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PHASE 1 「変わるためには」  

 腕時計の針は朝7時を指していた。相田 翔(あいだ しょう)は、気持ちを落ち着かせようと深くため息をついた。

「早く来過ぎちゃったな・・・」

 翔は背中のリュックを階段に下ろし、その隣に腰を下ろした。階段に挟まれるようにして建つ時計塔に目を向けると、やはり針は7時を指していた。

 翔はリュックの中からリンドウからのメールを印刷した紙を取り出した。そこには、「新宿駅東南口のFLAGS前の階段下に7時半」と書かれている。翔は、大型液晶の「FLAGS VISION」の文字を確認し、階段に腰掛けたまま周りを見まわした。今日から連休だからか、人の姿もまばらだった。

 翔は落ち着かず、意味もなく階段を登ったり、1分おきに時計を眺めたりしていた。これから会ったこともない人たちと会うのだと思うと、にわかに後悔の念が沸き上がってきていた。

「あのう・・・」

 翔はビクッとして振り向くと、翔に負けないくらい緊張しているような面持ちをした女性が一人立っていた。

「あ・・・、ひょっとしてアルダリスの・・・?」

 翔は声を振り絞ってそう言った。こういう場合、やっぱり男の方が先に言わないと、気弱な奴と思われてしまうのではないかと思ったからだ。

「ええ。はじめまして。わたしはミイです。魔術師のミイ」

「ああ!ミイさん?・・・良かった。はじめまして。しょう・・・じゃなくて、カ、カケルです。」

 翔は上ずった声でそう言った。「カケル」というのは、ネットゲーム上での翔のハンドルネームだった。翔(しょう)という名前を、カケルと読み替えただけのハンドルネームだった。

「カケルさん?良かった・・・」

 彼女はほっと胸をなで下ろし、改めて翔に笑顔を向けた。彼女の長い髪が、すっと風になびいて翔の肩に触れそうになった。

 翔も、彼女の笑顔にドキッとしながらも、恥ずかしさをごまかすようにひきつった笑顔でそれに応えた。

 

 「アルダリス」というのは翔が登録しているネットゲームの名前だった。翔がミイやリンドウと出会ったのも、ネットゲーム「アルダリス・ネット」の中でだった。正確に言うなら、まだ「出会った」ことすらなかった。もちろん「ミイ」や「リンドウ」という名前もネットゲーム上での名前に過ぎない。ミイは知らないが、リンドウの本名は林田 道正(はやしだ みちまさ)という名前らしいことを、前に聞いたことがある。そのとき、それで名前が「林道(リンドウ)」なんだと納得した気がする。

 ネットゲームの中では、それぞれがある職種に分類されている。例えば、リンドウは盗賊だった。そのキャラクターに似て、ネットゲームの中で会話していても、どこか飄々としている印象があった。翔は、ネットゲームの中でリンドウに出会い、そして彼の仲間たちの一員になった。

 ・ 盗賊のリンドウ

 ・ 弓術士のマサハル

 ・ 踊り子のサクラ

 ・ 武闘士のマル太

 ・ 精霊術士のルウ

 ・ 魔術師のミイ

 ・ 剣士のサキ

 ・ 賢者のギド

 翔は彼らとネットゲーム上で仲間になり、「騎士のカケル」として架空の世界を何回となく旅してきた。

 

 今回の事を提案してきたのもリンドウだった。ゲームメーカーに勤めるリンドウが、知り合いから近日オープンする「アルダリス・オフライン」の招待券を入手したので、みんなで参加してみないかと誘ってきたのだ。

 「アルダリス・オフライン」は、ネットゲーマーに留まらず世間でかなり話題になっている体感型RPGパークだ。翔たちがプレイするネットゲームの世界が巨大な地下施設の中にそのまま再現されており、参加者は3D映像を駆使した施設の中でネットゲームの世界をリアルに体感できるというものだった。参加者は、それぞれのネットゲーム上のキャラクターとして参加し、7日間で用意されたストーリーを完遂することがゲームの目的だった。

 通称「オフライン・ゲーム」。ネット上で様々な情報が錯綜する中、その全容はほとんど明かされなかった。その機密性が拍車を掛け、ネット上では様々な期待や批判の論争が加熱していた。

 翔ははじめにリンドウからこの話を持ちかけられたとき、あまり乗り気ではなかった。翔自身、ネットゲームがそのまま現実になるということに抵抗を覚えたし、7日間も見知らぬ人たちと一緒に行動するというのは何となくはばかれた。自分の中で、どこかで現実離れしたネットゲームの中の世界観に染まってしまう恐怖を感じていたからかもしれない。

 しかし、本音は彼らと会うのが怖かったというのが正しい。現実の自分は「騎士のカケル」ではない。それは、誰よりも自分が一番よく知っていたからだ。

 しかし、この「オフライン・ゲーム」という巨大企画は、過去に例を見ない壮大なものだった。このチャンスを逃せば一生後悔する、リンドウにもそう説得された。翔はその説得に応じる形で、参加を承諾した。

 今日という日が来るのを、翔は不安と期待が入れ混じった心境で迎えていた。

 

「他の人はまだですか?」

 ミイは翔の隣で落ち着かないそぶりでそう尋ねてきた。

「う、うん。まだ・・・。ちょっと早く来過ぎちゃったね。約束の時間まで、まだあと20分以上もあるから・・・」

 翔はそう言い、腕時計を見てみた。まだ、時計の針は7時5分を指していた。

 翔は何を話して良いか分からず、しばらく2人の間にぎこちない沈黙が続いた。

 だから来たくなかったんだ・・・。翔は心の中でそう呟いた。元来、翔はあまり人付き合いがいい方とは言えない。少なくとも自分から好んで話をするタイプではなかった。かといって、このぎこちない沈黙に耐えられるほど、人に対して無関心になれるわけでもなかった。

「わたし、こういうの初めてなの・・・ネットで会った人に実際に会ったりするの・・・」

 ミイはそんな空気を察したのか、声を振り絞るようにそう言った。

「俺も初めてだよ・・・やっぱり緊張するね」

 翔は、ずっと苦笑いしかしてないなと思いながらも、ひきつった笑顔でそう言った。

「あらっ?もしかしてカケルくん?」

 突然呼びかけてきた声に、翔とミイは一斉に声のした方向に顔を向けた。そこには、ショートヘアの女性が立っていた。如何にも、嬉々溌剌とした雰囲気を醸し出している。

「え?ああ、そうです。カケルです。あのう・・・」

「やっぱり?想像してた通り。じゃあ、そっちはミイさんね。わたしはサクラ。よろしくね」

 サクラはそう言いながら握手を求めるように手を差し伸べてきた。翔とミイは呆気にとられながらも、差し出された手を順に掴んで握手した。

「よ、よくわかりましたね」

「わかるわよ。顔に書いてあるもの。初めての時って、みんな同じ顔をしてるから」

 サクラは笑ってそう答えた。

「それに、他のメンバーには会ったことあるしね、わたし」

 そういえばそんな話を前に聞いたことがあるなと、翔は頷いた。前に一度みんなで会わないかという話になって、翔とミイを除く他のメンバーは一度会っているのだ。確かその時に言い出したのは、サクラだった気がする。

 確かに、彼女はそういうことも率先してやりそうなキャラクターだった。翔たちパーティーの中でも、サクラはいつでもムードメーカーだった。踊り子という職業がここまで板についているキャラクターはそうそういないのではないかと思える。こうして見た本人も、まさにネットゲーム上の「サクラ」そのものだ。

 サクラが来て、翔は正直ほっとしていた。ミイと二人きりではこれ以上場が持ちそうになかったし、緊張しているミイを見ていると、何故だかさらに緊張してきてしまうのだ。そのせいか、天真爛漫なサクラを見ていると、緊張がほぐれるのがわかった。

「よっ!サクラ。元気だった?」

 次にそう声を掛けてきたのはマサハルだった。彼の登場が、翔の心をさらに解きほぐしてくれた。マサハルとは年齢も近かったし、ネットゲーム上でも一番仲が良いメンバーだった。

「ようやく会えたね。よろしく、カケル」

 マサハルはそう言って気さくに話しかけてくれた。ネットゲーム上と変わりなく、昔からの親友のように接してくれる。それが何よりも嬉しかった。彼となら、現実にも仲良くやっていけるような気がした。

 その後10分ほどで、続々と他のメンバーが集まり、予定時間前にはすでにリンドウを除く全員が揃っていた。

 彼らに会うのは初めてだったが、彼らが実際にどんな生活をしているかは、日々のゲームの中で幾らかは聞いていた。彼らのを見渡しながら、翔は聞いていた話と実際の彼らとの印象を重ね合わせてみた。

 例えば、サクラは数年前まで保育士をしていたと聞いたことがある。つい最近、四捨五入をするともう30歳の歳になったと言っていたことがあるから、恐らく26歳になったばかりなのだろう。今何をしてるのか詳しくは知らないが、時々大人っぽい面も見せる、お姉さま的な存在だ。

 マサハルは自分とひとつ違いだった。翔は23歳だから、マサハルは今年24歳のはずだった。確か大学院生をしていると前に言っていたが、今は休学中らしい。何が理由で休学しているのかは彼も詳しく語ろうとしなかったため、翔もあえて詮索はしなかったが、思っていたとおり優しくしっかり者に見えた。

 マル太は、名前の通り丸い体つきをした人物だ。メンバーの中ではリンドウに次ぐ年長者で、確か28歳くらいだったと思う。いかにも穏和そうな雰囲気が、その大きな体から醸し出されている。

 サキは、メンバーの中でも最年少者可愛らしい17歳の女の子だ。時々わがままなくらい意固地になり、自由奔放な性格をしているが、何故かどこか憎めない妹のような存在だ。

 ルウは翔より年下だったが、年齢に似合わずしっかりした青年だ。年齢は21歳。ネットゲーム上でもあまり多くしゃべる方ではなかったが、今もはしゃぐサキやサクラたちを黙ったまま笑顔で見つめている。翔とは違い、とても落ち着いた眼差しをしている。信頼感のある人間というのは、ルウのような人物のことを言うのだろうと翔は思う。

 ギドはまとわりつくサキをぶっきらぼうに振り払いながら、時々翔に目を向ける。正直あまり口が良い方ではないが、何物にも屈しない芯の強さを感じる。

――天真爛漫でお姉さま的存在のサクラ。

――優しくてしっかり者のマサハル。

――名前通り丸い体つきをしたマル太。

――いたずら好きでどこか憎めないサキ。

――寡黙でありながら信頼感のあるルウ。

――ぶっきらぼうだが芯が強いギド。

 それぞれが個性的で、翔は自分だけあまりにも場違いなような気がしてならなかった。

 翔は隣のミイを見た。すると、彼女はぎこちない笑顔で微笑み返してきた。どことなく自分に似ているなと思った。

 ミイは普段からあまり自分のことを語りたがらなかったから、あまり良くは知らない。ただ、大人しくて清楚なイメージはあった。年齢は20歳くらいだろう。そのイメージから、翔は勝手に真っ直ぐなロングヘアと華奢な体型の綺麗な女性を想像していたが、実際のミイは想像通りのとても可愛らしい女性だった。翔が想像していたミイとあまりに似ていたため、びっくりしたくらいだった。

 自分はどう見えているのだろう。翔はそれが不安だった。ネットゲーム上では、「騎士のカケル」はそれなりにみなに頼られる存在だった。騎士はパーティーの先頭を歩くもの。そんな社交辞令から、いつの間にか、「騎士のカケル」はパーティーの中でリーダー的存在になっていた。ネットゲーム上で騎士という職業を選んだのも、主人公キャラクターである騎士という存在に憧れる気持ちがあったかも知れない。

 実際の自分は・・・現実の自分はとりたてて特徴のない人間だ。優柔不断だし、カリスマ性など全くない。リーダーとはかけ離れた存在だった。

「なんだ。もう全員揃ってるじゃないか」

 そう言いながら最期に現れたのはリンドウだった。顎に白髪交じりのひげを蓄え、いかにも大人といった風貌の男性だった。しかし、その悪戯っぽい笑顔は、34歳という年齢をあまり感じさせない。想像通りの、気さくな兄貴といった感じの人物だ。

 翔はリンドウに改めて挨拶と今回の誘いのお礼を告げると、本当に嬉しそうに翔の肩を叩いて歓迎してくれた。

「カケルがいないとパーティーがまとまらないからな」

 リンドウは翔の耳元でそう囁いた。翔は何と返して良いか分からず、苦笑しながらもリンドウに頷いて見せた。

「ちょっと早いけど、出発するか!」

 リンドウの一声で、一同はぞろぞろと歩き出した。翔は、期待と不安が入り交じった気持ちで、歩き出す彼らの背中を見つめていた。隣では、同じようにミイが歩き出す彼らの背中を見つめていた。

「行こうか」

 翔が笑顔でそうミイに声を掛けると、ミイは心が解れたような笑顔で翔に応えた。

 

 「オフライン・ゲーム」が開催されるのは、富士山の山梨県側の麓だった。翔たちは、中央本線で大月まで向かい、そこからローカル線に乗り換えて河口湖に向かった。道のりにして3時間ほどの長旅になった。

 電車の中では、自然といつもの2組に別れて座っていた。

 翔、マサハル、ミイ、サクラ、リンドウの組と、ギド、ルウ、マル太、サキの組だった。4人掛けの座席になっていたため、リンドウだけは、遠慮するように一人で別の座席に座り、そこからちょこちょこと顔を出して他のメンバーと会話をしていた。

「実際のエントリーメンバーもいつもの組み分けで決まりだな」

 リンドウは、座席の上から顔を出して翔たちにそう告げた。

「わたしはギドと一緒ならそれでいいよ!」

 大きな声でサキが答えた。ギドは迷惑そうな顔をサキに向けるが、一向に意に介さない様子で、ギドにまとわりついていた。

 「オフライン・ゲーム」では、各パーティーのメンバーは5人までと決められていた。分かってはいたものの、翔はほっとしていた。マサハルとリンドウが同じパーティーにいるのは心強かった。

「カケルはオフに出るの初めてなんだっけ?」

 翔の目の前に座っていがマサハルがそう尋ねてきた。翔は、もう一度「カケル?」と声を掛けられるまで、自分に質問されていることに気がつかなかった。

「ああ、悪い。カケルって呼ばれるのに慣れてないから・・・」

「はは、最初はそんなもんだよ。俺は本名だから関係ないけどね」

 マサハルはそう言って笑った。

「彼女も初めてなんだってさ。ねえ、ミイさん」

 翔はそう言って隣に座るミイに声を掛けた。やはり同じ境遇のミイには何故か親近感が沸く。

「本当に初めてなの?」

 サクラは丸い目をしてそう尋ねてきた。翔とミイは同時に頷いて応えた。

「よくそれで今回来る決心がついたわね。はじめて会った人たちと、いきなり7日間も一緒にいるなんて、ある意味冒険よね」

「ええ、まあ・・・」

 ミイは緊張した面持ちでそう答えた。

「カケルくんは?」

 サクラは翔に目線を向け尋ねた。

「まあ、暇ですし。一人暮らしなんで時間は自由に使えますから」

 翔は答えた。

「わたしも・・・一人暮らしで暇だったから。それに・・・」

「それに・・・なに?」

 サクラは興味津々な顔で聞き返した。ミイは、萎縮したように首をすぼめてしまった。

「わたしもね、今回はどうしようなかって思ったんだけど。カケルくんが来るって言うからさ」

 サクラはさらっとドキッとすることを言う。

「ああ、みんなそれはあると思うよ。カケルとミイが来るって言うならさ、俺もバイト休んででも来なきゃなって思ったよ」

 マサハルが頷くようにそう言った。

 翔は益々バツが悪くなるのを感じた。

 癖になっているなと思いながらも、仕方なく翔は隣に座るミイに苦笑いを向けた。ミイは、それに応えるように同じように苦笑いを返してきた。

「今回のバックストーリーは、アルダリス・ネットの500年前の設定なんだっけ?」

 マサハルが話題を変え、確認するようにリンドウに尋ねた。

「そうだ。500年前、アルダリスが4ヶ国に分裂する時代が、今回のゲームのバックグランドになるな」

 リンドウはマサハルの問いに頷いて応えた。

 アルダリス・ネットでは、プレーヤーは基本的に4ヶ国いずれかの従軍に所属している。そもそも、「アルダリス」というのは、プレーヤーたちが居住している大陸の名前だ。ゲーム上の歴史としては、500年前に突然現れた4人の君主によって、もともと一つの国であったアルダリスが、4つの国に分裂するところから始まる。アルダリス大陸はそれぞれ東西南北に分断され、支配領土を奪い合う紛争を繰り返しながら現在に至る、という設定になっている。

 東の国「ウェイズ」、西の国「モーリス」、南の国「ラミュール」、北の国「ファリス」。

 東の国「ウェイズ」は、現実の人間に最も近い種族の集まりだ。より近代的な生活を営み、代々受け継がれてきた主の血を純粋に継承している種族と言われている。各種族から魔法や精霊の能力を学びながらも、種族の純血を守り続けてきた種族になる。

 一方西の国「モーリス」は、独自の宗教を基盤とした賢者の国だ。魔法と精霊の召還を最も得意とし、精神的に発達した社会を築いている。物質的には質素な暮らしを営みながらも、発展した宗教と自然との調和のもと一国を支えている。

 南の国「ラミュール」は、エルフと人間の混合種族だ。自由であることを最も重視し、4ヶ国の中で唯一君主制度を持たない国でもある。

 北の国「ファリス」は、4ヶ国の中で最も戦闘能力に長けていると言われている。彼らは獣神と言われるザイフリートと契約を交わし、自らがザイフリートの血を受け継ぐ獣人種族だ。何よりも戦闘を好み、古代的な文明を築き上げた異色の種族と言える。

 翔たちが属するのは南の国「ラミュール」だ。

 500年の時を経て、4つの国は同盟を結ぶ。それが領土争奪戦「ウォーリアム」のイベント化だ。

 アルダリス・ネットでは、1週間に1回行われる「ウォーリアム」と呼ばれる4ヶ国による領土争奪戦がメインイベントになる。この戦いに勝利し、中立地帯の領土を広げていくことがゲームのそもそもの目的だ。各国のプレーヤーは「ウォーリアム」開催時のみ戦うことができる。それ以外の時間は、対戦競技場でのバトルシステムを除き他プレーヤーを攻撃できないようになっている。

 プレーヤーはいつでも4ヶ国いずれかに亡命することもできる。他の国のプレーヤーが他の国に亡命した場合、元々の種族の特性を引き継いだままその国の一員になることができる。例えば、魔法や精霊召還を得意とするギドやルウは、元々はモーリスの民だった。その後、ラミュールに亡命した異種族プレーヤーだ。この亡命行為があることにより、各種族の特性による戦力のバランスが大きく崩れることはない。亡命自体は、ごく頻繁にプレーヤーの中で行われているのが現状だ。

 この亡命行為を使って、いわゆるスパイ活動も行うことも可能だ。ただし、スパイ活動がばれた場合は、国から追放されることもある。それを決定するのが、各国の君主と近衛隊のメンバーだ。これらのメンバーも、プレーヤーの中から選ばれる。ただし、ラミュールには君主は存在しない。その代わり、族長グループと呼ばれる同等の権力を持ったプレーヤーが存在し、同様の機能を果たしている。

 国から追放されたプレーヤーは「リベリアン」と呼ばれ、どの国にも属さない放浪者になる。プレーヤーの中には、好んでリベリアンになる者もいる。言ってみれば、第5の国のようなものだ。ウォーリアムへの参加権利はないが、君主や近衛隊メンバーは存在しないため絶対的な自由が認められる。リベリアンに与えられた自由、それは常に戦うことを許されていることだ。ただし、反面どの国のプレーヤーからも狙われる存在となる。各国では、リベリアンを討伐することで報酬金が支払われる制度があるからだ。つまりは、リベリアンになるプレーヤーは、ゲーム上で仲間と交流することより、プレーヤー同士で戦うことをゲームの興としてるということだろう。そのせいか、リベリアンになっているプレーヤーのことで、あまり良い噂は聞かない。リベリアンは、どの国のプレーヤーからも忌み嫌われている存在と言えた。

「ゲーム自体の目的は何になるんでしょうか?」

 ルウが当然の疑問をリンドウに投げかける。

 今回のオフライン・ゲームでは、そもそもアルダリスが4つの国に分断される時代が舞台になっている。4つの国が存在していない以上、各国の紛争がゲームの目的でないことは確かだ。何か目的は用意されているはずではあるが、翔には皆目見当が付かなかった。

「うーん、それはわからないな。行ってみればわかるだろ。まあ、それが最初からわかってしまったら、面白さも半減してしまうしな」

 リンドウもわからないと言った素振りでそう答えた。

「まあ、俺たちみんなリベリアンってことか」

 ギドの言葉に、全員が苦笑を浮かべた。

 

 「オフライン・ゲーム」の会場は、思っていた以上に巨大だった。富士の樹海の中に忽然と姿を現すその真っ白な建物は、異様なほど背景に見える富士山とは不釣り合いだった。

「これでも建物自体の広さは、地下にあるゲームフィールドの10分の1にも満たないんだってさ。ゲームフィールドは、全長が10キロ以上あるらしいからな」

 リンドウは、感嘆するメンバーたちを見てそう言った。

「7日間で足りるのかな」

 マサハルはそんな言葉を口にして、呆然と建物を眺めていた。

 遠くで地面を揺るがすような地鳴りが聞こえた。建物の中から聞こえてくるのだろうかと、翔は音のする方向を眺めた。その音のせいで、巨大な建物がさらに異様なものに見えてくる。

「あの音は?」

 サクラが不思議そうに尋ねた。

「ああ、近くに自衛隊の訓練場があるんだよ。その音じゃないかな」

 リンドウのその言葉に一同は頷いた。

 建物の入り口では、入念な荷物検査が行われた。携帯電話、パソコン、電子機器等はゲームフィールドには持ち込みできないことになっていた。ゲーム自体の機器が誤作動する危険があると言われると、従わざる得ない。

 荷物のチェックが終わると、ようやく建物の中に入ることができた。完全招待制のためか、建物の中は思ったより人影が少なかった。

 翔たちはさっそくデモ会場なる場所に通された。50メートル四方の部屋に、ゲームフィールドのサンプルらしき森が広がっていた。部屋にナレーションらしき説明員の声が響き、突然目の前に巨大なモーヴが姿を現す。モーヴとはアルダリス・ネットでに出てくるモンスターの総称だ。

「モーヴもここまでリアルだと感嘆を通り越して鳥肌が立つな」

 マサハルが出現した獣人型のモーヴを見て言った。

 良くできた立体3D映像だった。同じく立体3D映像で説明員が姿を現し、ゲームの説明を始める。説明員も3Dとは、まったく手の込んだことをすると、これにもまた感嘆した。

 立体3D映像には、もちろん物理的な実態はない。説明員は武器を持ち、それを持って実際にモーヴに斬りかかる。すると、ゲームさながらにモーヴのHPが減少したことが数値で表示される。

 基本的なルールはネットゲームと同じだった。武器は、ネットゲーム上であらかじめ持っているものが与えられるらしい。お金もそうだ。「アルダリス」の世界では、「ギル」と呼ばれているものだ。新しい武器や装備はネットゲームと同じように店で買えるらしい。また、夜の宿泊も宿屋があるという。食事はレストランがあるらしい。確かにRPGゲームにはつきものだが、バーもあると言うから驚きだ。もちろん、どれを利用するのも「ギル」が必要らしい。

「ギルがなくなったら、野宿するしかないって事だな」

 ギドが皮肉っぽくそう言った。

 アルダリス・ネットとの最大の違いは、すべてのプレーヤー間において、戦闘が可能なことだ。ギドが言ったように、全員がリベリアンということになる。アルダリス大陸が4つの国に分裂する混沌の時代。あまり喜ばしきことではないが、その時代背景を考慮しても、そうせざる得ないのだろう。

 一通りの説明を受けた後、翔たちは別室に移された。円上になったその部屋には、デパートの試着室のような部屋がいくつも用意されていた。どうやら見たとおり、着替える場所らしい。

 翔たちはそれぞれ試着室に入り、入り口で受け取ったカードを差し込み口に入れた。すると、小さな扉からネットゲーム上で装着している衣類や防具、武器、そして腕時計のような装置が代わりに出てきた。衣装もかなり凝っていて、実際に着替えてみると、なんとなく本当に騎士になったような気分になる。

 翔はそれぞれを品定めするように手に取り、思い付くまま身体に装着していった。頑丈にできているが、見た目よりもずっと軽くそれほど窮屈には感じなかった。最期に見慣れぬ装置を腕にはめると、奇妙な機械音を立ててがっちりと腕にはまった。先ほど聞いた説明によると、これがIDユニットらしい。各自の戦闘能力や所持金などのデータは、すべてこのユニットに登録されている。試しに外そうとしてみたが、手首に固く締められた装置は外すことはできそうにもなかった。

 翔は着替え終わって試着室を出ると、それぞれも着替え終わって続々と姿を出してきていた。

 マサハルのロビンフットのような衣装も似合っていたが、それ以上にマル太の武闘士の姿は一見の価値があると思った。リンドウは、着替える前とあまり変わらない衣装を着ていた。

 ルウはゲームと同じく紺色のマントをまとった精霊術士に扮していた。彼の寡黙なイメージにぴったりの衣装だった。ギドも彼のトレードマークである黒の聖職布に身を包むその姿は、どこから見ても高貴な賢者に見えた。

 それぞれ、やはりネットゲーム上の雰囲気と似ているせいか、パッと見は違和感がないような気がした。

「ねえ、カケルくん。どう?」

 そう言ってはしゃぎながら飛び出してきたのはサクラだった。翔は、一瞬サクラの姿に目を奪われた。翔だけでなく、誰もが目を奪われたと思う。それほど派手ではなかったが、大人っぽい踊り子の衣装がサクラの雰囲気にぴったりと合っていた。

「わたしも踊り子が良かった」

 その横でそう言いながら不満そうにふくれているのはサキだった。剣士のサキの衣装は、色気のないまさに男勝りなものだったが、華奢な身体に良く似合っていた。

「ちょっと恥ずかしいね」

 そう言いながら出てきたのはミイだ。真っ白なローブに包まれた彼女の姿は思っていた以上に美しかった。ミイの穏和な性格が内側から溢れだしているようだった。翔はその姿を見て、思わずため息をついていた。

「これってなんだか癖になりそうだな」

 マサハルが鏡に映った自分の姿を見ながらそう言った。

 翔は、恐る恐る鏡に映る自分の姿を見た。赤い甲冑に身を包む姿はそれなりに見えなくはなかったが、異様なほど大きな剣はどうも不釣り合いに見えた。

「似合ってるね」

 恥ずかしそうにそう呟いたのはミイだった。ミイは、また恥ずかしそうに苦笑いを浮かべていた。

 全員が着替え終わると、先の通路へと進むドアが自動的に開く。翔たちは流れてくるアナウンスに従い通路を進んだ。

 通路の行き止まりまで辿り着くと、そこには大型のエレベーターの扉があった。そこでまたナレーションが流れる。エレベーターの反対側に大きな液晶ディスプレイがあり、そこでゲームの趣旨が伝えられる。

 と言っても、あるのは最初に向かう場所と一部の地図だけだった。内容は違うものが、翔たちチームの分と、ギドたちチームの分とがそれぞれ与えられた。あとのストーリーは順に自分たちで解いていけということだろう。

 ナレーションが終わると、エレベーターのドアが開いた。翔たちは迷わずエレベーターに乗り込む。ナレーションの最期の声とともに、エレベーターのドアが閉まる。

 エレベーターがゆっくりと下りだした。全員、緊張した趣でエレベーターが停まるのを待っている。

「これから7日間、よろしくな」

 緊張した沈黙を破るように、マサハルが翔の肩を叩いて言った。

「下に着いたらとりあえず2チームに分かれて行動することになるんだよね。どっかで会えることとかあるのかな?」

 不安そうな声でマル太が言った。

「わくわくするよね!」

 サキはギドの腕に絡みつきながらそう言って飛び跳ねる。ギドは呆れた顔でサキのされるが儘になっていた。

 次の瞬間だった。大きな音とともに、エレベーターが急に激しく振動し、サキの身体がさらに大きく跳ね上がった。それとともに、激しい揺れがエレベーターを襲った。ギドは放り出されそうになるサキの身体を、間一髪で引き寄せた。

「な・・・!?」

 翔は余り突然のことに声が出なかった。

「お、落ちてるぞ!」

 マサハルが叫んだ。次の瞬間、隣いたミイの身体が宙に浮いた。翔は訳が分からぬまま、咄嗟にミイの腕を掴んで地面に引き寄せた。同じく宙に浮きそうになっていたサクラは、マル太が掴んでいた。

 またエレベーターが大きく揺れた。それから、擦れるような金属音を立てて、エレベーターは激しく揺れだした。

「非常ブレーキがかかった!大丈夫だ!停まったときの衝撃に備えて身を屈めるんだ!」

 もう一度マサハルが叫ぶ。全員、マサハルの言うように身を屈めて祈るように待つ。ミイが腕の中で震えている。いや、翔の身体も小刻みに震えていた。

 ガクン、という衝撃とともに、エレベーターが急停車するのが分かった。マサハルの指示通り身を屈めていたため、それほど衝撃は感じなかった。

「な、何だったんだ今の?」

 翔は震える声でそう言った。手も、足も、顔も、すべてが震えていた。ミイは、翔の身体に張り付いたまま無言で泣いていた。サクラもサキも同じだった。

「地震かも知れませんね・・・」

 ルウが冷静な口調でそう言った。

「とりあえず、みんな無事だな。よかった」

 リンドウがそう言いながら恐る恐る立ち上がる。

「こ、こういう場合、ど、どうすればいいだろうね?」

 震える声でマル太が尋ねる。

「ここから脱出する方法を探すしかないだろ?」

 ギドが答える。

「カケル・・・どうする?」

 一息入れて、マサハルが翔にそう尋ねてきた。

 翔は何と言って良いか分からなかった。翔は混乱する思考を収めるのに精一杯だった。

 みんなが返答を待っている。ネットゲームと同じだ。翔がキーボードで打つ言葉を待っている。

 変わらなくてはいけない。変わるんだ。変わるためにここに来たんだ。変わるためにはどうすればいい?

 翔は脳裏の中で永遠と呟いていた。

「俺もギドに賛成だ」

 マサハルは翔の返答を待たずにそう言った。

「またいつ地震が来るか分からないし、ここも安全だとは言えない。さらに大きな揺れがくれば、非常ブレーキが保つかどうか・・・」

「そうですね。僕もそう思います」

 ルウがマサハルに賛同する。リンドウも無言で頷く。

 翔は何も答えられなかった。

 翔は震えるミイの身体を支えるように立ち上がり、下唇を噛みしめていた。

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