように咆哮を上げた。
「モーヴ?」
ミイが驚きの声を上げる。
「ヴァーダだ!」
リンドウがアルダリスでのモーヴの名前を叫んだ。アルダリス・ネットでは中級ボスモーヴのガードとしてよく登場するドラゴン型モーヴだった。ゲーム上では見慣れたモーヴも、現実に目の当たりにするとその迫力に圧倒されてしまう。
「アルダリスのシステムはまだ生きてるってことか?」
マサハルはそう言いながら、背中にしょっていた弓を抜き構えた。
「この期に及んでなんで・・・こんなことしてる場合じゃ・・・」
翔がそう呟きながら呆然としていると、翔とサクラに向かってヴァーダの口から火の塊が吹き出してきた。翔は呆気にとられて動けずにいると、間一髪で目の前に光の壁が現れ、火の塊から守ってくれた。
「大丈夫?!」
ミイがそう叫び、翔の目の前で手をかざし光の壁を作り出していた。
「一難去ってまた一難か!」
そう叫びながらリンドウが斧を片手にヴァーダに飛びかかった。しかし、ヴァーダは素早く飛び上がり、リンドウの攻撃をかわした。飛び上がったところをマサハルが弓で捕らえる。マサハルの手から飛び立った光の弓は、ヴァーダの胸元に命中し、ヴァーダは勢いよく地面に落下した。
「カケル!今だ!」
マサハルが叫んだ。翔は訳が分からないまま、やはり呆然と立ちすくんでいた。
ヴァーダはすぐに立ち上がり、マサハルに向けて火を放つと、また素早く飛び立ち翔の元へと突進してきた。翔は慌てて剣を抜こうとしたが間に合わず、咄嗟にサクラをかばうように身体を前に入れた。
ヴァーダが目の前で突然動きを止めた。見ると翔の更に前にマル太が仁王立ちし、ヴァーダの身体を受け止めていた。
「カケルくん、はやく!」
マル太がそう叫ぶ声で我に返り、翔は腰の剣を抜きヴァーダに斬りかかった。翔の剣は空を切るようにヴァーダを切り裂き、勢い余ってそのまま地面に突き刺さってしまった。しかし、ヴァーダは大きな咆哮をあげ、そのまま砕ける散るように消え去った。
翔は高鳴る胸を抑えられず、しばらくその場で地面に膝をついて、じっと地面に突き刺さった剣を握りしめていた。
「さすがだな、カケル。攻撃力はゲーム以上だったよ」
マサハルがそう言って笑いながら翔の肩に手を置いた。翔はようやく地面に突き刺さった剣から手を離し、ゆっくりと立ち上がり仲間の顔を眺めた。
「なかなかいいコンビネーションだったな」
リンドウもそう言いながら親指を立てて見せた。
「まさかヴァーダと戦う羽目になるなんてね。ほんと、びっくりだよ。今になって膝が震えてきちゃったよ」
マル太はそう言って笑っていた。
「でもかっこよかったよ、マル太くん。ありがとう」
サクラがそう言うと、マル太は恥ずかしそうに大きな身体を丸めた。
「ミイ・・・ありがとう」
翔はミイがヴァーダの炎から守ってくれたことを思い出し、彼女にそう言った。ミイは、恥ずかしそうに首を振って翔に答えた。
「迫力あったな」
リンドウが改めて感心した声でそう言った。一同は同意するように一斉に頷いていた。デモ会場で見たときよりも、ずっとリアルに感じた。単なる映像に過ぎないはずなのだが、その重量感は圧倒的だった。剣で斬りつけたときも、まるで本当に斬りつけているような手応えを感じた。
「でも僕はやっぱりこれっきりにしたいかな」
マル太が笑いながらそう言った。翔も同感だった。
「そうもいかないかもな。万が一ここでの監禁生活が長くなるとすると、モーヴとも戦わなくちゃならなくなる」
「どうして?」
マサハルの言葉にミイがそう返した。
「オフライン・ゲームの世界はすべて『ギル』で統率されてるって言ってたろう。寝るところは良いとしても、食べるには『ギル』が必要だってことだ。ギルを得るにはモーヴと戦わざる得ない」
マサハルは真顔でそう答えた。
「この事態にギルが必要だなんて言ってる場合じゃ・・・今はゲームなんてやってる場合じゃないだろ?」
翔は彼らの会話に違和感を覚えそう言った。
「確かにそうだ。しかし、このオフライン・ゲームの施設は極力人手がかからないようシステム化されてるんだ。おそらく、この施設内にいる人間は参加者以外はあのグランドキーパーって人たちだけだろう。実際は、この世界はすべてシステム化されたコンピュータが運用してるんだよ」
「アルダリスシステム・・・」
翔はそう呟いた。それこそが、ネットのみならず、世界中でこのオフライン・ゲームが注目を集めている最大の所以だった。現実の世界に、仮想空間を作り出す画期的なシステム。今までネットの中でしか実現できなかった仮想空間を、現実の世界に作り出すことができるアルダリスシステムのその利用価値は、無限にあると言えるだろう。
「ここで生活していく以上、アルダリスシステムは絶対だからな。まあ、普通に稼動してるみたいだし、良かったんじゃないか?アルダリスシステムが破壊されているような事態になっていたら、それこそ俺たちは飼い主を失った籠の中の鳥だ」
リンドウが笑いながらそう言った。確かに、この状況下でモーヴと戦うなんてことは馬鹿らしい気がするが、システムが正常に稼動していることは好材料なのかもしれないと翔は思った。
「とりあえず、早く街に行こう」
マサハルがそう言った。その言葉に翔たちは頷き、再び街を目指して歩き始めた。
しばらく森を歩いていると、街の入り口らしい開けた場所に一行は辿り着いた。
「ここが科学と商業の街、シュールだ」
リンドウがすぐそこに見える街並みを見上げるように言った。とても作り物とは思えないほど良くできた街並みだった。もっとも、充分人が住める機能を果たしているのだから、作り物とは言えないのかもしれない、と翔は思った。
近くまでくると、建物が良くできていることが更に良く分かった。また、翔たちは道端に座り込む何人かの人を目にした。それが最初3D映像の住民なのか、本当の人間なのか見分けが付かなかった。翔たちが怪しむような視線で見ているのに気がつき、彼らが不機嫌そうな目つきで睨み返してくるのを見て、ようやく参加者たちであることが分かった。翔たちは、睨み返されたことに苦笑いしながらも、ほっとしてお互いに微笑み合っていた。
「とりあえずグランドキーパーを捜そう」
「街の中心の方に行ってみるか」
翔が言うと、リンドウがそう言って街の中心に向かう道順を告げた。一行はその道順に従い、街の中心を目指して街を歩いた。途中、店らしき建物も見かけ、翔たちは中に入ってみたい気持ちに駆られながらも、黙々と歩いていた。
街の中心に辿り着くと、そこには他の家とは一風変わった建物が建っていた。どうやら、教会のようだが、多くの人が出たり入ったりを繰り返していた。
「あの・・・」
翔は思い切って出口を出てきた一人に声を掛けてみた。
「あ、はい。何ですか?」
その女性は一風アルダリスには不釣り合いに見える、妙に未来的な白い制服のような洋服を身にまとっていた。
「あの、この街のグランドキーパーは何処にいるか分かりますか?」
「わたしもそうですけど・・・何か?」
その女性はそう返してきた。女性のグランドキーパーがいるということに、翔は少し驚いた。
「佐伯さん、知ってますか?」
「え?はい。知ってます。彼がどうかしましたか?」
翔は思わず口を噤んでしまった。何と言って良いのかわからなかった。
「あなた、手を怪我してるじゃない!?」
その女性は、突然そう言ってマサハルの腕に手を掛けた。マサハルは咄嗟に身を引き、首を振った。
「大丈夫です。大したことありませんから」
「有紀!こっちの怪我人を見てやってくれ!」
大きな声で叫ぶ声が聞こえた。女性はその声の方に向き直り、「分かりました」と大きな声で返事をした。
「すいません。怪我人が多くて今大変なんです」
有紀という女性はそう言って呼ばれた方に駆け足で走っていった。彼女が走っていった方から、先ほどの声の主らしき男が翔たちに向かって歩いてきた。有紀とは違い青い制服を身に纏っているが、形は有紀のものと同じだった。他にも有紀と同じく白い制服を身に纏った人が何人かいた。恐らく、あれがグランドキーパーの制服なのだろう。
「わたしは富野間だ。この街のグランドキーパーのリーダーをやってる。君たち、佐伯を知ってるんだって?」
富野間は翔に握手を求めながらそう言った。翔は、またもや何と言って良いか分からず口を噤んでしまった。
「実は・・・」
マサハルがそう切り出し、富野間にことの成り行きを語った。富野間は、話を聞き終わると、悲痛な顔を浮かべた。
「そうか・・・わかった。大変だったな。佐伯の遺体は明日人手を集めて運ぼう」
富野間は答えた。
「他に死人は・・・?」
マサハルが恐る恐るそう聞いた。
「幸いなことに怪我人は多いが死人はこの街の中ではいなかったようだ。君たちも疲れただろう、食事を取ってゆっくり休むといい。俺はあそこの小屋で寝泊まりしてる。明日の朝、鐘を鳴らすから、そしたら小屋まで来てくれ」
富野間はそれだけ告げると立ち去ろうとした。
「これから・・・これからどうするつもりですか?」
翔は思わず呼び止めてそう尋ねた。
「俺たちの指示通りにしていればいい。何も心配するな」
富野間は振り返りそう言った。
「それと、佐伯のことは有紀には言うな。さっきの女性だ。いいな」
富野間はそう言って立ち去った。翔は何故か釈然としない気持ちのまま、彼の後ろ姿を見送った。
「何か簡単だな。こんなもんなのか?仲間が死んだって言うのに」
マサハルがそう呟いた。
「泣いたり哀れんだりするだけがすべてじゃないのよ」
翔の陰で、サクラがポツリとそう呟いた。翔は、睨むような鋭い視線のサクラの顔を横目に見ながら、言いようのない不安を覚えていた。
翔たちはそれから街の中を食堂を探して歩いた。街の中には何軒か食堂があるらしく、それぞれの食堂によってメニューも異なるらしかった。翔たちは、とりあえず最初に見つけた食堂に入ることにした。
見かけはアルダリスらしく中世風の作りになってはいるが、雰囲気はまるでレストランのようだった。食べている者たちはみな、何事もなかったかのように笑顔でしゃべりながら食べている。
食堂は驚くほど完全にシステム化されていた。自分のIDカードを使用し注文すると、数分後にできあがった状態で食べ物が出てくる。恐らくそのまま熱すればよいだけの状態で各品が備蓄されているのだろう。確かにこれなら数週間の食料が備蓄できるのも納得できる。
メニューもバラエティがあり、もちろんそれぞれによってかかるギルの値段も異なる。まるで学生食堂みたいだ、と翔は思った。
「なんか拍子抜けしたな。ここは平和そのものだ」
マサハルがサンドウィッチを頬張りながらそう言った。
「そんなもんさ。ここであと数日間待ってれば、救助が来る。心配することなんてない」
リンドウも頷いてそう答えた。
「ギドたち、どうしたかな?」
マル太がそう呟く。
「もしかしたら、この街にいるかもしれないな。飯ぐらいは食べないとやってけないからな。ギドもこの状態見て、救助待てばいいかって思い返してるかもよ」
よっぽど腹が減っていたのか、ありったけの肉を口に放り込みながら、リンドウがそう答えた。
「明日は俺が一人で行くよ」
翔は重い顔でそう言った。他の者のように、何故か笑い合って食べる気にはなれずにいた。
「俺も行く。この手じゃ、何も手伝えないだろうけど・・・」
マサハルが雰囲気を察してそう言った。翔は「ありがとう」とだけ答えた。
翔にも他の者の気持ちは何となく分かった。思い出したくないのだ。そんなのは当たり前だ。あの出来事を思い出した途端に、この平和は崩れ去ってしまう。だから、思い出したくないことは思い出さない方が良いに決まっているのだ。
翔たちは食事を済ませたあと、そのまま宿屋へと向かった。暖かいベッドと静かな夜、確かに今日あった出来事など夢のような気がした。
しかし、それでも翔にはこの心の裏にある不安を取り除くことができずにいた。神経質になりすぎているだけかもしれないと思ったが、それも違う気がした。人が目の前で死んだことは事実で、それはそんな簡単に忘れていい訳がない――しかし、だからといって不安になることになんのメリットがあるというのか。翔には分からなかった。
次の日、翔はいつもより早く目が覚めた。ベッドから起き上がり部屋を見まわす。横にはマサハルがまだ寝息を立てて寝ていた。
マサハルは、傷が痛むのか夜中うなされているのを翔は知っていた。ようやく寝付いたのは朝方だったろうと思う。この状態を一番深刻に捕らえているのはマサハルだろうと翔は思った。だからこそ、彼は明るく振る舞おうとするのだ。それも人の強さだと、翔は思った。
翔はマサハルを起こさないように部屋を出た。外に出ると、うっすらと明かりが空に浮かんでいる。翔は道の脇に据え置かれたベンチに座り、空を眺めていた。厳密には、あれは空ではないのだ、と思い直す。まるで空があるかのように映像が天井に映し出されているだけなのだ。しかし、そう思うとオフライン・ゲームのリアルさに改めて感嘆させられる。
「おはよう」
気がつくと、翔の後ろにミイが立っていた。
「おはよう」
翔は答えた。
「不思議ね。昨日会ったばかりなのに、なんかもうずっと一緒にいるような気がする」
ミイは隣に座りそう言った。
「いろいろあったからね」
「そうね」
ミイは小さく頷く。
「でも、普通の日々より、昨日一日の方がずっと生きてるって実感があったわ。不謹慎かもしれないけど・・・わたし、やっぱり来て良かったと思ってるの」
翔は少し驚いてミイの顔を見た。その目は、まっすぐ翔を見つめていた。
「ミイは強いんだな。不安はないのかい?」
「不安よ。でも誰かのために何かできることって大切なんだと思ったの。ここでは、わたしができることが何かあるような気がするから・・・」
翔は思わずミイの顔をじっと見つめていた。ミイがそんな風に考えているなんて思いもしなかった。もしかしたら他のメンバーも、それぞれ考えることがあるのかもしれない。ただ、それを表に出していないだけなのだろう。雰囲気に流されていたのは自分かもしれない、と翔は思った。
「朝ご飯食べに行かない?」
ミイは笑顔で言った。苦笑いではないミイの笑顔は初めて見たような気がした。
翔はミイと朝食を済ませたあと、そのまま富野間の小屋に向かった。ミイも一緒に行くと言って聞かず、結局そのまま付いてきていた。富野間の小屋のドアはすでに開いており、翔はそこから除くように中を眺めた。
「ああ、カケルくんだね。今ちょうど他のグランドキーパーたちも徴収する所だ」
富野間は翔の姿に気がつくと、そう言って翔に手招きした。隣の教会の鐘が大きく鳴り響く。どうやら、あの鐘を集合の合図にしているらしかった。翔たちが小屋に入り待っていると、富野間の小屋に次々にグランドキーパーたちが集まってきていた。その中には、昨日の有紀という女性も含まれていた。最終的に10名ほどのグランドキーパーが集まってきた。
「昨日は大変だったな。みんなよくやった」
富野間は集まったグランドキーパーたちに向かってそう口を開いた。
「しかしこれからが本番だ。何が原因かはわからないが、どうやら俺たちは閉じこめられてしまったらしい。外部の人間がここに入れない以上、危機管理マニュアルに沿ってわたしたちグランドキーパーがすべての管理を行わなければならない」
「危機管理マニュアル?」「なんだよそれ?」という言葉が集まった者たちの間で飛び交う。
「いいか?これは遊びじゃない。アルバイトだからってグランドキーパーはグランドキーパーだ。お前たちに与えられている権利は飾りじゃないんだ。わかってるな?詳しいことはこれを読んでおいてくれ」
富野間はグランドキーパーたちを見まわし、一人一人に何か書かれた用紙を手渡した。
「昼に街にいる参加者に対して告知を行う。それまで良く読んでおけ。あと、男はこの場にちょっと残ってくれ。それ以外はとりあえず解散だ」
そう言うとグランドキーパーたちは口々に愚痴を言いながら用紙を眺めていた。
「富野間さん。これ、どういうことですか?」
そう言って有紀が用紙を持って近づいてきた。
「見ての通りだ」
富野間は辛辣に答える。
「秩序が必要なのは分かります。しかし参加者たちにでっち上げのルールを押しつけるのは無理があります」
「聞かなければ力ずくで聞かせればいい。何のためのグランドキーパーだ?」
「グランドキーパーと言えどただの警備員ですよ。いや、むしろそんな責任感もない」
「待ってください。いったい何の話なんですか?」
翔は我慢できずにそう口を挟んだ。富野間と有紀が、同時に翔に顔を向ける。
「君は関係ない」
「いや彼は参加者よ。関係あるわ」
そう言って、有紀は持っていた用紙を翔に渡した。翔はゆっくりとそれに目を通した。
参加者は、グランドキーパーの管理下において、すべての活動および行動を制限される。街は完全に封鎖し、市街地外の外出も禁止とする。武器はすべて没収し、グランドキーパーに従わなかったものはギルおよびすべての所持品を没収し、監禁、または市街地外へと追放する。そこには、大体そのようなことが書かれていた。
その他にも、参加者に有志によるシティキーパーの選出や、居住区の割当、各参加者の自治区活動の強制など、その内容は事細かに書かれていた。
「・・・何ですか?これ」
翔は読み終わるとそう言い、その用紙をミイにも見せた。
「秩序を作るためのルールさ」
富野間は答えた。
「あたなたはどう思う?」
有紀が翔にそう尋ねる。
「わかりません・・・。でも、この街は今のままでも充分落ち着いて見えます」
翔はそう答えた。
「わたしもそう思うわ」
有紀も同意するように頷いた。
「いや、それは今の内だけだ。人間の化けの皮などすぐに剥がれる。状況が好転しなければ、人間は不安を募らせ暴徒と化す。たとえ状況が落ち着いて見えてもな」
富野間は否定するようにそう答えた。翔は富野間の言葉も分かるような気がした。この街は平和だし、人々も今は落ち着いている。しかし、閉じこめられていることに変わりはないのだ。不安は少しずつ人の心を蝕んでいくだろう。それが限界を超えたとき、人はどんな行動に出るだろうか・・・それは翔にも想像が付かなかった。
「それは分かる気がします。でも・・・」
「我々はグランドキーパーだ。それが仕事だ」
「能力と権力を履き違えないで。あなたはグランドキーパーよ。この街の支配者じゃないわ」
有紀が懇願するように富野間に言った。
「能力ってどういうことですか?」
ミイが真剣な顔でそう有紀に尋ねた。
「グランドキーパーには非常時に備えて特殊な能力を与えられているの。プレーヤーの参加権限を剥奪したり、ギルを没収することもできる。本来は、ルールを犯した参加者をゲームから拘束するために与えられたわたしたちの能力よ」
「プレーヤーの参加権限を剥奪するって・・・具体的にはどういう事なんですか?」
翔がそう尋ねる。
有紀は手首に付けられた通信機のような装置を見せながら、翔に言った。
「わたしたちグランドキーパーは、このグランドキーパーユニットを使って、プレーヤーのあらゆる能力を無効化させることができるの。主には、プレーヤーの戦闘能力になるわね。でも、それだけじゃないわ。わたしたちは、自身の戦闘能力を一時的に最大限まで解放することができるの。プレーヤーを拘束するための手段として」
「プレーヤーを凌駕する戦闘能力・・・そう言うことですか?」
「まあ、そうね。もちろんそれは仮想的な戦闘能力であって、実際に致死能力がある訳じゃないわ。でも、オフライン・ゲームでは致死ダメージを与えられたプレーヤーは、一定時間内身動きが取れなくなる。プレーヤーを拘束するための能力としては、充分と言えるわね」
有紀はおもむろに俯くと、顔を曇らせ言葉を続けた。
「でも、人を傷つける能力というのは諸刃の剣よ。言ってみれば、わたしたちも参加者と何ら変わらない存在なの。プレーヤーが、グランドキーパーを襲うことだって可能なんだから。わたしたちはゲームを面白くするための駒みたいなものよ。わたしたちグランドキーパーはあくまで補助的な役割を担うだけなのよ。非常事態においてのみね。絶対的な存在な訳じゃないわ」
「今がその非常事態なんだ」
富野間が割ってはいるようにそう言った。
「もうこの議論は終わりだ。受け入れられない奴は、この街から出て行けばいい。それだけだ」
富野間はそう言い、有紀を追い払うように歩き出した。
「男たちはちょっと付いてきてくれ。君たちも」
翔たちは有紀を残し小屋を出た。富野間は黙ったまま歩き続けていた。
「理想はいくらでもある。でも見るべきは現実だ。そして計るべきは確実な手段だ」
歩きながら富野間は振り向きもせずそう翔に語りかけた。翔は何も言えず、彼のあとについて歩いていた。
街を出ると、富野間は他のグランドキーパーたちに事情を説明し、エレベーターへと向かった。富野間の態度は、意図的に有紀に知られないようにしているように見えた。
「有紀さんに佐伯さんのことをなぜ・・・?」
「佐伯は彼女の恋人だ」
富野間は短くそう答えた。
翔たちはエレベーターに辿り着くと、富野間はどのエレベーター口かを尋ねてきた。翔が答えると、富野間はためらいもなく押しつぶされたエレベーターの残骸を覗き込んだ。彼の足元には、固まった血のあとが黒ずんで光っていた。
富野間はそのまま中に入り込むと、残骸を押しのけるようにして中へと進んでいった。
「誰か来てくれ」
しばらくすると、中から富野間が呼ぶ声が聞こえた。しかし、他の誰も中に入ろうとはしなかった。だれも死体など見たくないのは当たり前だった。仕方なく、翔は意を決して残骸の中に潜り込んだ。すると、観念したかのように数人のグランドキーパーが翔に続き残骸の中に入ってきた。
残骸の合間に富野間の姿を見つけそこまで辿り着くと、翔は思わず口を覆った。紛れもなく佐伯の姿がそこにあった。しかし、その姿はあるべき所にあるべき物がないような状態だった。
「この板を持ち上げるぞ。その間に佐伯の身体を引き出してやってくれ」
富野間はそう言うと、他の者と一緒に力一杯彼の身体を突き刺していた板を持ち上げた。翔は迷う間もなく佐伯の身体を一気に引き出した。
「佐伯は俺の親友でもあった。こいつをこの仕事に誘ったのは俺なんだ。俺にはこいつを弔う義務がある」
富野間はそう言うと佐伯の遺体を抱え上げ、そのまま外に出た。外で待っていた者たちは、その姿を直視できず俯いていた。
「残念だが街には連れて行けない。余計な不安を招くだけだからな。ここに埋める」
富野間はそう言い、残っていた者たちに穴を掘るよう命じた。彼らは決して佐伯の遺体を見ようとはせず、目を背けたまま無言で穴を掘り続けた。佐伯の遺体を穴に入れたあとは、富野間自身が土をかけた。
無事埋め終わると、富野間は他の者に帰るように促した。グランドキーパーたちは、待っていたとばかりにそそくさとその場を離れて帰って行った。翔とミイは、なんとなく離れられずその場に残っていた。富野間は、佐伯を埋めた場所に跪き祈るようにじっと目を閉じていた。
「能力とは権力だ。能力を持つ者は、権力を司る責任がある。責任を放棄する方が罪だ」
富野間はそう言い立ち上がった。
「君はどう思う?」
「わかりません。・・・でも、権力は人の信頼の上に成り立つ物だと思います。力に頼る権力は間違ってる・・・僕にはそう思えます」
翔はそう答えた。
「じゃあ、能力とは何だ?君ならどう使う?」
翔は答えられなかった。
「違うというなら、自分でそれを証明して見せろ」
そう言って、富野間はちょうど手のひらに収まるほどの装置を翔に差し出した。
「佐伯のグランドキーパーユニットだ。お前に預ける。自由に使え」
富野間は翔にそれを手渡すと、そのまま歩き去っていった。
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