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PHASE 3 「進むべき道」  

 翔とマサハルは、佐伯の後を追いながら地下施設のエレベーター入り口を目指していた。

 翔は、佐伯の言った「人としての真価」という言葉を繰り返し頭の中で呟いていた。彼が言うように今後どのような混乱が待っているのか、まだ翔には想像ができずにいた。確かに過去に経験したことのないような異常な事態ではあったが、だからといってそれが自分たちにどんな影響を与えるのかなど、予想もできないことだった。

 このまま待っていれば救助が来るなら、それほど深刻な問題ではないのではないだろうか。とりあえず安全な場所に避難し、あとは身の安全だけを考えていればいい。翔には、そんな安易な考えが浮かんでいた。人はそれほど馬鹿な生き物じゃない。少なくとも、自分はそんなに馬鹿じゃない。このぐらいの異常事態なら自分はうまくやっていけるはずだ、翔はそう思っていた。

「ここだな」

 目を見張るような大樹の前に到着すると、佐伯がそう言い振り返った。翔とマサハルは、地下施設の天井まで続く大樹を見上げながら、その巨大さにため息を漏らしていた。

 翔とマサハルは大樹に近づきなでるようにその幹を確認した。予想に反して、すべすべした感触だった。よく見ると、それは壁だった。壁の表面に立体的に見えるよう大樹が描かれていたのだ。

「ここは驚くことばかりだな」

 マサハルが言った。翔もその言葉に同意して頷いた。 

「こっちだ。ここから中に入れる」

 佐伯が壁の一部を開き、そう言いながら二人に中に入るように促した。翔とマサハルは、佐伯に続いてその扉から中に身体を滑り込ませた。

 中に入ると、真っ暗な中にいくつかの非常灯の明かりが見えた。上を見上げると20メートルほど先に、ぼんやりとエレベーターの床下らしき物が見えた。

「リンドウさん!」

 翔はエレベーターに向かって叫んでみた。静かな空洞に、翔の声が響き渡った。

「カケルか?どこだ?」

 リンドウの声が聞こえた。続いてギドの叫ぶ声も聞こえた。

「下です!真下にいます!」

 翔は答えた。

「あの床下にハッチがあるのが見えるか?あそこから下に抜けられるようになってる。そのまま梯子を使って下まで降りてくればいい」

 佐伯はそう言い、すぐに梯子を登り始めた。

「マサハルはここで待ってて。その怪我じゃ、梯子は危険だから」

 翔はそう言い、佐伯に続いて梯子を登り始めた。

 まだ、遠くで地鳴りのような音が響いていた。微かな震動が、梯子を持つ手を伝わってくる。何が起こっているのか見当もつかないが、まだ予断を許さない状況であることに変わりはなかった。

「今から床下のハッチを開ける!扉とは逆の方に寄っていてくれ!」

 エレベーターの床下に辿り着くと、佐伯はそう言いながら場所がわかるように床下を何度か叩いた。

「いいぞ」

 ギドの声がそう答えると、佐伯はハッチの鍵を回転させ、ゆっくりと床下の扉を開けた。開けた扉の先から、照明の明かりが漏れてくる。その隙間から、不安そうな顔で覗き込むサクラやミイの顔が見えた。

 佐伯と翔は、ギドたちに手を引かれるようにしてエレベーターの中に入った。翔はほっと胸をなで下ろす。つい先ほどまでいた場所なのに、ここにいたのが随分昔のような気がした。エレベーターにいた他のメンバーも、ほっとした顔で翔を見ている。

「大丈夫だったか?さっき通気口が爆発したみたいに粉々になっちまって・・・」

「ああ、大丈夫だよ。でもマサハルが手に怪我を・・・そっちは大丈夫だったみたいだね、ギド。良かった」

「ああ、でも上は駄目だった。完全にふさがれた。次に振動が起きたら、上にあるコンクリートのくずが落ちてくるかもしない」

「とりあえずここは危険だ。梯子を降りればフィールドに出られる。みんな急いで降りるんだ」

 佐伯はそう言い翔たちに急ぐように促した。エレベーターに乗っていても微かに揺れを感じた。エレベーター自体も、軋むような音を立てていた。

 翔は急いで順に床下に入るように他のメンバーに促した。

 床下の穴から下を見下ろしても、暗くて余りよく分からないが、下から見るよりずっと高く感じる。まずミイに先に降りるように促したが、最初は躊躇していた。翔が「大丈夫」と声を掛けると、決心したように床下に身体を滑り込ませ、梯子をゆっくりと降り始めた。そのあとに、マル太、リンドウ、サキ、ギド、ルウと続いた。

「わたし無理よ・・・高所恐怖症だもん・・・」

 最後に残ったサクラは、そう言ってなかなか床下に降りることができずにいた。

「君は彼女の下を降りてくれ。僕が上から降りる。大丈夫だよ。二人でちゃんと見ててやるからさ」

 佐伯がそう言いサクラを励ましてみたが、サクラは足がすくんで動けずにいた。

「大丈夫」

 翔はそう言いながら、サクラの手を取った。あれほど明るく笑顔がトレードマークのサクラが、手をふるわせて涙ぐんでいた。これは現実なんだ――そう言った佐伯の言葉が、ようやくわかった気がした。

「サクラさん、大丈夫だよ。みんな待ってる。行こう」

 翔はそう言うと、サクラはこくりと頷き、震える膝で立ち上がった。

 翔は先に梯子に降りて、佐伯が上からサクラの身体を支えるようして床下に下ろすと、翔はその身体を抱くようにして梯子に引き寄せた。サクラの身体は、今にも粉々に砕けてしまうのではないかと思うほど震えていた。

 サクラは梯子にしがみつきながらゆっくりと降り始めた。佐伯もそれに続いて梯子に降りた。

「大丈夫だよ。あと少しだ」

 佐伯は何度もそう言ってサクラを励ましていた。

 また、エレベーターの上の方から地鳴りような音が聞こえた。先ほどよりも大きく梯子が揺れる。サクラは思わず梯子にしがみつき叫び声を上げた。

「大丈夫だよ、サクラ。本当にあと少しだ」

 そう言いながら、翔はサクラのいる場所まで登り、彼女の身体を抱えるようにして降り始めた。

「やばいぞ!急ぐんだ!」

 足元からそう言うギドの声が聞こえる。その声に反応するように、サクラの身体が一瞬ビクッと震えた。

 地鳴りは徐々に大きくなっていた。梯子に伝わる振動も、前よりもさらに強くなっているように感じられた。上の方から、大きな軋む音も聞こえる。翔が上を見上げると、エレベーターがカタカタと震えているのが分かった。

「大丈夫」

 翔がもう一度そう言おうとした瞬間、エレベーターの方で大きな衝撃音がした。翔が咄嗟に上を見上げると、エレベーターが大きく動いているのが分かった。

「上のコンクリートが崩れてきたんだ!早くしろ!エレベーターが落ちてくるぞ!」

 ギドが叫んだ。

「君たちはすぐに扉から外に出るんだ!」

 上で佐伯がそう叫んだ。

 次の瞬間、2度目の衝撃音が鳴り響いた。翔が見つめる中、エレベーターはさらに大きく下にずれ落ちてきていた。

「もう・・・駄目・・・」

 サクラは翔の腕の中で大粒の涙を溜め目を瞑り、身体を貝のようにして縮こまっていた。翔は救いを求めるような眼差しで、下を見た。ギドとマサハルが、まだそこで何かを叫んでいた。

「だ・・・大丈夫」

 翔はぐっとサクラを強く抱き寄せた。サクラの身体は震えている。恐怖と絶望と僅かな希望を求めて震えている。

――俺にだって、できることはあるんだ。こんなところで、死なせなんかしない。

「飛び降りるんだ!」

 佐伯が叫んだ。翔は、その声を待たずに、すでにサクラを抱えて飛び降りていた。地面まで4メートルほどの時間が、永遠に感じられた。

 翔たちの頭上で轟音が鳴り響いた。翔とサクラが地面に着地すると同時に、マサハルとギドが二人を鷲掴みし引っ張り上げた。四人は勢いに任せて出口の方向に転がり出た。翔は何が起きたのかよく分からないまま、サクラの身体を必死に抱きかかえていた。

 サクラの心臓の鼓動が聞こえた。腕の中で震えているのがわかった。

――生きてる・・・?

「大丈夫?カケルくん!サクラさん!」

 ミイの声が聞こえた。翔は、震えるサクラの身体を支えながら身体を起こした。目の前で、ミイが涙を溜めて泣いていた。

「大丈夫だよ。俺は、大丈夫だ」

 翔は朦朧とする意識の中、咄嗟に笑顔でそう答えた。そして、上の中で必死に涙を堪えるように目を瞑るサクラを見た。「大丈夫だ」と声を掛けると、サクラは黙ったままコクリと頷いた。

 翔は改めて周りを見まわし、状況を把握しようと努めた。横にマサハルとギドが倒れているのが見えた。

「マサハル!ギド!」

 翔は我に返り、二人を見てそう叫んだ。

「大丈夫だ、派手に転んだけどな・・・」

 ギドはそう言って身体を起こした。マサハルも怪我をした腕をかばいながら、身体を起こして「大丈夫だ」と答えた。

 翔は二人を確認してから後ろを振り返った。出口から、砂埃が沸き上がっていた。扉の中はエレベーターの塊で覆い尽くされていた。現実とは思えない光景だった。これほど無惨に押しつぶされた鉄の塊を、翔は見たことがない。鉄というものは、いつでも規則的な形をしてあるべきものの筈だった。無惨に捻れ歪んだ鉄の塊は、まるで牙をむいたモーヴのように翔の前に横たえていた。

 翔はその扉の先をじっと眺めていた。すると、床の隙間に何かがゆっくりと動いているのが見えた。それは、少しずつ扉の方へと近づいてきていた。

 最初に悲鳴を上げたのはサキだった。他の者も黙って顔を逸らす。翔は、顔を逸らすこともできず、じっと流れてくる鮮血を見つめていた。

「さ・・・佐伯さんは?」

 翔は鮮血を見つめながらそう尋ねた。しかし、それに答えられるものなど一人もいなかった。

「本当・・・これって洒落になんないよ・・・」

 マル太が震える声でそう言った。

「洒落なんかじゃねえよ。これが現実だ。こういう状況なんだよ」

 ギドが言った。

「ねえ、わたしたちどうなるの?ねえ、どうすればいいの?」

 サキは取り乱した声でそう叫ぶ。

「とりあえず落ち着こう。佐伯さんは残念だったけど・・・どうしようもなかったんだ」

 マサハルが気丈な声でそう言った。

「どうしようもなく・・・人が死んじゃうの?わたしたち、そういう状況にいるってことなの?」

 ミイが呟いた。

「そう・・・いうことになるね。ギドの言うとおりだ」

 翔は言った。そう言いながら、本当にそうなのだろうかと、自問していた。人としての真価って何なんだろう。自分たちが受け入れるべき現実とは、いったい何なのだろう。それは、「どうしようもなかった」という言葉だけで片付けられる現実なのだろうか?

「もう・・・いや・・・」

 サクラはそう呟きながら震えているだけだった。

「とりあえず、これからどうするかだ」

 リンドウが座り込んで言った。

「カケルさん、あの人は誰だったんですか?」

 ルウがそう尋ねてきた。

 翔は全員に彼がグランドキーパーであることを話した。また、自分たちが完全に閉じこめられてしまっていることと、無理に脱出より救助を待った方が賢明だと言っていた彼の言葉をそのまま伝えた。

「冗談じゃない」

 最初にそう反論してきたのはギドだった。

「フィールドの荒れ様を見ろよ。ここにいて安全だって保証がどこにある」

 ギドはそう言い、辺りを見まわして見せた。確かに、そこら中で木が裂け、酷いところでは地面がめくれ上がっていた。エレベーターの中にいたのでよく分からなかったが、最初の揺れがいかに大きいものであったかが伺えた。

「自分の身を自分で守れない奴は、いつかあいつと同じ目に遭うぞ」

 ギドはそう言い、扉まで流れ出てきている鮮血を指さした。ミイやサキが、苦渋の顔を浮かべていた。

「ギド!」

 マサハルがそう言ってギドの腕を制した。

「俺は・・・佐伯さんの言っていたように、救助を待つべきだと思う。だから、まずはここで自分たちの安全をどうやって確保するかが一番重要なんじゃないかと思う」

 翔はそう言った。現実に怯えるサキや、希望に不安を抱くミイや、絶望に打ち拉がれたサクラの顔を順に眺めながら、翔はそう言った。何が正しいかなんてわかりはしない。ただ、それが今自分たちに必要なことなのだと、翔にはそう思えた。

「俺はカケルの考えに異論はない」

 マサハルはそう言い、翔に頷いて見せた。

「俺もだ」

 続いてリンドウがそう答える。

「勝手にしろ。俺は一人でもここから脱出する方法を探す」

 そう言って、ギドはそのまま歩き出した。

「待って、待ってくれよギド」

 翔が言っても、ギドは振り返らずにそのまま歩き続ける。

「僕も行きます。ギドは、彼は僕らのリーダーですから」

 ルウはそう言い翔の方を向いた。

「何か分かったら、必ず伝えに来ます」

「わ、わたしも行くわ!」

 サキはそう言ってすぐにギドを追いかけて走っていった。

 ルウは改めてマル太の方に視線を向けた。

「ぼ・・・僕は残るよ。ごめん・・・」

 マル太はルウの沈黙にそう答えた。

「ええ、分かってます。人にはそれぞれ守るべきものがある。それが、僕にとっては彼との友情だっただけです」

 ルウはそう言い、ギドの歩き去った方へと歩き出した。

「ルウ、気をつけて」

 翔がそう声を掛けると、ルウは振り返り「はい」と返事をしたあと、そのままギドを追って去っていった。

「本当にこれでいいの?」

 ミイが翔の傍らに来てそう言った。

「できることは、どんな状況であろうと、我を失わずに自分らしくいることだよ。佐伯さんも、そう言ってた」

 翔はそう言い、苦笑いを浮かべた。

「さあ、どうするカケル?」

 改めてマサハルがそう尋ねてきた。

「うん、とりあえずは街に向かおう。佐伯さんの話だと、他のグランドキーパーが街にいるらしいし・・・佐伯さんのことも伝えなきゃ・・・」

「佐伯さん・・・かわいそう・・・」

 ミイが呟いて、扉の方を見た。

「俺たちだけであの中から遺体を取り出すのは無理だな・・・」

 マサハルは不甲斐なさそうに怪我をした腕を見て言った。

「とりあえず街に行こう。そこで人手を集めればなんとか・・・俺も佐伯さんをあのままにしておきたくはない」

「そうと決まればすぐ出発だ」

 リンドウがそう言い皆を先導するよう歩き出した。

「サクラさん、大丈夫?歩ける?」

 サクラは翔とミイに支えられなんとか立ち上がった。サクラは黙ったままコクリと頷いた。

 翔は、サクラの痛々しい姿を改めて見ていると、いたたまれない気持ちになった。あれほど元気だったサクラが、声も出ないほどに震えている。

 サクラを抱え飛び降りたときの感触は、まだ翔の腕に残っていた。彼女の鼓動が、翔の体全身に響き渡るよう聞こえていたことを思い出した。

「カケルくん・・・わたし・・・」

 サクラは足に力が入らないのか、再び倒れそうになった。翔は、咄嗟に彼女の体を支えるように抱きかかえた。

 サクラは、翔の腕の中でいつまでも震えていた。

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