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PHASE 2 「人として」  

「じゃあ、決まりだ。とりあえず俺が天板に出て、上の状況を見てみる。マル太、ちょっと馬になってくれないか?」

 ギドはそう言い、抱きついていたサキの腕を払った。泣きそうな顔をしながら、サキは何も言えずに震えていた。

 マル太は言われるが儘に四つん這いになり、ギドはその大きな身体を土台にして、持っていた杖で天板の扉を下から突き上げた。その衝撃でエレベーターが微妙に揺れると、サキやサクラはまた小さな叫び声を上げた。

「おい、もうちょっと落ち着いて頼むよ」

 リンドウは諭すようにそう言った。

「俺はいつでも落ち着いてるさ」

 ギドが反論するようにそう答えながら、身体を開いた天板の扉の中に滑り込ませた。

「どうだ?何か見えるか?」

 マサハルが天板に向けて尋ねる。

「暗くて良く分からないな・・・。ああ、梯子がある。上まで行けそうだ」

 ギドのそう言う返事とともに、ギドが梯子を登る音が聞こえてきた。静かな空間に響き渡るその音は、どこか不気味に聞こえた。

「ギ、ギド!」

 そう咄嗟に言ったのは翔だった。

「・・・なんだ?」

 ギドは登る足を止め、そう聞き返してきた。

「・・・もう少し慎重に、状況を見極めてからの方が良いんじゃないかな?」

 翔はそう声に出して言うのが精一杯だった。

「カケルの言う通りだよ、ギド。一人で闇雲に行くのは良くない」

 マサハルもそれに同調しそう言った。

「ああ、慎重に行くさ。でも、そこで考えていても埒は明かないだろう?」

 ギドはそう言って、また梯子を登り始めた。

「待ってくれ!」

 再び翔は叫んだ。

「待ってくれ。俺も・・・俺も行くよ」

「・・・分かったよ」

 しばらくの沈黙の後、ギドはぶっきらぼうにそう答えた。

「俺も行こう」

 そうマサハルも答えた。

「僕も」

 ルウはそう言いながらカケルに目配せし、「ギドのことは僕に任せてください」と小さな声で呟いた。

 翔は嬉しくなり、マサハルとルウに笑顔で応えた。

「いいよ、カケル」

 マル太は、四つん這いになったままそう言った。

「ありがとう、マル太さん」

 翔はそう答え、マル太の上に登り、天板の扉から身体を天井へと滑り込ませた。翔に続き、マサハルとルウも順に天井へと登った。ギドは、梯子から降りて、天井の上で3人を待っていた。

「さあ、どうする?」

 ギドは改めてそう翔に尋ねる。翔はその言葉を聞いてから、エレベーターの上へと続く暗闇を見上げてみた。確かに、暗くて何も見えない。

「誰か、明かりを持ってないかな」

 翔は天板の扉からエレベーターの中にいるメンバーにそう尋ねた。

「それならこれが・・・シャイン!」

 ルウがそう言うと、彼の持つ短剣のさやが光り出した。

「精霊の短剣(エレメンタルダガー)の特殊能力です。本当に忠実に再現されてるらしいですね」

「じゃあ、俺のこの服も・・・」

 マサハルはそう言い、呪文のような言葉を呟くと服が淡く光り出した。

「ははは、便利だね」

 ルウが短剣を上にかざすと、朧気に上に続く壁が浮かび上がった。階段の先まではよく見えなかったが、壁に幾つか大きな横穴があるのが見えた。

「あれは何だろう?」

「通気口じゃないかな」

 翔の問いに、マサハルがそう答えた。

「じゃあ、二手に分かれて行動しよう。俺とマサハルはあの通気口から中に入ってみるよ。ギドとルウは、梯子の先から上に出られないか調べてみてくれるかな」

 翔の言葉に、3人は頷いて応えた。

「気をつけてね」

 エレベーターの中から、ミイがそう声を掛けてきた。4人は天板の扉から顔を覗かせ、残るメンバーに笑顔で頷いた。

 先にギドとルウが梯子を登り、その後に続いて翔とマサハルは梯子を登り、壁にある通気口へと身を転がり込ませた。

「気をつけろよ」

 上の方から、ギドのそう言う声が聞こえた。

 通気口に入り込むと、翔とマサハルは横に続く丸い筒の中を先へと進んだ。通気口の中は直径1メートルほどあり、身を屈めながらも、余裕を持って進むことができた。この通気口の大きさから言っても、「オフライン・ゲーム」会場の地下施設がどれほどの大規模の物かが予想できた。

「熱くないか?」

 先を行くマサハルが振り返り、そう言った。

「確かに・・・熱いね。それに焦げ臭い匂いがもする」

「さっきの地震で、どこかで火が上がったのかも知れないな」

 50メートルほど進むと、通気口は上と左右へ分かれていた。どう見ても上は登れそうにもない。左右をそれぞれ見ると、左に向かう通気口の途中に明かりが見えた。

「あそこに明かりがある」

 翔はそう言い、マサハルの先に立って通気口を明かりの方へと進んだ。明かりの見える場所まで来ると、下に部屋らしきものが見えた。随分天井が高く、床までは3メートル以上ありそうに見えた。

「部屋だ、マサハル。ここから出られないかな」

 翔はそう言い、通気口のカバーを取り外せないか試してみた。しかし、カバーはネジで固定されており人の力では取り外せそうもなかった。

「ゲームのアイテムにドライバーなんて・・・あるわけないよな」

 マサハルは後ろから覗き込みそう落胆した声で呟く。

 突然、轟音が通気口の中に響き渡った。通気口に触れている手足を伝わって、振動が伝わってくる。通気口に伝わる音が大きくなるに従って、振動も強くなっているように感じた。

「マ、マサハル!」

 次の瞬間、鼓膜が破れそうなほどの音とともに、奥の方から通気口が歪みながら翔たちに向かって進んでくるのが見えた。まるで、姿の見えない怪物が通気口の中を切り裂きながら進んでくるかのようだった。

 翔たちは観念したように目を瞑り身を構えていた。衝撃が襲ってくるとともに、通気口が大きく歪み、身体がすべるように投げ出されるのが分かった。一瞬、上も下も分からなくなり、翔はされるが儘に転がり落ちるのを感じた。しかし、途中で身体が止まり、自分の腕を掴むマサハルの顔が目の前に現れた。

「大丈夫か?カケル?」

 揺れが収まると、マサハルは苦痛に歪む顔でそう言った。よく見ると、マサハルは裂けた通気口の切れ端を掴んでおり、その手から赤い血がしたたり落ちていた。

「マ、マサハル!」

 流れる赤い血を見るのは初めてだった。あんなに赤く、あれほど滑らかに流れる物だとは思っていなかった。翔は気が動転し、裂けた通気口をつたって流れる鮮血をじっと見つめていた。

「飛び降りれるか?カケル」

 マサハルは苦痛に歪む顔の儘そう言った。翔は我に返り、自分の足元を眺めた。自分がマサハルに掴まれて、先ほどの部屋にぶら下がっている状態であることにようやく気がついた。

 下には部屋に据え置かれていた大きな家具が覆い尽くすように横倒しになっていた。しかし、そのおかげで、なんとか飛び降りられそうだった。

「ああ、大丈夫だ」

 そう言い、翔は勢いよく飛び降りた。不安定ながらも、なんとか家具の上に飛び降りることができた。翔はすぐに部屋の隅に挟まれたベッドマットレスを引きずり出し、マサハルの下に置いた。

「マサハル、いいぞ。この上に飛び降りるんだ」

 翔がそう言うと、マサハルは崩れるようにその上に転がり落ちてきた。翔はすばやく彼の身体を支え、マットレスの上にそのまま横たえた。

「大丈夫か!?マサハル!」

「ああ、大丈夫だ。痛いけどな。こればっかりは、ミイがいたって治せないんだろうな」

 マサハルは苦笑いしながらそう言った。マサハルは、マットレスに付いていたシーツを破り、それを傷のある手と二の腕に巻き付けてくれと頼んだ。翔はそれに従って、傷のある手の二の腕を強く布で縛り上げた。

「こうすれば止血できる」

「詳しいんだね」

「ああ、一応医者を目指してたから・・・」

 マサハルはそう答えた。翔には初耳のことだった。良く知っているようで、仲間たちのことは何も知らないんだと、改めて思い出していた。

「ここは・・・宿泊用の部屋みたいだな」

 マサハルは落ち着いた顔で周りを見まわしながら言った。壁は白く、部屋の中には足元に倒れた大きな家具と、ベッドらしき残骸しか見あたらない。ベッドは、家具に押しつぶされてほとんど原形をとどめていなかった。

「でも『アルダリス』の世界にしては近代的すぎるよ。普通の部屋だ」

「出てみよう」

 マサハルはそう言い、立ち上がった。翔が「大丈夫か?」と尋ねると、「これくらいで死にはしない」と笑顔で答えた。

 翔とマサハルは、部屋の扉から外へ出てみた。部屋と同じ白い壁の廊下が続いている。特に変わった様子はなく、所々天井や壁が欠けている程度だった。

「誰かいないか!?」

 廊下から声が聞こえた。どこかの扉を叩きながら、叫んでいるようだった。翔たちは声のする方に走り寄り、廊下に面した扉の一つから、その声が聞こえてくることに気がついた。

「どうしました?」

 翔は扉を叩き返しながら、そう答えた。

「鍵が歪んで壊れてしまったらしいんだ」

 扉の中から男性の声がそう答えてきた。

「待ってください。こちらから扉を蹴破ってみます。ドアから離れててください」

 翔はそう言い、鍵の辺りを力強く蹴った。何度か蹴り上げると、内開きの扉は勢いよく開いた。中から、一風変わった制服のような服を着た男が、姿を見せた。

「ありがとう、助かったよ」

 そう言いながら、改めて男は翔たちを眺めて言った。

「君たち、オフライン・ゲームの参加者だね。どうやってここに・・・」

「ああ、俺たちエレベーターに閉じこめられてしまって、通気口を使ってここまで来たんです。あの・・・ここは?」

 マサハルが腕をかばいながらそう答えた。

「ここは『グランドキーパー』用の宿泊施設だ」

「グランドキーパーって?」

「オフライン・ゲームのフィールド内の警備をする人たちのことさ。もし参加者間で争いごとや問題が起こったときのために僕らがフィールドを監視してるんだよ。僕らは『アルダリス』の世界の警察官みたいなものかな」

「じゃあ、運営側の人間って事ですよね?これは、いったい何が起こったんですか?」

 翔は詰め寄るように男にそう問いただした。

「それは僕にも分からないんだ・・・運営側って言ったって、雇われの警備員だからね。申し訳ない」

「でも、警備員ならここから外に出る方法を知ってるんじゃ?」

 マサハルが言った。

「ああ、この施設には非常階段がある筈だ。それである程度上までは行けるはずだが・・・」

 男が答えた。翔もマサハルも顔に明るさが戻る。

 三人は非常階段のある方へと向かった。廊下を突き当たった場所にある扉を開けると、上と下へそれぞれ繋がる階段があった。

「階段で登るとなると、途方もない距離だよ」

 男はそう言いつつも、階段を登り始めた。翔とマサハルもそれに続き階段を登った。しかし、10階程度登ると、そこには防壁があり行く手を阻んでいた。

「やっぱり駄目だな。防壁が作動してる」

「上には出られないんですか?」

 翔は救いを求めるように男に尋ねた。

「無理だ。さっきの振動で、おそらくすべての防壁が作動してるだろう」

「僕らの仲間は、まだエレベーターの中に取り残されてるんです」

 翔は不安になり男にそう告げた。

「そうか・・・エレベーターには、下にも非常口があったはずだ。すぐに行こう」

 男はそう言うと歩き出した。翔とマサハルは促されるままに男の後について歩き出した。しかし、脱出する希望が薄らいでしまったことに、二人とも気分が重くなっていた。

「僕はグランドキーパーの佐伯だ。よろしく」

 歩きながら男はそう言った。

「相田 翔です」

「昌治。村西 昌治です」

 二人はそれぞれそう名乗った。翔は、そう言えば実名を名乗るのが初めてであったなと何となく思った。何故か、実名を名乗るのが不思議な気がした。

 非常階段から廊下に戻ると、佐伯に誘導され、二人は黙々と廊下を進んだ。どこもかしこも真っ白な廊下を歩いていると、気がおかしくなりそうな気もした。こんなところにずっと滞在しなければいけないのも、ある意味大変そうだなと、翔は思った。

「ここが出口だ」

 佐伯がそう言うと、目の前の扉を開けた。目の前には、地下施設とは思えないほどの森が続いていた。振り向いて扉を見ると、壁には立体的な森の風景が投写されており、見た目は壁があるようには見えなかった。扉も、その中にうまくカモフラージュされており、閉めてしまうとどこにあるのかさえ見分けが付かないほどだった。

「グランドキーパーの施設は、参加者にはわからないようになっているんだ。ゲームの世界をよりリアルにするためにね。普段は僕らもフィールド内にあるグランドキーパーの家で寝泊まりする。君たちと同じように、このゲームの世界の住人としてね。ゲーム上で言う、NPC(ノンプレイヤーキャラクター)みたいなものかな」

「どこか他の場所から外へ出る方法はないんですか?」

 マサハルはそう尋ねた。

「ああ、残念ながら出口はあの非常階段と君らが乗っていたエレベーター以外は知らない。非常階段とエレベーターは、フィールドのあちこちにいくつかあるはずだけど、この状況ではどっちも使えないだろうね」

「出口はなしか・・・」

 翔はそう呟き、下唇を噛んだ。

「そういうことになるね。何が起こっているのか分からない以上、無理に脱出しようとするより救助を待った方が賢明だと思う。この施設には数週間分の食料は常備されているし、とりあえず飢えに苦しむことはない」

 佐伯はそう言いながら、先を進んだ。

「それよりも、問題はこれからだ。僕が知っている限り、今フィールド内には500名程度の参加者がいる筈だ。救助がいつ来るか分からないけど、それだけの人間をこの状況で混乱なくまとめるのは難しいだろう。僕らがどれだけ人間らしい態度を取れるか、まさに人としての真価が問われるってことさ」

「人としての真価・・・か」

 マサハルが呟く。

「ああ、これはもうネット上の仮想の物語じゃない。現実なんだ。オフラインなんだよ。本当の『オフライン・ゲーム』だ」

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